第17話
「ありがとう‥絶対大切にするから‥」
カールの切れ切れの、消え入りそうな声と抱擁の中でセレスティアはほぅとため息をついた。
きつく閉じ込めるように抱きしめられる。もう逃さないと、ずっと一緒だとカールに誓いを立てられているようだ。
それでいい。セレスティア自身を求められているようでとても嬉しい。こんなことは生まれて初めてた。もっともっと逃さないと縛してほしい。
これはカールの魔法?そうならもっとかけてほしい。不安を笑い飛ばせるくらい。あなたを好きだと自信を持って言えるくらい。
そうすれば私はどこまでも強くなれる。
そんな思いでそっとカールの背中に手を這わせた。
「包帯を取って。」
カールがそっと耳元で囁く。
「あなたを見たい。どうかあなたの手で包帯を解いて欲しい。」
カールが抱擁を解いて身を離す。
カールに自分から自分を晒す。それはとても怖いことだ。ぶるりと震えれば励ますように手をぎゅっと握られた。
震える指先で包帯を解く。包帯がしゅるりと落ち、現れたカールの顔に息を呑む。目を閉じたその顔はそれだけで美しかった。
黒髪に柔和な優しい顔。肌は白い。頬が柔らかいのはもう知っている。少し薄い桃色の唇はそっと閉じられている。
そして瞳は——
ゆっくりと開かれた瞼の中から漆黒の双眸がセレスティアを見つめてくる。
目は口ほどにものをいう。確かにそうだ。知的で意志が強そうな、でもとても優しい。カールという人間を物語っている。
少し緊張した黒き瞳がやがて細められゆるりと弧を描く。
「やっと起きているティアを見られた。やっぱり綺麗だ。でも笑って欲しいな?」
セレスティアの涙を指で掬う。震えるセレスティアの顔を覗き込んだ。
「ずっと瞳の色を知りたかった。色は‥不思議な色だね?栗色なのに金色と赤が散っている。すごく綺麗だ。」
覗き込む黒眼はセレスティアの瞳を凝視し満足げに笑みを浮かべる。頬をするりとカールの手が撫でる。ずっと一緒にいたはずなのにセレスティアの頬に触れたのは初めてかもしれない。
魔法がある。でも怖い。
セレスティアは震えながら問いかける。
「私を見てがっかりしない?」
「何でさ?こんなに素敵なのに。」
「だって私‥可愛くないし‥」
言い淀むセレスティアに、うーん?とカールが眉間に皺を寄せて唸る。
「よくわからないけど剣術のせい?別に我が家は女性でも武術を嗜むよ?母も凄腕の使い手だし?か弱くて大人しい令嬢が魅力的とも思わない。」
「——本当に?」
「目隠しの状態でティアを好きになったのに今更見た目でがっかりなんてしないよ?でも見た目も綺麗だからすごく得した気分だ。辺境伯爵令嬢かどうかもどうでもいいし。」
にこりと笑うカールの顔に手を差し伸べ頬に当てがえば嬉しそうに微笑んだ。黒曜石のような美しい黒眼が煌めいた。その目に背筋がぞくりとする。
視力を取り戻したこの少年はもう自由だ。自分の助けなしに自由に飛び立てる。その事実が無性に不安を煽る。
縛めていたのは私?それとも?
心細さでほろりと溢れた涙が止まらなかった。
「違う、約束したよ?側を離れない。ずっと一緒だ。」
全てを悟る少年がセレスティアを覗き込みそう囁く。セレスティアをこれほど理解して、不安さえ見透かして。だから?
「だから先に約束をくれたの?」
「違う、いや、それもだけど、僕がそうしたかったから。あなたが僕から逃げ出さないかとても怖い。帰ってきてくれると信じてるけどそれほどに僕は必死なんだよ?そのための約束。」
逃げ出す?なぜ?怪訝な顔をすればカールはバツの悪そうな顔をする。
「僕は目以外で嘘はついていない。でもティアに語っていなことがある。わかるよね?」
カールの正体。なぜ身を隠すのか。高貴な身分なのか。それとも何かの事情で誰かから身を追われる状況にあるのか。犯罪者ではないよね?
