第3章 第3話
◇ ◇ ◇
「いやぁ、美味しいなぁ。コレ」
「まさかスプーンや箸も無く、手掴みで食べないといけないとは……」
俺達は大通りの空き地に座って、アカネさんの世界のカレーを食べていた。
草原の様に柔らかな芝には、俺達の他にも昼寝してる人や本を読んでる人達も居る。
最初は虫を警戒してアカネさんは座ろうとしなかったが、虫なんてエデンには居ない事を伝えると、けろっとした顔で一緒にカレーを食べ始めた。
食べて分かったが、このカレーには色々な香辛料がたっぷり入っている。
具材もゴロゴロしてるし、溶け込んだ野菜の甘みもあった。
俺が作るカレーはスープだが、異世界のカレーはクリームシチューぽい。
ナン。という異世界のパンに浸けて食べると尚の事、美味しいなぁ。
「ナン? 美味しいよ。コレ」
「ライスの方が良いんだけど……」
すまないね、スプーン持って来てなくて。
エデンでも探せば食器もあるだろうが、探すのに時間がかかる。
何せエデンのヒュージンは、わざわざ食器を使う事が無い。
イノセンスで使うのは、素手で食べると他の種族から変な目で見られるからだ。
「……」
「何だい? 大家君。ボクの顔を見て」
本当はエデンの果物を昼飯にしようか悩んだ。
その果物はイノセンスでも食べる事が出来るから……と思ったけど。
「それで大家君。どうやってコレを出したんだい?」
「え? あ、あぁ……創造行為の事ね」
考え込んでいる俺に、アカネさんが後回しにしていた質問をする。
俺は説明しようとするが困った。
なんせ手を動かす方法を教えろと言われても、手を動かしたとしか言えない。
創造行為だってそう。食べ物を作ったとしか説明のしようが無いのだ。
「うーんむ、ボクも出来るかな。雲を捏ねれば良いのかい?」
「いや……創造行為は雲で無くても、植物でも何でも良いんだよ」
感覚的なモノだから、説明が出来ない。
このエデン出身のヒュージンは生まれた時から出来る。
……出来ない人に、どう説明すれば良いのか。
盲目の人間に、黒以外の色を説明しようが無いのと一緒だ。
「絵を書く様なもんだよ。こうしなさいと言われても……」
「むぅ、そうか。出来るなら楽しそうなんだけどねぇ」
「凄い……明らかに碌な事にならないって分かる」
「おいおい、何て事を言うんだい!! ボクだって気を付けるさ!!」
「気を付けないといけない事はするのね」
俺達の口から、笑いが零れる。
生まれた時も、世界も、環境も違うけど……間違い無く俺達は友達だ。
だからこそ俺はアカネさんを助けたい。失いたく無かった。
その後、食事を終えた俺達はエデンの中心部へと向かう。
天舟から下りた時から見えていた光柱。
《 》の元へ行ける門が目的地だ。
道は広いが大勢のヒュージンが行列を成して混んでいる。
彼らも目的地は同じだろう。
中には楽しそうに話している、少年少女もいた。
彼らは修学旅行生だろうか……俺が修学旅行で来た時もあんな感じだったな。
反対にアカネさんは緊張で固まって、俺の服を掴んで離さない。
「大丈夫だよ。アカネさん」
「でも神様なんて……本当に居るのか不安で」
「魔術式は、素直に覚えたじゃないか」
「技術だろ、アレはっ!! 今回は意識がある相手じゃないかっ!!」
緊張が恐怖へ変わりだしたアカネさんの背中を、撫でて労る。
彼女は異世界に飛んで……努力が無駄になったり、死にかけたりして心を傷つける事は沢山あった。
先程のカレーを出したのは、少しでも故郷を思い出してリラックスして欲しかったのだけど……逆効果だったかもしれない。
「大丈夫なのかな? 治す時に痛くないかな?」
「……分からないよ。でも悪い様にはならない。それは断言できる」
列が動き出す。《 》に会う為には、門を潜らないといけない。
その門に潜るには、検問で《 》へ話す内容の吟味が入る。
下らない事や、良く無い事を《 》の耳に入れる事を防ぐ為だ。
《 》は検問に否定的で、どんな意見も聞きたがってるらしいが……まぁ仕方無いだろう。
そして検問が見えてきた。大丈夫……今回はアカネさんの命がかかってる。
《 》にお願いして、治して貰って……オマケにアカネさんが家に帰れないかも聞こう……大丈夫だ。
そう思った俺達を待っていたのは……天使達による入場制限の言葉だったのだから、世の中はままならない。
◇ ◇ ◇
「いやいやいや……そんな話は聞いた事が無いぞ」
「ですから、前例が無いんです」
天使達によって《 》と会う為の門を、封鎖された俺はその足で役所に向かった。
そして役所の窓口で、二十代前半ほどの若く中性的な天使と言い合っている。
《 》との面談を断られた俺は、その脚で役所に来た。
対して役所の天使の答えは単純明快。
アカネさんと《 》の面会はすぐには許可出来ないと。
「なら俺が一人で、《 》の元へ行くさ」
「……それも禁止する様に言われてます」
「はぁっ!?」
ヒュージンが《 》に困り事を相談する事は、当然の権利である。
下らない願い事や《 》じゃなくても叶えられる願いは役所が叶えてくれる場合も有るらしいが……。
