百合・移住宇宙船【アフロディーテ号】の未来なき反乱

楠本恵士

プロローグ・原始惑星『ビアン』

第1話・ユリとラブ

 G星系、恒星Lを公転する原始惑星『ビアン』──密林内の少し開けた場所に、原始惑星とは不釣り合いな銀色に輝く金属の壁が建っていた。

 金属壁の表面には、体にピッタリと密着した、スキンスーツを着た【彫像のように浮かび出た成人女性】の姿があった。


 体の前面が壁から浮き出た。両目を閉じた女性の姿は、まるで生きているように生々しく。

 両指を少し広げて前に出しているポーズは、まるで誰かと手を握りたいようにも見える。


 奇妙な壁オブジェの下の方には、壁に背もたれした格好で座っている、破損した【女性型セクサロイド】が一体あった。

 着ていた衣服は風化してなくなっていて、全裸姿のセクサロイドは、随所の人工皮膚が剥げ落ちて内部のメカが露出している。

 片方の目が人間の目の形状を保っていたが、ギミックのビスが付いた。セクサロイドの体には植物のつたが、巻きついている。


 密林の鳥の声が静まり、動物の皮で作った衣服を着た。一人の成人女性が壁の前に現れた。


「今日は野生動物は、ラブには近づかなかったようだな……やはり、乾燥させた陸ヒトデを砕いた粉末を撒いたモノに忌避きひ剤効果があったか」


 頬に紫色をした蝶型の感染痕が残るその女性は宇宙船から切り出して作った。金属の槍を近くの木の根元に突き刺すと。

 肩から提げていた、金属を細工した弓と、金属矢尻の矢が入った筒ケースを木の枝に吊り下げて、銀色の壁オブジェの女性に近づき、狩りで仕留めた。

 ウサギのような姿で複眼の小動物を、壁の女性に掲げ見せて報告するような口調で言った。


「〝ラブ〟今日は獲物が獲れた……今夜はご馳走だ」

 狩りで仕留めた小動物を誇らしげに見せる女性──『ユリ』は、ラブに続いて。壁の下で座っているセクサロイドにも声をかける。

「〝リズ〟今日もラブを守ってくれてありがとう」

 ユリは、リズの体に絡まっていた蔦を手で取り除く。


【粒子標本処理】で壁オブジェになったラブと唇を重ねる。

 生前と変わらない柔らかい唇の感触。

「んっ……んんっ」

 キスをしながら、壁のラブと指を絡め、次にスキンスーツ姿のラブの体を愛撫するユリ……胸や腹部や、さらにその下までユリの愛撫する手は、無反応なラブの体を優しく往復する。


 オブジェ化したラブに、ルーティンの愛を注いだユリは壁から離れる。

「また、明日来るからね……ラブ」

 ユリは、ねぐらに戻る途中にある墓標群に立ち寄る、木の棒を縛って十字にした墓が乱群する平原から、見える小山のように巨大な移民宇宙船。

 少しもやが漂う、死の船を眺める最後の移民人類──ユリは、頬に残る蝶の型をした、生存の証しの感染痕を撫でながら呟く。


「この惑星に不時着して、 ラブが移民の中から選別した一人の少女の個体から、複製増殖で作ってくれた〝コピー・サピエンス〔複製人類〕〟の『サッホー』たちが、すべて死滅してから五年か……この惑星『ビアン』で生きていかなきゃ、それがあたしに託された、ラブの望みだから」

 ユリは、まだ移民宇宙船『アフロディーテ号』が、人類の生存可能な惑星が公転する恒星Lを目指して、宇宙そらを飛んでいた時のコトを回想した。

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