第7話

 病院の診察台にのせられた彼女は、ひどいしかめっ面を浮かべて、口からふ〜ふ〜息を吐いていた。

 体が汗で湿っているのは高熱のせいだけじゃないだろう。


 がんばれ、がんばれ。

 俺は励ましつつ首周りをナデナデしてあげる。


「は〜い、お注射しますね〜。少しチクっとしますからね〜」


 いうが早いか、獣医師さんの針がお尻に突き刺さった。


 グサリッ!

 不意打ちに近かったせいで、彼女の肩が電気ショックを受けたみたいに跳ねる。


 心は人間のままなのだ。

 お尻から薬を注入されるなんて、生涯における最大の屈辱かもしれない。


「終わりました。あとは受付でお薬をもらってください」

「ありがとうございます。お世話になりました」


 ケージに戻すとき、彼女はしゃ〜しゃ〜と威嚇いかくしまくっていた。

 こんな場所、金輪際こんりんざい来るものか! という意味だろう。

 もちろん、獣医師さんには伝わらないから、


「あら? 注射が痛かったのかしら。ごめんね〜」


 なんて呑気に笑っている。

 俺はもう一度礼をしてから、さっさと受付ロビーへ引き返しておいた。


「よしよし、よく耐えたな。君は偉い。とっても偉い。風邪が治るまでお風呂に入れないけれども、回復したらまた温泉宿に連れていってあげるから。今日は機嫌を直してくれよ」

「にゃ〜ご〜。にゃ〜ご〜」


 俺が頭を上げたとき、壁のポスターが目についた。

『犬猫のシニアライフについて』とタイトルが付いている。


 ポスターによると、猫の10歳は人間の56歳に相当するらしい。

 俺がもっとも衝撃を受けたのは、早見表のらんが18歳で終わっていること。

 猫の寿命というわけか。


 よくよく考えると彼女って何歳なのだろう。

 病院で診察してもらうにあたり、適当に4歳と記入したが、彼女は18歳なんか軽く超えちゃっている。


 10年後、20年後、彼女はちゃんと笑っているのかな。

 おいしそうに猫カンをむさぼって、お風呂の中で脚をバタつかせて、オナラ攻撃で俺を起こしにくるのかな。


 寝たきりの状態になっていないだろうか。

 目とか耳とか舌は健在だろうか。


 遠い将来のことまで想像していたら、心にぽっかり穴が空いたみたいになって、呼び出しの声にしばらく気づけなかった。

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