12.冬の星祭り②

 ディエ様から溢れた光がわたしの事を包み込む。

 穏やかな光なのに、何だか熱く感じてしまう。もちろん不快なわけではなくて……少しどきどきしてしまうのは、ディエ様と一緒のお出掛けだからかもしれない。


 そういえば、神域から出るのも久しぶりだ。

 もう戻るつもりもなかった場所に、こうしてディエ様と……と、感慨深く思っていた気持ちに翳りが射す。ディエ様はもしかしたら、このままわたしを人の世に戻すつもりなのだろうか。

 それを問う前に、目の前で光が弾けた。それは──わたしが神域に来た時と全く同じ光の奔流だった。


 光が落ち着いた先、わたしとディエ様が居たのは王都近くの森の中。

 冷たい風に身を震わせて、そういえば今は冬なのだと思い出した。神域はいつでもぽかぽかと暖かかったから、季節も忘れてしまっていた。


「あの……ディエ様」

「どうした?」


 首を傾げて見せるディエ様のお姿に、鼓動が跳ねる。胸が騒がしくなるけれど、これほどまでにわたしは不安なのかもしれない。


「お帰りの際は、わたしも連れて帰って下さいますか?」


 緊張に喉が渇く。

 何かに縋っていたくて、コートの裾をぎゅっと握り締めた。


「双子にケーキを頼まれているんだろ。帰らないでどうやって渡すつもりだ?」

「は、はい!」


 良かった。

 心の底からほっとして大きく息を吐き出す。吐いた分だけ息を吸うと、ひんやりとした冷たい空気に喉がなんだかひりひりとした。


「じゃあ行くか。少し歩くが平気か?」

「大丈夫です。荷物持ちもお任せください」


 ぐっと拳を握り締めるけれど、ディエ様が向けてくるのは呆れたような視線。そんなにおかしなことを口にしたつもりはないのだけど。

 小さく溜息をついたディエ様が歩き出したから、わたしも慌てて後を追いかけた。



 王都はわたしが過ごしていた時よりも、ずっと大勢の人で賑わっていた。

 皆が一様ににこにこと朗らかな笑みを浮かべているように見えるのは、やっぱりお祭りという大きなイベントだからかもしれない。


「はぐれるなよ」

「はい、しっかりついていきます。二人に頼まれていたのはチョコレートケーキでしたが……他にも何か買い足すものはありますか?」

「いや。……双子はお祭りをしっかり見てくるようにと言っていたが」

「お祭りを、ですか。市井の人々の様子を見るのも大事なお仕事ですものね」

「そういうわけじゃないだろうけどな」


 隣を歩くディエ様はゆっくりとした歩調だから、ついていくのも問題ない。きっとわたしを気遣ってくれているのだろうけれど、それを指摘したら「バカじゃねぇの」なんて言われてしまいそうから口を噤んでおくことにした。



 それにしても人が多い。これだけの人出なら見知った人に会ってしまうかもしれない……なんて、それも杞憂だったようだ。学校で机を並べていた友人とすれ違ったけれど、全く気付かなかったもの。

 わたしは居ない・・・者だから、このお祭りに来ているなんて思ってもいないのだろう。これならもし気付かれたとしても、他人の空似でやり過ごすことも可能だろう。


「チョコレートケーキの販売は夕方からだそうだ。お前はどこか、見たい店はないのか」


 周囲に目を配っていたディエ様が、ふとわたしに視線を落とす。赤と黄色の瞳が陽光を受けて煌めいているようでとても綺麗。ずっと見つめていたいのに、そんなことをしたらこの心臓がきっと壊れてしまう。


「わ、わたしですか? えぇと……」


 見たい店。見たい……店?

 思い浮かばないけれど、もしわたしが行きたい場所を口にしたなら、きっとディエ様は連れて行ってくれるのだろう。

 そう思うと、かあっと顔に熱が集まるのを自覚した。それがどうしてか、自分でもよく分からないのだけど。


「なに焦ってんだ。思いつかないなら、適当にぶらぶらするか」

「そ、そうですね」


 声が裏返りそうになって、誤魔化す為に空咳を何度か繰り返した。

 ディエ様は怪訝そうな顔をしているけれど、特に追及しないでくれるようだ。それが有難くて、ほっと息をついた。


 どうしてこんなにどきどきしてしまうのだろう。

 男の人と並んで歩いているから? でもそんなの、別に今までだって無かったわけじゃない。下働きをしている時に、買い物を頼まれる事だってあったもの。


 じゃあ……ディエ様だから、どきどきしてしまうのだろうか。

 ディエ様と一緒だから、こんなにもどきどきして、足元がふわふわして、胸が苦しくなるのだろうか。


「おい、大丈夫か? 顔が赤い。風邪でも引いたんじゃねぇだろうな」

「あの……息が出来ないくらい、胸が苦しいのです」

「はぁ? 体調が悪いなら早く言えよ。帰るぞ」

「いえ、具合が悪いわけではなく……それは大丈夫なのですが。あの……ディエ様と一緒にお祭りを歩いていると思うと、何だかどきどきしてしまって」

「…………」


 具合は悪くないはずだけど、何かに浮かされているように、わたしはそんなことを口にしていた。でも眉を寄せるディエ様の様子に気付くと、何でもないとばかりに首を横に振った。

 

 わたしは何を言っているんだろう。

 そんなことを言われて、ディエ様だってきっと困る。体調を心配させてしまうもの。


「……お前はやっぱりバカだな」

「はい? なんでいきなり悪態なんですか」


 大袈裟に溜息をついたディエ様は、長い指先でわたしの額をピンと弾いた。思った以上に痛くって、両手で額を押さえる羽目になってしまう。じんじんとした鈍い痛みに涙が浮かんでしまいそう。


「ディエ様、痛いです!」

「バカなことばっか言ってるからだろ。お前、串焼きは食えるな?」

「え、はい。食べられますが……」

「祭りの時にしか出ない店がある。食いに行くか」

「どうしてそんなに詳しいんですか」

「双子に毎度頼まれてるからだよ。食うだろ?」

「食べます!」


 どきどきする気持ちは変わらないのに、さっきまでの息苦しさはなくなって。

 もしかしたらディエ様はわたしの額を弾くことで、何かして下さったのかもしれない。


 そんなことを思いながら歩いていたら、不意にディエ様がわたしへと視線を向けた。


「お前が思っているほど、俺は万能じゃない」

「わたしの心を読みました?」

「さぁな」


 そう言って低く笑うディエ様のお姿が素敵すぎて、また息が出来なくなってしまいそう。

 でもそれは口にしない方がよさそうだ。帰ったら双子に聞いてみたら、この不思議な感覚も分かるのかもしれない。


 見上げた空は薄い青。

 街の至る所に飾られた、青と白の光の魔石。ぴかぴかと光を放っていて、それが一層お祭り気分を盛り上げているようだ。


 わたしのこの気持ちも、お祭りに浮かれているからかもしれない。

 ディエ様をそっと見上げると、視線に気付いたのかこちらを見てくれる。重なる視線が優しくて、わたしを見てくれることが嬉しくて。

 胸の奥がきゅうっときつく締め付けられる。それはまるで疼いているようで、自分でもよく分からないくらいに甘い感情だった。

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