第26話 人を救う、それが信念

——

 「翔!」

 「っ……おぉ霊牙、もう昼休みになったのか?」


 霊牙は階段の裏で鞄を枕にして眠る友人、天瀬 翔の肩を叩いて目を覚まさせる


 「いやまだ時間的には……2時間目だ」

 「じゃあ起こすなよ……昼休みから学校に来たフリが出来ねぇじゃねぇか」

 「それどころじゃないんだ、とにかく立て」

 「えぇ……分かった分かった起きるから」


 翔はめんどくさそうに起き上がる


 「で、何かあったのか?」

 「あとで説明するから今は走るぞ!」

 「は!? いやおまっ……あぁもうなんなんだよ!」


 翔は走り出した霊牙の背を追いかける



——

 「っ……!」


 霊代は霊牙の教室に辿り着く……が……


 「嘘でしょ……」


 そこには大量の生徒の死体が転がっていた


 「霊牙……」


 霊代の身体から力が抜けていき瞳からは輝きを失う


 「もっと……早く学校に着いてれば……」


 霊代の瞳には死体が張り付き、思考の全てを支配する……そして霊代は気が付く


 「ない……霊牙がいない……」


 そう、そこに霊牙の死体が無かったのだ


 「ということは……」


 霊代の瞳に輝きが戻る


 「霊牙は生きてる……!」


 霊代は走り出す


 「ホークリスの言った通りもう逃げ出したんだろうな……ということは……家か……? まぁどこだろうと生きてるならそれでいい! 今は警察に捕まらないようにさっさと逃げるのが1番! エルード!」