「僕自身と約束して欲しくてまだ言わなかった。ごめんね。でも絶対逃げないと約束して?」
「もうしてるわ。」
「でもとても怖いよ。」
自嘲気味に笑顔を
そして意を決したようにセレスティアを見つめた。
「僕の名はカール・ウォーロック・インペラトゥール・アドラール。アドラール家の三男で十二歳だ。」
ざーっと流れた情報の中でセレスティアの脳内にヒットしたのは———
「じゅ?」
「ん?」
「じゅうに?」
カールはえ?と眉をひそめてセレスティアを見つめた。セレスティアは青ざめて硬直している。
「え?え?じゅうにさい?」
「あれ?年齢はあえて言わないようにしてたけどいくつだと思ってた?というか刺さったのはそこ?」
目を瞠りきょとんとしたカールをあわあわと問い詰める。
「だって!十四って言ってなかった?」
「ん?そんなこと言ったかな?そんなヘマしたつもりないんだけど。あれ?十二って以前言ったよね?」
え?十二って言った?!うそ?!ではこっちが勝手に誤解したのか。十四だと。え?え?じゅうに?六歳年下?
「ええー!!そんなの嘘でしょ?ありえない!こんな賢い十二なんていないよ!」
「うん、実は嘘。僕は十四です。それでいいや。」
「それも嘘でしょ!もう!嘘言わないって言ったじゃない!!」
「うーん、じゃあどうしようかな。」
カールの胸ぐらを掴んでガクガクをゆすれば、カールも困った顔をする。
十四ならこんなもんだろうと思っていたのに、十二でこの身長。ないない。やっぱり嘘?
「十二?ほんと?背がすごく大きくない?」
「うん?兄二人もこのくらいだったよ。家系かな?兄たちは背が高い方だから僕もそうなる予定だし。ちなみに先月末に十二になったからセレスティアに出会った時は十一だった。」
「はぁぁぁ?!」
じゅういち?グイリオに言い訳するのに適当に十一か二と言ったのだが本当だった。実は七歳年下だったとか!早熟が過ぎる!!
セレスティアの動揺をよそにカールが冷静に質問してくる。
「ティアの誕生日は来月だったよね?たくさんお祝いしようね。また七歳差になっちゃうけどまあ年齢差なんて好きあえば問題ないから。そうなれるよう頑張るし。このくらいの差なんて王族ならよくある話だ。」
「お祝いなんていらない!嬉しくない!な!なんで私の誕生日を、歳を知ってるの?」
誕生日なんて絶対教えてない。年齢なんてもっての他だ。王族?なんの話よ!
苦笑した魔法使いが種あかしをする。
「あー、ごめんね。ウチの家族がね、ほんとお節介というか過保護というか。姉がいらん情報をじゃんじゃん投げてくるんだよ。そういうのが得意でね。出会って数日でティアのプロフィールを送ってきたよ。あ、僕は出会った時にティアが辺境伯爵令嬢だってわかったから。」
「な?なんで?実家の名前使ったのに?!」
「実家の名前では不十分。縁故ですぐわかったよ。本気で偽るなら名前も本名使わないほうがいいよ。」
それはカールだからでは?普通はわからないでしょ?何か色々おかしい。
茫然とするセレスティアをカールが嬉しそうに抱きしめる。
「でも嬉しいな、僕から逃げなかったね?」
「こ、ここここの程度じゃ、にに逃げないわよ!」
謎の強がりを見せる。我ながら本当に謎だ。
とってもと——っても驚いたけどね!そしてちょっと自分が犯罪者のようにも思える。イタイケな少年を年上のオバサンがいいようにしているように見えないよね?自由恋愛‥だよね?見た目は大きいから大丈夫?いやそれでも子供か!
‥‥いやいや、貴族間であればこの程度の歳の差は普通‥だよね?普通?普通は男性が年上だが。きっとカールの精神が老けているのが悪いんだ。
実際は私がカールにいいようにされてるのに!
こんな老けた十二歳は絶対にいないんだから!!
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