だが今回の様な重大な内容であれば、即急に会える筈だ。
「いや……役所で聞いてくれるなら良いんだ。何日かかる?」
「それは分かりません」
「何でだよ……まだ猶予はあるけど、彼女の命に関わるんだぞっ」
「それは……」
「答えてくれ……俺の家族の事なんだ」
取り乱してる自覚はあった。
ここにアカネさんが居たら、こんなに感情的になる事も無かっただろう。
だが現在の彼女は、外をブラついている。
天使達の行動に、内心はショックを受けていたから、俺が気分転換を勧めたのだ。
目の前の天使は俺の状態を察したのか、口をもごもごして言いづらそうにしている。
「……他のエデンに居る神様達と集会中なんです」
「それで? 他のヒュージン達は会いに行ってるじゃないか」
「えぇ。《 》様はヒュージンの数千人と話してても、問題ありませんから」
「だったらっ!」
俺が言い募ろうとすると、天使は声音を変えて呟いた。
「……お連れの方は、この世界のヒュージンではありませんよね?」
「そ、りゃ……ぁ」
「お連れの方が禁忌である原罪を背負っている恐れがある以上、《 》に判断を仰ぐ必要があります」
「……」
原罪。罪の種。人類を獣に落とす最悪の因子。
ヒュージンが欠片も持たず、イノセントでは最も忌み嫌われる存在だ。
このエデンには今でも、発生源となる果物が有るとされている。
だが誰だって罪を犯させる毒を食べたくは無いので、真相は定かでは無い。
「でもそれは……」
「分かっています、お連れの方の責任ではありません。ですが原罪を背負った動物を他の神々の目に触れさせる訳には行かないんです」
「なんで、さ」
「……」
無言。回答の拒否。天使の華奢な肩を掴んだ俺が揺さぶった。
「それなら……いつ、いつ《 》に言ってくれるんだ?」
「……いつになるかは分かりません」
「あの子はこの世界で一人ぼっちなんだぞっ!! 良く分からない世界に来て、両親にも会えずに寂しい思いをしてるんだっ!! あの子がっ、あの子が苦しむ理由なんて無いじゃないかっ!!」
「……お分かり下さい」
「何も言ってくれねぇのに、分かってたまるかよ……」
俺は役所の窓口に背中を見せて、役所の説明も途中に帰った。
◇ ◇ ◇
俺は役所を出ると、街中を散策しているアカネさんを探し歩く。
エデンは広いが、天舟を使わなければ都市部から抜ける事は難しい。
急ぐ事も無い……子供や天使達に話を聞き回った。
顔が平面の女の子と特徴を伝えると、彼らはすぐに思い出し簡単に見つけた。
俺が見つけた時、彼女は人気のない草原の一本木の下で腕を枕に眠っている。
南国に植わる樹皮が分厚くて、毛深い植物だ。
「はぁ……ここに居たのか」
アカネさんの隣にドカっと座っても、彼女の規則正しい寝息は乱れない。
俺が寝顔を覗きこむと、頬に涙の跡があった。
動物病院に入院以来、彼女は良く泣いている。
病院でも眠れて無かったかもしれない。
俺は彼女の涙の跡をハンカチで拭って、天使達の言葉を思い出した。
「……原罪。原罪かぁ」
もしかしたら……何度も考えた事だ。
その度に俺は目を逸らしてきた。
原罪を背負った人間は、罪や間違いを犯して世界を悪い方向に持って行く。
意味も無く傲慢で
必要以上に欲しがり
つまらない事で嫉妬しては
愛しても無い異性を求めて
自分の感情を爆発させ
必要外に生き物を食い漁り
誰かの迷惑になろうと、働かない。
「……」
そんな生き物が居るのかと思った。
アカネさんは居ると言った。自分がそうだと。
彼女の世界では、大昔の先祖が知恵の実を食べたらしい。
俺は冗談だと思っていた。そんなに酷い子には見えなかったからだ。
「なぁ、アカネさん」
眠ってるアカネさんの手に俺の手を重ねる。
彼女の手は少しだけ冷たかった。
「俺さ、黙ってたけど君と違うんだ……俺には内臓が無い」
消化器の免疫系が崩れたと言われても、痛みが分からない。
「俺の体に流れる血液も、呼吸も……何の意味も無い」
減圧症にもかからないし、彼女の苦しみも分からない。
「俺は完全な魔法生物だ。泥から生まれた始祖と同じ体を持って生まれた」
鉄を引き裂く事も、クジラより大きな動物を蹴り殺す事も大した事じゃない。
アカネさんの様に、ひ弱な生命体の気持ちなんて分からなかった。
俺は生まれながらに強いからだ。
蟻の気持ちが分かる虎が何処にいる?
「……アカネさん」
俺はエデンの景色を見渡した。
この世界は相変わらず長閑だ。
地平の果てまで続く雲海。
ところどころに生えている植物。
天使達やヒュージンが駆け回り、好き勝手暮らしている。
ここは楽園だ。《 》が愛するヒュージンの幸福しか無い世界。
そしてヒュージンでは無いアカネさんには、愛が与えられない世界。
「でも大丈夫」
この子は誰も味方の居ない世界で、精一杯生きている。
そんな彼女を俺は好きだ。
そんな彼女は俺に助けを求めてくれた。
だから俺は……彼女を助けようと思う。
「俺が何とかしてみせるから」
その代償がどんな事であろうとも。
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