第1章 第14話
◇ ◇ ◇
「う、ぉぉ……」
俺が叔父さんの家に着くと、最初に目に映ったのは身に覚えの無い門扉だった。
今までのパスワード式の門扉ではなく、イカつく。大きく。高価な魂の情報を読み取る最新式になっている。
なのに扉は開きっぱなしな所が、アカネさんらしい。
これでは最新式のセキュリティの意味が無いだろうに。
「アカネさーん、どこだーい! 入るよぉー?」
CLOSE……閉店中と翻訳された、見知らぬ文字の看板を無視して敷地に入る。
中の敷地も、見慣れぬ風景に変わっていた。
素朴ながら整っていた芝生は消えて、玉砂利が敷き詰められている。
大型の機械でも運搬する為か、道の様に舗装もされていた。
花壇には見知らぬ観葉植物が並んでいるが……庭師でも雇ったのか?
叔父さんの家が手つかずでなかったら、家を間違えたと思ったろう。
それ程に、様変わりしていた。
「……んもぉ、せめて言ってくれよぉ。いや言ってたっけ」
ガレージまで辿り着いたが、そこでまた驚かされる。
ガレージは増築されており、明らかに面積が二倍以上になっていた。
当然だが構造も違うだろう。
ガレージの入口らしき場所には、ゴーレムのキーパー君……と思われるナニか。
「やぁキーパー君」
挨拶すると、彼も手を振って返してくる。
「……んん?」
こんな複雑な行動パターンを組み入れた記憶は無い。
恐らくはアカネさんが改造したのだろう。
嘗てはシンプルな二足二手の寸胴ゴーレムだった癖に、今は贅沢な装備もしている。
補助アームが二組に、重量を上げる為か蜘蛛の様な複脚。
肩や足周りには、追加装甲まで着いている。
薄ら立ち上るマナの濃度は、軍用とまでは行かないが……大企業の警備ゴーレムに匹敵するかもしれない。
俺が感心しながらガレージに近づくと、キーパー君が間に入って来た。
成程……俺を侵入者と勘違いしているな。
それも仕方無い。元々のキーパー君でも、警備モードはこんなもんだったし。
俺が利き手である右腕をだらりと下げ、指先をピンと張る。
するとキーパー君の動きが、滑らかに変わった。
おぉ戦うつもりか。ちっと感度良すぎるぞ?
そう苦笑いした時、聞きたかった声が庭に木霊した。
「やぁ、大屋君。来てくれて良かったよ。どうしたんだい?」
耳元で聞こえる輪唱する様な声。通信魔術式の独特の反響だ。
音の発生源はガレージの……入口に着いているメディアチューナーだろう。
「どうしたもこうしたも無いよ、メディアチューナーを聞いたんだ」
「ん? あのラジオか。勘違いしないでくれよ大家君。アレはボクの好意だ」
「好意……?」
「性愛的だったり、短絡的ないし刹那的な快楽を追求した様な動物的本能ではなく、親愛と言うべきだろうか。家族や友人に向ける純粋なプラス感情であって勘違いして欲しく無いんだが……」
「……話の腰を折る天才かよ」
早口で説明し始めた上にまだ続きそうだったので、話を区切って本題に戻す。
「ガレージに居るんだろ? 出ておいでっ!」
「いやそれは……できない」
「はぁ? 怒って無いから、とりあえずガレージから出てきてくれよ」
「何度も言わせないでくれ。大家君。今は出れないんだ」
「……何で?」
アカネさんの声が、ワントーン下がる。
彼女の憂いの感情を、メディアチューナー越しに感じた。
「そもそもボクが、お金儲けを始めた理由は分かるかい?」
「趣味?」
めっちゃ生き生きしてたよね?
