前世の記憶を取り戻した男は『ネギ』を求めて旅に出る

覇翔 ルギト

第1話 ネギを思い出した男


「……ネギが食べたい」


 男は目覚めてまず一言、そう言った。


 彼の名前は『ルード』。何の変哲もないただの人……だった男だ。


 殆ど無意識で言った自分自信の言葉にルードは夢の中で体験……いや、思い出した前世の記憶が意識と共に鮮明に蘇る。


「そうだ、俺は日本人。薬味であるネギをこよなく愛し、それ以外も食という文化を愛した男……だった」


 記憶が戻ったからと言って、ルードという人格が無くなった訳では無い。

 そして何故かどれだけ思い出そうとしても前世の自分の名前や顔と言った自分の情報が思い出せなかった。


 だがらなのか、蘇った記憶はあくまで前世であり、今の自分とは別の人間という感覚があった。


 だが、それとこれは別の話。


「ネギ……ネギネギネギネギネギネギネギネギ!ネギが食べたい!あのシャキシャキとした食感と絶妙な辛味!そして麺つゆや醤油と混ぜることで産まれる野菜としての甘み!うどんや蕎麦、そうめん等の日本食を始めとした鍋、丼物、ラーメン!そして日本の食べ物だけではなくパスタや麻婆豆腐、スープ類には確実に合う最強の薬味!」


 ルードは一呼吸置いて大きく息を吸い込み叫ぶ。


「嗚呼!ネギが食べたい!」


 それがネギ大好き男の産声だった。



 日本には『思い立ったが吉日』という言葉がある。


 ルードは居てもたってもいられずに八百屋に走った。


「おじさん、おはようございます!ネギ売ってるか?!」

「ああ、おはよう。ネギ?そんな野菜売ってねぇし聞いたことねぇなぁ」

「そ、そんな……」


 ルードは膝から崩れ落ちそうになるが何とか耐えて街中を走り回る。


「知らねぇなぁ」「聞いたことないなぁ」「魚かなにかと間違ってるんじゃない?」「ここは食用の花は売ってねぇぞ?」

「あ、あああ……」


 ネギが売っていない。少なくともこの地域では栽培していない。

 最後の八百屋に行ったことでその事を理解したルードは絶望に打ちひしがれる。


(いや待てよ?この世界ではまだまだ栽培技術が進歩してない。それな季節によって売られてるかもしれな八百屋さん知らないって言ってたァァァァ!!)


 絶望して四つん這いで項垂れてるかと思えば突然希望に満ち溢れだ顔で起き上がるかと思えば次の瞬間また絶望の顔で四つん這いになった。


 その様子は明らかに変人であり、なかなかに滑稽であった。


 幸い朝早くなので人通りが少ない。それでも数人に変な目で見られたがそんなことルードには関係なかった。


 ルードは立ち上がり、そのまま砕け散ってしまいそうな心を何とか保ちながら家に向かう。今日はもう仕事どころではなかった。


「おや?ルード君じゃないか。おはよう」

「あ、おじいさん。おはようございます……」


 のそりのそりと歩いていると、前から聞き覚えのある声が聞こえる。ルードはゆっくり前を見るとそこには近所に住んでいるおじいさんが居た。


 このおじいさんは物知りなことで有名で、街の色んな人がこのおじいさんに相談しに来ていたりするぐらい物知りだ。


「む?そんなに落ち込んでどうした?何か嫌なことでもあったか?」

「いや、それがですね……実は最近知った『ネギ』という食材を食べてみたいと八百屋さんに行ったのですが、どこにも売ってないらしくて……」

「ふむ、ネギか……」


 もしかしたら、という思いを込めてルードはおじいさんに相談する。

 おじいさんはルードの話を聞いて少し思案した後、手をぽんと叩き思い出したように話す。


「そのネギという食材、聞いたことがある」

「ほ、ホントですか!?」


 物知りだとは知っていたがまさかここまで物知りだとは思わず、ルードにはおじいさんが全知全能の神に見えた。


「おお……神よ……」

「ほっほ、神は言い過ぎじゃよ。ワシが知ってるのはネギが売られている地域の話じゃ」

「ネギが売られている地域……」


 ルードはネギについて調べたことを思い出す。


(そういえばネギは秋から春にかけて栽培するものだったな……つまり寒い地域や四季がはっきりしている地域で生えているはず。そしてここの気候って一年中暖かいな……そりゃ栽培されないはずだ)

「ネギが生えている地域は二つ。まず一つはこの国を出て北に行ったところにある『ヘサシナエ王国』の領土にはネギという食材があったはずじゃ」

「ヘサシナエ王国……」


 ルードには聞き覚えがあった。

 その国の領土の半分は常に雪に覆われ、さらにその国に建てられた城が遠くから見るとまるで氷の城に見えることから、通称『氷の王国』と呼ばれる国だ。


「じゃが、あの国の気候はこの国『フーラウ王国』の住人にはちと厳しいかもしれん」

「確かに、この国は暖かいですからね」

「ああ、だから二つ目。ここから東にある『カンサホ帝国』おすすめする。そこならば大抵の食材が手に入るはずじゃ」

「帝国……なるほど!確かにあの国なら……」


『カンサホ帝国』とはこの大陸で最も大きな国であり、その規模を考えれば十分有り得る!


「ありがとう、おじいさん!俺がやりたいことは決まった!いつか絶対恩返しするからね!」

「ほっほ……お主はまだまだ若い。その若い目で世界中を見て、経験して来なさい」


 まだまだ希望があるとわかったルードは急に元気になって走り去って行く。

 おじいさんはそんなルード後ろ姿を見ながら、微笑ましそうにそう囁くのだった。








 ♦♦♦♦♦



 ネギについてはあくまで個人解釈です。

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