 「シャクァァァア!」


 霊代はそう言ってシャークルスと一体化してエルードシャークルスとなり3階の窓から飛び出した



——

 「おいおい霊牙! さっきから至る所がぶっ壊されてるんだけどまじで何があったんだ!?」

 「話が長くなるからめちゃくちゃ簡潔に伝えるけどいいな!?」

 「いいぞ!」


 翔は走りながら親指を立てる


 「怪人が出てきてそいつが暴れ回った!」

 「は?」


 翔はその答えに素っ頓狂な声を出す


 「いやおまそれは……怪人がいたとしてそいつは今どこにいるんだ!?」

 「俺が倒した!」

 「はぁ!? どうやって!?」

 「っ……仕方ないお前にだけは教えてやるよ! ドレッド!」

 「ホクァァァァ!」


 霊牙は急に反対側を向きホークリスと一体化しドレッドホークリスとなって翼を展開する


 「うぉおなんだそっ……」

 「ドレァァァア!」

 「おぉぉぉお!?」


 飛んだ死の鎧は翔を右腕で掴んで開かれた2階の窓から飛び出す……その左上では……


 「「あっ」」


 エルードシャークルスが窓から飛び出していた


 「君の言う通りだったよー!」


 死の鎧が死角となって翔の見えない命の鎧は死の鎧に手を振ってそのままどこかへと飛んで行った


 「っ……他にも生き残ったやつがいたのか……まぁいい事だな……!」

 「おいお前なんか加速しそうな雰囲気っ……」

 「身体を丸めて絶対に顔を外に出すなよ!」

 「はっ!? っぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」


 死の鎧は翼を光速で震わせ空中を駆け出した



——

 「うーん……家には居ないか……」


 ソファーに座った霊代は寂しさ漂うリビングを見て言う


 「となると……どっかに逃げたとか……?」

 「困り事か」

 「うぉっと神様」


 気が付くと霊代の横にはスペースドが座っていた


 「いや私の弟が……なぁ神様、1つだけ聞いていい?」

 「なんだ?」


 霊代は真顔になって言う


 「私の弟、鮫牙 霊牙は無事なんだろうな?」

 「……あぁ無事だ」

 「そう、なら良かった! ……けど」


 霊代は立ち上がり、そして振り返って空間の神に冷たい視線を向ける


 「もしもまた霊牙を巻き込んだら許さないからな……」


 それだけ言って霊代は立ち去った


 「……こっちは少し危ないかもな」


 空間の神はそう呟いて姿を消した



——

 「ここまで来れば大丈夫だろ……」

 「あんな速くしてどこまで行くんだと思ったら100mも無かったな」


 霊牙と翔は学校の裏にある山の小さな洞穴の中にいた


 「いやぁにしても、懐かしいなここ……椅子とかブルーシートもそのままだから助かったな」


 翔はずっと前に霊牙と秘密基地を作った思い出に浸りながら洞穴の中を見渡す


 「ってかお前のねーちゃん心配してんじゃないか?」

 「あ、そういえばそうだったな……」


 霊牙は完全に忘れてたように言う


 「んー……連絡だけしとくか」


 霊牙は言ってスマホを取り出し、霊代のメーセージに短い文を送信した


 『学校から逃げれたから大丈夫』


 「てきとう過ぎない……?」

 「え、確かに……まぁ大丈夫だろ」

 「そうだなお前のねーちゃん色々と凄いし……っはぁー!」


 翔は大きく息を吐いてブルーシートの上に寝転がる


 「……冷静になると結構やばいよな今の状況」

 「そうだな……まぁまた怪人が出ても俺が倒すから大丈夫だろ」

 「すっごい自信だな……よっしゃ怪人討伐はお前に任せた! 俺は怪人の目撃情報探したりするからさ!」

 「助かる……俺はそういうの調べるの苦手だし」


 霊牙はほとんどアプリの入れられていないスマホ画面を見て言う


 「じゃあ早速怪人の情報……おいこれ……!」

 「っ……行くぞ!」


 翔の向けてきたスマホには銀色の狼と戦う青い鮫……シャークルスの姿が……そしてその近くには霊代が映っていた



——

 「早く霊牙を見つけないと……怪人……スレッドはあれが最後じゃない……っ!」


 霊代のポケットにしまわれたスマホが震える


 「霊牙っ……」

 「ウルファァァァァ!」

 「っ!? シャークルス!」


 霊代はスマホを取り出そうとするが突然狼に邪魔されその通知を見る事が出来ない

 霊代の呼びかけに応じてシャークルスが地面から飛び出し狼に襲いかかる


 「スレッド……って種族なら蜘蛛のやつはスパイダースレッド、こいつが人間を乗っ取ったらウルフスレッドって事だな……そうなる前に倒す!」

 「ウルィァァァァア!」

 「シャクッ……ァァァァァ!」


 狼はシャークルスに飛びかかり、シャークルスは地面に潜って狼の背後から現れその背中に牙を突き刺す


 「ウルファァァ! ウルファァァ……!」

 「シャクァァァ……!」


 狼は身体を回してシャークルスを投げ飛ばす

 狼とシャークルスは睨み合い……そして……


 「ウルァ!」

 「シャクァ!」


 同じ方向を向いて併走を始めた


 「えぇ!? ちょっ……そっち人が集まってるとこだから!」


 霊代は慌てて追いかける


 「シャクァ!」

 「ウルァ!」


 シャークルスは地面に浅く潜って背鰭で狼の脚を切り飛ばそうとする

 狼は飛び上がってシャークルスの背鰭に噛み付き、そして投げ飛ばす


 「シャクァァァ!」

 「すっげぇバズり始めてる!」

 「っ!? そこの人逃げて!」


 霊代は路地裏から男がシャークルスと狼を撮影している事に気が付く


 「ウルファァ? ウルファァァァァァ!」

 

 男に気が付いた狼は方向を変えて地面を蹴って男に飛びかかる


 「やばっ……!」

 「エルード! エルァァァァ!」


 狼の牙が男に突き刺さる寸前、霊代はシャークルスと一体化してエルードシャークルスとなり狼に飛びかかって蹴り飛ばす


 「すっげぇ……」

 「感心してる暇があったら逃げろ!」

 「はっ……はい……!」


 男はスマホをポケットにしまって走り出した


 「っし……私の牙が……お前の命を終わらせる!」


 命の鎧は右拳に力を込めて狼に向かい走り出した



——

 「この辺……いた!」


 翔は走りながらエルードシャークルスと狼を指さす


 「お前は電柱の陰に隠れてろ!」

 「了解!」


 翔は電柱の裏にしゃがむ


 「ふぅ……ドレッド!」

 「ホクァァア!」

 「俺の翼がお前を死に至らしめる!」


 霊牙はホークリスと一体化しドレッドホークリスとなって走り出した

 

 「おぉホークリス君! こいつすばしっこくて……」

 「ウルァイ!」

 「うっばぁあ!?」


 死の鎧の方に手を振った命の鎧は走る狼に脚を取られて尻を付く


 「おい大丈夫かっ……」

 「ウルフィ!」

 「うぉぉおぉぉ!?」


 狼は命の鎧に駆け寄ろうとした死の鎧の股の下を駆け抜け、背中に飛び乗って暴れる


 「うぉぉ離れなさっ……」

 「ウルファァァ!」

 「がっぁ!?」

 「あ痛!?」


 命の鎧が駆け寄ろうとすると狼は体重を前に掛けて死の鎧と命の鎧の頭をぶつけさせて離れる


 「っ〜! 大丈夫ホークリス君……」

 「あぁ大丈夫だ……とにかく今は……」


 死の鎧は狼な方を向いて拳を構える


 「あいつを倒す!」

 「もちろん……!」


 2人の鎧肩を合わせ……そして走り出す


 「ドレァァア!」


 死の鎧は翼を展開して飛び立ち、8つの翼を分離させて暴れさせる


 「ウルファァァ!」

 「エッ……ルァァア!」

 「ウルフッ……ウルファァァァ!」


 狼は駆け回り翼を避ける

 翼の間から命の鎧が現れ狼の首を鷲掴みにする


 「ドレァァァ!」

 「ウルッッッ……ファッ……」

 

