第7話 鮫、鷹、黒い鷹

——

 「ゼイァァアァア!」

 「グレィィィアァ!」


 廃工場、青い鎧と赤い鎧は青と赤の血を撒き散らしながらその拳を放つ



——

 「おーはよう! 2人ともサボってないなんて珍しいね!」


 朝8時、ターンに入店した政則はターンの制服とエプロンを着た2人を見て言った


 「確かにいっつも俺か霊代のどっちか居ないし珍しいかもなぁ……いつも通り珈琲だけでいいですか?」

 「んー、今日はなんか食べようかな……目玉焼きセットのパンでお願いするよ」

 「OK」


 流牙は蛇口のレバーを上げて手に水を流して卵を取り出す


 「結局狼捕まえられなかったなぁ……」

 「大分唐突だな」

 「いつもの事じゃない?」

 「確かに」

 「は?」


 流牙と政則のやり取りに霊代は苛立ったように目を見開く


 「流牙……今月のお小遣いは0がいい?」

 「お小遣い!?」

 「給料をお小遣いって言うの本当にやめてくれ……っしまった目玉焼きめっちゃ焦げてる!」

 

 流牙はフライパンの上で卵の白身が茶色黒くなり薄くなったのに気が付き焦って焦げた目玉焼きを箸で掴み取る


 「ふぅ……どうぞ目玉焼きです」

 「訴えようか」

 「霊代いますぐ新しい卵を」

 「今のが最後」

 「「は!?」」


 2人は霊代の言葉に目を見開き驚きを露わにする


 「えっ……これで卵が最後…….!? 確かに冷蔵庫に1個しか……どゆこと……?」

 「いやぁまさか珈琲以外が必要になるだなんて思わなくて……」

 

