第7話 亜空
……――り……。
意識が薄らぎ、祈は遠い記憶を思い出していた。
『やはり祈の能力では劣る。逃げた”双子”を探しださなくては』
『
機械に繋がれた祈は、目を閉じたままエイとビビの声を聞いていた。
『失敗作の祈を育てるより、処分して作り直したいが……』
『ダメだよ。もう元となる”サンプル”、貸してもらえないんだから』
――思い出したくない記憶。
祈はぎゅっと身を縮めた。また気が遠くなる……。
はっと目を覚ました。
「ここ……」
闇の中だった。遠くに星のような発光物が散らばっている。
そして、足元にもどこにも地面の感触はなく、祈は宙に浮いていた。
「宇宙? ……息は苦しくない」
不安で辺りを見回す。背後に特に目映い光があった。
「シーカ」
薄っすらと発光したシーカは、体から力を抜いて横たわっているようだった。祈の呟きに、ピクっと目を覚まし、唸りだした。祈は怯える。だがシーカは足場のない場所でスカスカと四肢を動かすことしかできないようだった。
「近づけないんだ。よかった……。あ、でも雷、撃てるのか」
警戒を続けるが、防御のすべはなく、ただ目を逸らさないことしかできない。
「……あれ、何で見えるんだろう」
可視化装置も一緒に来たのだろうか。辺りを確認しようとして、祈はある音に気づいた。
「――? カンフー?」
どこからか映画で聴いたことがある琴の音が聞こえる。
「誰かいますかー!」
祈が叫ぶと、琴の音が止まった。
祈は耳を澄ましたが、しばらく待っても何も聞こえることはない。
「聞き間違いかな……。! 何かきた」
闇の中から、ぼんやりと白いものが向かってくる。祈は助けかと期待した。
「……? ……いったんもめんだ」
来たのは白いぺらぺらが人の形にざっくり切り取られたものだった。また妖を引き寄せてしまったと、祈は落胆した。
近づいてくると、人形は祈の顔くらいのサイズで、紙でできていることが分かった。頭部は四角、振袖で手を広げたような形。
そのうち五体が重なって短い縄を作り、祈の手に巻きついた。
祈は一瞬警戒したが、紙人形はゆっくりと祈を引っ張って、自分達が来た方向に導いているようだ。
「君達のいた場所に連れてってくれるの? どんなところ?」
口のない紙人形は、無言で引っ張るだけだ。
「一人じゃ動けないし、ついていくしかないか」
他の紙人形はシーカにも巻きついた。シーカは引っ張られながらも抵抗して、雷撃でいくつか紙人形を燃やした。だが、大人しく連れ去られる祈と距離が離れていくのを見て、攻撃を止める。紙人形の誘導についていくことにしたようだ。苛立ったような唸り声は上げ続けていたが。
「あっちにも紙人形が向かったような……、! 理っ」
目を凝らすと、白い紙人形に囲まれた白衣姿があった。だらりと四肢を投げ出した理が、宙に浮いて漂っている。紙人形達は理も同じ場所へつれていく気のようだ。
「ねえ、向こうの人に近づけない?」
紙人形に声を掛けるが、反応はない。祈は何もできず、ただ無事を祈った。理は晶に酷いことをしようとしたから嫌いだけど、死ぬところを見たいわけではなかった。
「晶、どうなっただろう……」
シーカと理という敵と、祈という足枷がいなくなって、危険度は下がったはずだ。剣という人と合流できていることを祈った。
しばらく進むと、先の方が瞬きだした。
「橋……」
欄干のある光の橋が姿を現した。その先には、空間を切り取ったような不思議な口があった。向こうも夜のように暗かったが、ふと吹いた風が、草木の香りをしていた。その香りが祈の警戒をわずかにほぐす。胸をどきどきさせながら、向こう側へと飛び込んだ。
「わっ」
浮いていた体が、急に下へと落ちた。草の上へと転がる。紙人形が少しだけ支えてくれていたので痛みを感じるほどではなく、すぐに体を起こす。
「元の世界……?」
地面があって、草も生えている。だがあの公園の近くには見えない。草原を峻険な岩山が囲み、夜空には見たこともない数の星が輝いている。
遅れてシーカ、理も光の橋を渡り終えた。シーカは危なげなく着地し、理は祈と同じように地面に転がった。祈は理に駆け寄り、様子を確認する。理の胸は呼吸するようにゆっくりと上下を繰り返していた。
「生きてる……」
祈はほっとする。
と同時に、橋の光が薄まっていき、やがて消えてしまった。
三人から紙人形がほどけて離れていく。紙人形が飛んでいく方を見ると、人の姿があった。
日本の伝統装束……水干を着た背の高い人。持ち手のある行灯を手にしていて、ほのかな橙色の灯りが彼を包んでいる。風がその背の髪を揺らし、正面にいる祈にも、腰に届くほど長い髪を結んでいるのが見えた。
彼が手を差し出すと、飛んできた紙人形がすうっと手に吸い込まれるように消える。
「妖……?」
それとも、漫画で読んだ妖術使いだろうか。分からないが、多分彼が紙人形の主なのだろう。
その顔前には、落書きのように筆が走った白い紙――
――グルル……。
シーカが唸った。先程まで拘束してきた紙人形の主が現れたのだ。敵意を剥き出しにして、草地を一気に駆けて襲いかかった。
だが相手の反応も早かった。再び無数の紙人形を出して、シーカを囲む。紙人形は列を作り、包囲を狭めてシーカを捕縛した。シーカは暴れて振り払おうとするが、何重にも巻かれた紙の縄は、ビクともしない。シーカは自分の周りに雷を放つ。紙は焦げ始めたが、そうとみた瞬間、修復していく。
作面の男はシーカを気にしていないかのように、落ち着いた足取りで近づいてきた。
「…………」
作面の男がすぐ側に立ち止まる。祈はどうしたらいいか分からない。敵意はないように見える。
すると作面の男がしゃがみ、理の顔を覗き込んだ。
「あの、雷に当たって、気を失っているみたい」
祈が言うと、男はこくんと頷いた。話が通じたようだ。男が宙を切るように指を動かすと、ふわっと不思議な風が起こった。
「……ん……」
「理っ!」
理がぼんやりと目を開けた。祈は安心して息をつく。
しばらく宙を見ているだけの理だったが、シーカが再び唸ると、竦みあがって起きた。そして、白い紙縄に拘束されたシーカを見つける。
「どういうこと?」
と祈も訊きたいことを訊いた。
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