 死の鎧は翼を操り持ち上げられた狼の身体に8つの翼を突き刺す


 「なんか可哀想だけど……今回は犠牲者を出さずに済んだ……」

 「……動画が拡散されていた、早く逃げた方がっ……なんだ……?」


 着地した死の鎧の身体に何かがぶつかり、そして通り過ぎる


 「どしたの」

 「いや……今何か……透明な何かが……」

 「なんっ……あがあぁあぁあ!?」

 「っ!?」


 突然電柱の裏から悲鳴と血が吹き出す


 「あがっが……」

 「はっ……おい……!」


 悲鳴は消え、血は吹き出さずに地面を流れる


 「レァァァ……!」

 「は……は……ぁ……?」


 電柱の裏からはカメレオンに頭を食われたような姿をした怪人、カメレオンスレッドが現れた


 「透明なのって……」


 命の鎧は目の前の怪人の意味を理解する


 「なぁ……あれは人間を乗っ取った後だと思うか?」

 「……だと思う」


 死の鎧の問いかけに命の鎧は俯いて答える


 「嘘だ……嘘……嘘を言うなぁ!」

 「ちょっやめっ……って来てる来てる来てる!」

 「レァァァァァ!」


 激昂した死の鎧は命の鎧に掴みかかり、怪人は2人の鎧に突進した


 「ったた……大丈夫!?」

 「違う……こいつは違う……お前は翔じゃないんだぁぁあぁぁあ!」


 死の鎧はそう叫んで立ち上がり、目の前に立つ怪人に拳を放とうとする……が……


 「っ……!」


 その拳は怪人に衝突する寸前で止まった

 死の鎧は身体を震わせる

 その震えは闘志や怒りによるものではない、自身を制御しようとする霊牙の意思によるものだった


 「レァァァ……!」

 「なっ……」


 怪人は死の鎧を嘲笑うような声で唸りそして拳に力を集中させる


 「ホークリス君!」


 命の鎧は叫ぶがその叫びは死の鎧には届かない


 「レオァァァァ!」

 「っ……ばぐぎっ……!」


 怪人の拳は死の鎧の腹に深く入り、内部を破壊する


 「がっ……ぎ……!」

 「ホクァア!」


 死の鎧は地面に膝を付いてホークリスに強制的に分離され……


 「霊っ……牙……!?」


 霊牙へと姿を戻した


 「レァァァァァァ!」

 「れいっ……っエルァァァァァ!」


 倒れた霊牙の頭を踏み潰そうとする怪人を命の鎧が突き飛ばす


 「レァァ……!」


 突き飛ばされた怪人は風景に姿を同化させ逃亡した


 「っ……霊牙……霊牙!」

 「が……」


 命の鎧は霊牙に駆け寄って抱き上げる


 「れい……よ……?」

 「良かった生きてる……っ……スペースドォ!」


 霊牙を抱きしめる命の鎧は怒号を放つ


 「呼んだか」


 命の鎧の目の前の景色の中にスペースドが姿を現す


 「呼んだか……じゃないだろ……私言ったよなぁ……! 霊牙を巻き込むなって!」

 「君たちが最もこの力に適応出来る人間だったんだ……許してほしい……」


 空間の神は深く頭を下げる


 「許せるわけないだろ……!? もう二度と……霊牙は変身させない!」


 命の鎧はそう言って霊牙を抱えて立ち上がり、空間の神に背を向けて歩き出した



——

 「……」


 霊代は1人でソファーに腰掛ける


 「霊牙には絶対戦わせない……その為には……」


 霊代はテレビをつける

 映された画面の中では透明な何かにビルが貫かれ、車や人は投げ飛ばされていた


 「私が……全てのスレッドの命を終わらせる……!」


 喉に力を込めて言い、ゆっくりと立ち上がって歩き出した



——

 「っ……翔! ……家か」


 霊牙は飛び起き、周りの景色を見て自分の状況を理解する


 「スペースド……」

 「……」


 空間の神はベッドの横に現れ霊牙を見下ろす


 「翔が……翔が乗っ取られたのは……俺への、ドレッドホークリスへの試練の為なのか?」

 「違う、完全な偶然だ」

 「そうか……なぁスペースド」


 霊牙は空間の神に鋭い視線を向ける


 「スレッドに乗っ取らた人間はもう救えないんだよな?」

 「……不可能だ」

 「そうか……分かった」