 ターンが開店してからの4年間、鷹弐を含めても来店客は3人だけだった

 1年前から来るようになった政則は珈琲しか頼まず霊代はもう他はいらないと油断していた


 「仕方ない……買いに行ってくる」

 「珍しいな自分から行くなんて」

 「まー私のミスだからさ、じゃ!」


 霊代はエプロンを脱ぎ捨てターンから飛び出す


 「これが成長っ……」

 「なにこれ」


 政則は霊代が走った後の床に1枚の紙が落ちている事に気が付き手に取る


 「えー、私は今から狼狩りに行きます……はい……つまりそういう事らしいね」

 「うっそだろ……?」


 その残されたメッセージに流牙は戦慄し霊代の人格がこの程度で成長限界を迎えていたことを思い出す


 「はぁ……仕方ない行くかぁ……」


 流牙はエプロンを脱ぎ丸めて床に放り投げターンから出ていった


 「2人ともエプロン床に放り捨て……義理とはいえやっぱ姉弟だね……」


 政則は2枚エプロンを持ち上げてカウンター席に置いた


 「にしてもこの目玉焼き、真っ黒だけど勿体ないよなぁ……」

 「やめとけ」


黒い目玉焼きを箸で崩さないように取ろうとする政則をスタッフルームから出てきた鷹弐が止める


 「君はっ……てなんだいその傷は!?」

 「気にするな」

 「気にするに決まってるじゃないか……!」


 政則は鷹弐の肉の奥に骨をちらつかせる左二の腕を見て駆け寄る


 「っ……とにかく病院に……」

 「この程度自分で治せる」

 「はぁ……? 何言っ……そういえば……」


 政則は赤い鎧の姿とその声を思い出す


 「昨日ここにいた鎧って君なのかい?」

 「……気づいてたのか」

 「まぁなんなく、あれってコスプレ……それとも……」

 「ガチなやつだな、だから傷なんて放っておけば治る」

 「いやだったら治るまでじっとしてなよ」


 政則は歩き出そうとする鷹弐の右肩を掴む


 「人間案外脆いからさ」

 「……その言い方、そういう事か?」

 「まぁ……経験談だね……少し長話をしてもいいかな?」

 「傷が治るまでの暇つぶしにするか」

 「それじゃあ……」


 政則はカウンター席に座って少し目を細め語り出した



——

 「はー……まさかいつものスーパー閉まってるなんてなぁ……どしよ」


 銀色のシャッターに閉ざされたスーパーに流牙は立ち尽くす

 この辺りにはあるのはほとんどコンビニばかりでスーパーはここ一件のみだ


 「コンビニ値段はターンの利益じゃキツいし……隣町の方まで行くかぁ……」


 流牙はシャッターに背を向け歩き出す


 「この歩道橋キツイんだよなぁ……っと」


 流牙は薄ピンク色の階段を登り切る


 「下りも急だからやなっ……」


 流牙の視界に歩道橋の下の横断歩道で少年が大きな銀色の犬を散歩している姿が入る


 「……怪人達ってなんなんっ……!」


 立ち止まった流牙の身体は突然宙を舞い歩道橋から飛び降りていた


 「っ……!」


 歩道橋から赤い髪の青年が見下ろしていた


 「アーマーッ……」


 言い切る前に流牙の意識はトラックの荷台と衝突して消え……トラックを見た流牙にはある記憶が蘇る



——約1年前


 「おはよーう」

 「おはようさんです、いつも通り目玉焼きの白米セットの醤油でいいですか?」


 朝8時、ターンに暗井 夜奈が来店する

 この頃のターンに政則はまだ来た事がなかった


 「いや今日は珈琲1杯で良いかな」

 「へー珍し……その服装……ひょっとして……!?」

 「ふふっ……実は昨日……政則さんにプロポーズされました! それで今日はお家探しデートでーす!」

 「おめでとうございまーー〜す!」


 両腕を掲げて喜びを表現する夜奈に流牙は拍手して祝福する


 「というか霊代ちゃんは? 霊代ちゃんにも報告したいんだけど……」

 「なんか用事があるとか言って出かけて行って……あの感じだと帰るのは明日になるんじゃないか……?」

 「そっか……じゃあ流牙君の方から伝えといて」

 「了解です、はいちょうど出来ました珈琲1杯!」


 流牙は珈琲をカウンターテーブルに置いた



——

 「ふ〜……本当成功してよかったぁ〜そして今日は家探し、大丈夫だよな? 時間間違えてないよな?」


 政則はソワソワとしながら腕時計を見たり白い壁に囲まれた部屋を見渡す


 「一軒家も憧れるけどやっぱりマンションが便利だよなぁ……でも一軒家で夜奈さんと生活……ん〜……! そこはもう相談して決めるよっと」


 政則は言ってベッドに転がる


 「8年くらい住んだこのアパートともお別れかー……給料が厳しかったわけではなかったけどなんやかんやで引っ越さなかったなぁ……そのおかげで夜奈さんと知り合えたんだよな」


