第16話




「辺境伯がティアに結婚を強いたのはティアを守るためだったんだろうね。叔母君の遺言のことは言えない。何も知らないあなたにあの遺言は酷だ。グイリオや他のろくでなしの手に落ちる前にと焦った結果じゃないかな?父君は不器用だね。」

「だからって‥あんなこと‥」

「そうだね、無理強いはよくない。結果あなたは家を飛び出した。でもティアが飛び出してくれたから僕たちは出会えた。だからこれでよかったんだよ。」


 泣きじゃくるセレスティアにカールが嬉しそうにそう語る。セレスティアも微笑めばまた目から涙が溢れた。


 そこである疑問をぶつけてみる。


「ねえ、カール?」

「ん?なに?」

「私に嘘をついてるよね?」


 カールはセレスティアを抱きしめたままフフと笑みをこぼす。


「そうだね。例えばどんなこと?」

「目は‥見えてるんでしょ?」


 抱きしめる腕の力はそのままに笑顔で沈黙。そして嬉しそうにセレスティアの髪を梳いた。


「流石に気がついた?どこら辺で?」

「私に犬歯がないって‥‥、それと父に会いに行ったって。」

「ああ、なんだ、さっきなんだ?」

「いつから見えてたの?」

「最初からだよ。ごめんね。」


 悪びれない答えにセレスティアが唖然とし、カールの胸を押して体を離した。


「はぁぁ?!最初から?途中で回復したとかじゃなく?!」

「実は閃光弾を受けた時それほど酷くなかったけど念の為と包帯を巻かれたんだ。光は眩しかったけど見えなかったわけじゃない。」

「えええぇ?!」


 それは想定外。しばし驚きで硬直するが次第に怒りがめらめらと込み上げてきた。


「医者は?!」

「問題なしと言われた。目の嘘は医者の診察結果だけ。あとは本当。嘘ついてごめんね。」

「宿の部屋でも見えてたの?!」

「まあそうなるね。だから包帯は外さなかったでしょ?何も見てないよ?見たかったんだけど我慢したし。」

「ひどい!我慢って当たり前でしょ!!」


 セレスティアが真っ赤になり怒りの声を上げる。


「ひどいひどいひどい!目が見えないから同室にしたのに!すごく心配したのよ?!」

「うん、知ってる。とても嬉しかった。でも同室は姉弟の演技のためじゃなかったかな?」


 ん?そうだったかもしれない。そういえば。

 でも目の見えないカールを一人部屋にできるはずもないじゃない!

 その冷静な返答でさらに怒りが込み上げる。


「目が見えてたのに見えないふりしてたの?!なんで?!」

「ティアがそうして欲しそうだったから。」


 ぐっと言葉に詰まる。確かにそうだ。機微に聡い少年がそれに気がつかないわけがない。

 ぐぬぬと言葉を無くしせめてと包帯の少年を睨みつける。


「正直目が見えなくてもティアもスノウも側に居てくれたから不便はなかった。むしろ色々お世話されて役得だったし。」


 あけすけにそう告白する。

 口ではごめんねと言ってはいるが!

 本当に!本当に悪いと思っているのか?!


「‥‥私の顔も‥見たのね?」

「寝てる時に少しだけ。少しだけだよ?」

「程度の問題じゃないの!勝手に見ちゃダメでしょ!寝てる顔なんて!」

「別に可愛かったよ?口は閉じたほうがいいとは思ったけど。お陰で犬歯がないのはよくわかったし。」

「はぁ?!」

「もう少し早くしっかり見ておけばよかったと後悔したよ。そうすれば仮説をもっと早く絞り込めたのに。」


 なんてものを見たんだ!意識のない令嬢の顔なんて!しかも口を開けてた?それを抜け抜けと本人に言う?デリカシーが全然ない。最悪だ!!


 カールの答えにふるふると赤面しつつ怒りが止まらない。



 その様子に隣に腰掛けるカールはふぅと息を吐く。そして包帯に手をかける。


「そういうわけなんでもうこれとっていい?」

「ダメ!絶対ダメ!」

「なぜ?」


 慌ててカールの手を押さえる。なぜと問われ再び言葉を詰まらせる。顔を、全身を見られたくない。

 自分は華奢でもか弱くもないのだ。世の男性はリディアのような女性が好き。カールにだけは失望されたくない。


 それに包帯を取ればきっと——


 押し黙っていればカールがセレスティアの手を探り握った。


「勘違いしているみたいだけど、ティアは可愛らしいよ?顔はもう見たし。」

「見たならわかったでしょ?可愛くないよ!いかついし雑だし武骨だし。」

「違う。ちょっと抜けてるけど優しくて可愛らしい人。暖かくて柔らかくて。僕を癒してくれて僕が全力で守りたいと思う人だ。」


 そう断言されればみるみる顔に熱が集まった。

 子供だから?カールだから?

 だからそんな恥ずかしいことを言えるの?


「僕が本気を出そうと思ったのはティアだけだ。お陰でちょっとやりすぎちゃったよ。初陣の時だってこんなふうに思わなかったのにね。すごいよティアは。」


 ますます頭に血がのぼり、のぼせそうになる。

 嬉しい。でも恥ずかしい。

 こんな歳になるまでそんなことを異性から言われたことはないのだ。免疫なんてあるはずもない。まして相手は恋に落ちた人だ。


 カールがセレスティアの手を取る。あ、と止める間も無くカールが指先に口づけを落とした。咄嗟に抜こうとしたが手首を掴まれてしまった。

 さらに口づけが手の甲に降ってくる。セレスティアはいたたまれず目をぎゅっと瞑った。


 手から唇を浮かせ、カールがそっと囁く。唇が手に触れてくすぐったい。


「大好きだよティア、どうか僕の、カール・ウォーロックの婚約者になって。」

「ふぇ?」

「もうフォラント家での婚約は破棄されているから僕と婚約しても大丈夫だよね?本当はティアとすぐ結婚したいけど。それはわかるから。せめて約束が欲しい。」


 約束?何の?茫然と考える。すでに思考は最初の手へのキスで飽和状態だ。話をほとんど聞いていなかった。最後の“約束”という言葉だけを脳が拾う。そこにカールが畳み掛ける。


「ティア、ずっと一緒にいて。僕の側を離れないで。今はそう約束してくれればいい。どうかうんと頷いて?僕はまだ子供だけどあなたに愛してもらえるようこれからもっともっと頑張るから。」


 何を言ってるの?私はもうこんなにあなたを大好きなのに。でもあなたとずっと一緒にいてもいいの?そう約束してくれるの?


 ぼぅと正面のカールの顔を見つめる。カールは真剣な表情でセレスティアの返答を待っている。


「うん。約束するよ。ずっと一緒ね?」


 乞われるままに頷いて見せればカールにぐいっと手を引かれる。驚いて引かれるままに前方に倒れこみ受け止めたカールの胸の中にぎゅぅと抱きしめられた。

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