「正直に言うとそうだが、違うって言っとく」
だろうね。間違い無く趣味だったもんね。
「ボクがお金儲けなんてしたのは簡単な事だよ……元の世界に帰る為さ」
「そりゃ、家に帰りたいか」
「当然さ! この世界は悪い世界じゃない。良い世界だよ……でも良すぎるんだ」
「なら。ずっとココにいたら?」
「そうも行かない……ボクはこの世界に居たら、いつか地球に帰りたくなくなるんじゃないかって不安になるんだ」
「ほーん……その位良いなら、ずっとここにいたら?」
「……君のそういう脳天気な所が、好きだけど嫌いだよ」
ごめんなさいね。単純で。
何はともあれ……アカネさんは元の世界に帰る為、金策している事は分かった。
ならなんで科学技術なんて物で、メディアに出たんだろうか?
「そもそもだね……ボクは天才なんだ。材料さえあればワープゲート発生装置を作って元の世界に帰れる」
俺はこの時点で、アカネさんの話が長くなりそうだと判断。
キーパー君を半壊させて、ガレージに突入する事に決めた。
対してキーパー君が、瞬時に戦闘態勢で俺に迫る。
だがアカネさんの話は続く。
話半分に聞いてみたが、要約すればこうだ。
アカネさんの頭の中には、元の世界の科学機械の設計図が全部入っている。
だから実験も発明も必要無く、今回も図面を業者に渡して機械を作らせたらしい。
必要だったのは、機械を作る為のコネ。金銭。人手だけ。
その気になれば、もう少し早くワープゲートの機械も作れたそうだが……。
「君へのお礼がまだだったからね……受け取ってくれ。大家君。ボクからのお礼だ」
その言葉と共にガレージが開く。
開く途中で、キーパー君が飛びかかってくる。
油圧によって強化された脚力が一歩毎に庭を砕き、四つの腕が俺に狙いを定める。
俺は彼を横目に見て、すれ違い様に……油圧管を手で引き千切り、頭を掴んだ。
そのままタオルの様に、軽やかに宙を舞った彼を地面に叩きつけて粉砕した。
鉄製の重量物が地面に叩きつけられ、勢いを殺しきれずに跳ね上がる。
ひしゃげた音が聞こえたが、ガレージの壁が開く音が五月蠅くて聞き取りづらい。
俺の視界の端。足元でキーパー君が半壊したボディで、動こうとしている。
適当に蹴り飛ばして壁に埋め込ませる。後で直すから大人しくしててね。
視線を戻したガレージの中は、沢山の魔道具らしきモノ……アカネさん曰く科学機械が詰まっていた。
「……何これ?」
「放送は聞いてただろ? そうさっ! これが科学製品と設計図だよっ!」
向日葵みたいな形で中に、ヘリコプターの刃みたいなのが着いてる変なの。
四角い枠の中にガラスをハメて有る、姿鏡の様になっている変なの。
他にも梨みたいな形の硝子やら、ドラム缶にチューブの着いた機械やら……。
それは一旦置いといても良い。もっと重要な事がある。
俺はガレージの中央に鎮座する物体に絶句した。
「……」
「君へのプレゼントだ。世界がひっくり返る大発明の数々を渡そう。お金にするなり、人類社会の役に立てるなり好きにすると良い」
アカネさんが何か言ってるが、それどころじゃない。
ガレージの中央にある物体……楕円形にヒレが生えた様な装置の中に、彼女が入っていた。
円形の硝子から顔を出すその顔は憂いを帯びており……見覚えのあるスイッチを握っている。
魔道具の起動スイッチだ……。
「アカネさん。とりあえずそこから出てこよう? ね? 良い子だから……」
ゆっくり近づこうとするが、感極まってるアカネさんは話を聞いてくれない。
「止めないでくれ大家君。寂しいのはお互い様さ。だけど……ボクはもう行くっ! すぐに帰って来るからっ!」
「……っ!」
アカネさんが覚悟を決めた声を発して、目を強く瞑った。
マズイっ! スイッチを押させる訳には―――っ!
駆け出した俺を無視して、装置が起動する。
一つ呼吸をするだけの間に、膨大な熱量と閃光がガレージ全体から溢れ出す。
爆発したのだ。機械なんてモノを起動させたから。
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