 政則は寝転がったままスマホを開き夜奈の写真を眺める


 「窓全開で水やりしてたらペットボトル落として外にいた夜奈さんにかかって……風呂貸してそこから……そろそろ行くか」


 政則は立ち上がり黒いジャケットを着て少し大きめのカバンを持って歩き出した



——

 「次は……そうだ野崎さんとこだ、あの人蜘蛛を頭とか肩に乗せて出てくるから嫌なんだよなぁ……」


 トラックを運転する男は不機嫌に言った


 「分かる、あの子蜘蛛が苦手な相手にも乗せようとしたりするからね」

 「うわー、やだなぁ……ってうぉぁぁぁあ!?」


 いつのまにかトラックの助手席には青い怪人が座っていた


 「なっ……なんなんだお前!? いきなり……つ通報すっ……」

 「ごめんなさい」

 「ゅっ……」


 青い怪人が男の首に人差し指を当てると男の命は停止しトラックはアクセルを踏まれたまま制御不能となる


 「っ……!?」


 トラックは横断歩道を歩いていた夜奈と衝突した



——

 「ふ〜電車が遅延してギリギリになったけどまだ夜奈さんは来てない、大丈……なんか騒がしいな」


 公園に着いた政則は自分が入った入口とは逆方向の出口に人が集まっているのに気が付く


 「なんだなんっ……」


 政則が背伸びをして人混みの上からその先を除くとそこには


 「よ……さ……」


 足や腕があらぬ方向に曲がり頭から血を流した夜奈の姿があった



——現在


 「でも奇跡的に死ななかったんだよ、お医者さん方には本当に感謝しなきゃね」

 「そうかなら……」


 顔を明るくした鷹弐に政則は首を振る


 「死ななかっただけ、ずっと寝たきりでもう起きないかもしれない」

 「……そういえば命は脆いって話からだったな……」

 「悪いねこんな話しちゃって、珈琲でも飲むかい?」

 「あぁ……」


 鷹弐はカウンター席に腰掛ける


 「なぁ珈琲って……」

 「ごめん電話」


 政則はスマホに表示された応答ボタンを押す


 「はい鈴……はっ……い……? っ……すぐ行きます!」


 スマホ越しの言葉に政則は喉や手を振るわせて走り出す


 「どうしたんだ!?」

 「っ……夜奈が……夜奈が目を覚ました!」

 

 政則は振り返り、今まで誰にも聞かせた事のないような必死な声で叫ぶ


 「だから今すぐ……」

 「連れてってやるよ」


 鷹弐は政則の横を通ってターンから出る


 「連れてくって……どうやっ……」

 「アーマード」


 鷹弐はホークリスと一体化してアーマードホークリスとなる


 「俺の鎧には翼がある」



——

 「っ……夜奈さっ……夢か」


 トラックの荷台に乗った流牙は大きな病院の前で目を覚ます


 「とりあえず降りるか」


 流牙は荷台から飛び降り歩道を歩く


 「あの赤い髪のっ……」

 「ガマリィァァァア!」


 歩く流牙の背後に巨大なカマキリの幼虫が現れる


 

——

 「おめでたい、なぁ……」


 赤い鎧は病院の屋上で空を見つめる


 「良かった……ほんとに良かった……!」


 政則は夜奈の手を握り締め頬に涙を伝わせる


 「もー泣きすぎだって……でも1年、1年かぁ……よく待ってくれたね」

 「俺が死ぬまで待つって決めてたからさ」

 「ありがとね……」


 夜奈は政則の手を強く握り返す


 「あぁそうそうあれ以来ターンの常連客になってさ」

 「本当? 霊代ちゃんと流牙君は元気にしてた?」

 「霊代ちゃんは元気過ぎるくらいだし流牙くんも楽しそうだね」

 「そうだね霊代ちゃんは……もうちょっと落ち着いた方が良さそうだよねぇ」

 「それはそうかもね」


 2人はそんな事を話して笑う


 「2人はそのままかー……お客さんは増えた?」

 「全く増えてないね」

 「1年経っても案外何も変わってないんだね……あっでも!」


 夜奈は満面の笑みを見せ


 「私と政則さんで2人じゃない?」

 「あぁ……そうっ……」

 「きいやぁぁあぁぃぁあぁあ!?」

 「なんだ!?」


 突然館内中に悲鳴が鳴り響く



——

 「シャクァァァ!」

 「ガリィ!」


 地面から飛び出したシャークルスがカマキリの幼虫の首を噛みちぎる


 「危なかったな……ありがとなシャーッ……」

 「ぎぁやぁぁぁいあ!?」

 「っ……まずい!」


 病院の中からの悲鳴を聞いた流牙は走り出す


 「まじかよっ……!」


 無数のカマキリの幼虫が病院の中で医者患者看護師清掃員構わず全ての人を襲い中には捕食し出す個体もいた


 「アーマード!」


 流牙はシャークルスと一体化してアーマードシャークルスとなりカマキリの幼虫達に襲いかかって頭部を握り、砕く


 「こいつらどんだけいるん……てかこの病院って……夜奈さん!」


 流牙は2回への非常階段へ向かって幼虫達を殺しながら走る


 「「「ガルァァァ!」」」

 「シャークファング!」


 青い鎧は2つの刃を生み出し非常階段を埋め尽くす幼虫を全て砕く


 「あった……!」


 青い鎧は夜奈の病室の前に立つ



——

 「なんだ……!?」


 その悲鳴を聞いた赤い鎧は翼を開いて屋上から飛び降りる


 「っ……!」

 