 その言葉を聞いた霊牙は空間の神から視線を逸らして立ち上がる


 「俺が全てのスレッドを死に至らしめる……」

 「っ……本気で友人を殺すのか? 今ならお前が動かなくてもエルードシャークルスが……」

 「お前さ……!」


 霊牙は語気を強める


 「翔だから俺が怒ってると思ってるのか……?」

 「違うっ……のか? 人間は関わりの強い人間に対して他よりも強い感情を抱くのではないのか……?」

 「あぁそうだ、だから赤の他人が死ぬよりずっとショックだった……けどな」


 霊牙は振り返って空間の神の肩を強く掴む


 「俺はたとえ誰であろうと人間を殺したのだったらブチ切れる! 絶対にお前を許さない! たとえどんな理由があろうとも……! そして1人でも犠牲者を減らす為に俺は翔を殺す!」

 「っ……!」


 空間の神はその気迫に微かに身体を震わせる


 「……君は……本当に強い男だ……」

 「……行ってくる」


 霊牙は空間の神に背を向けて歩き出した



——

 「エルァァッ……!」


 街に出たエルードシャークルスは姿を景色に同化させた怪人に蹴り飛ばされる


 「くそっ……姿を現せよ怪人がァ!」

 「レァァァ……!」


 周りの景色のどこからか怪人の声がする

 

 「どこだ……どっ……」

 「レァァァァァァ!」

 「しまっ……!」


 怪人の叫び声は背後から聞こえた

 命の鎧は振り返ろうとするが怪人の攻撃には追いつかない……


 「ホクァァァァァア!」

 「なっ……」


 透明な怪人を現れたホークリスが突き飛ばした


 「レァァァ……!」

 「俺が殺す……」


 突き飛ばされた怪人は姿を現す……その視線の先には霊牙の姿があった


 「霊牙!?」

 「……」


 霊牙は立ち上がり、そして目を閉じ深く息を吸う


 「ドレッド……!」


 目を開いた霊牙はホークリスと一体化してドレッドホークリスとなる


 「俺の翼が……貴様を死に至らしめる……」


 その小さな声は破壊された街に響く


 「ドレァァァァァア!」

 「レァァ……!?」


 死の鎧は翼をはためかせ音速を超えて怪人の目の前まで一瞬で移動する


 「ドッ……」


 死の鎧は拳に全ての力を込める


 「レァァァァァァァァァァァ!」

 「レオァァッ……!?」


 死の鎧は怪人の胸を貫き心臓を掴み、そして握り潰した

 心臓を潰された怪人の肉体は生命活動をやめて倒れた


 「……スペースド」

 「……」


 死の鎧は怪人……翔の死体を見つめてスペースドを呼び出す


 「この戦いの果てには何があるんだ?」

 「裁きを受けた命と死の神の代わりに新たな神となる……」

 「そうか……分かった……」


 その答えを聞いた死の鎧は翼を展開して飛び去った


 「……霊牙なら死の神になっても暴君のような邪神にはならない……」

 「スペースド!」


 命の鎧は空を見上げる空間の神に掴みかかる


 「お前……どうして霊牙を巻き込む!? 霊牙が……霊牙が壊れたら……!」

 「落ち着け霊代……」


 空間の神は命の鎧の肩を優しく掴んで引き離す


  「霊牙は強い男だ……そう簡単には壊れない……」

 「それは分かってるっ……けど……」

 「霊牙は自分の心に勝利せずとも友を手にかけ人を救う事が出来る……その強さを見て私は初めて理解した……」


 空間の神は再び空を……その先を見つめる


 「何故世界ワールドが人間を愛するのか……」

 「……」


 命の鎧は黙って空間の神に背を向け歩き出した


 「鮫牙 霊代……やはり危うい……」



——

 「っ……が……!」


 霊牙は路地裏で苦しみに表情を歪める


 「何か……誰だ……!」


 『よぉ霊牙……』


 「誰なんだお前はぁぁあ!」


 霊牙の頭の中に声が響く


 「なんだっ……なんなんだお前っ……!」


 『俺は……』


 霊牙の中でそれは口角を微かに上げる


 『ドレッドだ……!』

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