 窓の先の館内では大量の巨大なカマキリ……の幼虫が床や壁を破壊し人々を襲っていた


 「政則……!」


 赤い鎧は壁を破壊して館内を走り夜奈の病室へ走る


 「「カリァァァァ!」」

 「虫は鳥類の餌だって事忘れるなよ! ウィングリムーブ!」


 赤い鎧は8つの翼を分離させ暴れ狂わせ大量のカマキリの幼虫の首を切り飛ばし、夜奈と政則のいる病室の前に辿り着くとそこには……


 「シャークルス……!」

 「ホークリスっ……悪いがお前に構ってる暇はない!」

 「待ちやがれ!」


 青い鎧と赤い鎧はほぼ同時に病室に入る……


 「夜奈さん!?」

 「夜奈さんから離れっ……」

 「ガリガァァァァア!」

 「ずかぁぁあ!?」

 「政則さん!」


 赤い鎧が扉を開くとその先では巨大なカマキリの成虫が夜奈を壁まで追い詰め左の1番後ろの足で政則の左腕を床ごと貫いていた


 「ぶっ砕っ……」

 「貴様絶対に殲滅っ……!」

 「させねーよ」

 「るがぁ!?」

 「なっ……!?」


 青い鎧と赤い鎧がカマキリに飛びかかろうとすると2人体は突然地面に押さえつけられる


 「黒のっ……」

 「ホークリス……!?」

 「よぉ鷹弐ィ……!」


 2人の鎧を押さえつけたのは黒いアーマードホークリスだった


 「誰だか知らないが離せ! 俺はっ……」

 「離さねーよ、お前らは黙って見てろ」

 「ゼッ……ァァァァッ……がぁぁ!」

 「黙ってろってんだろ」


 青い鎧は左脚を勢い良く曲げて黒い鷹の鎧の背中に蹴りを入れるが黒い鷹の鎧の背中の一瞬の揺れにその足は吹き飛ばされる


 「夜奈……! やめろ……やめろやめろ殺すなら俺を殺せ夜奈はもう1度死ぬような経験をしたんだもういいじゃないか!」


 政則は自分の腕を突き刺すカマキリの足を叩きながら叫ぶ


 「頼むやめっ」

 「ガリァアァア……!」

 「政則さっ……」

 「っ……」

 「やめらぁぁぁぁぃぁぃぁあ!」

 「ゼァラガァァァィァァィア!」


 その瞬間

 夜奈は救いを求め

 政則は絶望し

 鷹弐は叫び

 流牙はもがいた



 カマキリは夜奈の頭を食べた



 「ガママルィァア!」


 カマキリは夜奈の身体にまとわりつき、一体化する

 その姿はカマキリの怪人、カマキリスレッド


 「ガリィ!」


 カマキリの怪人は壁を破壊して羽を羽ばたかせて飛び去っていく


 「夜……さ……?」


 政則はその場から動かずただ破壊された壁の先を見つめる


 「夜奈さん……っ政則さっ……!」

 「……」


 青い鎧と赤い鎧はそんな政則を見つめることしか出来なかった


 「さーてと、それじゃあ……」

 「グレァァァァがぁぁぁ!?」


 赤い鎧は黒い鷹の鎧の腕の力が弱まった瞬間に飛び上がって殴り掛かるが右手で軽くはたかれ吹き飛ばされる


 「戦うのは大好きだからいいけど、それよりその惨めな雑魚を連れて逃げた方がいいんじゃないかなぁ?」

 「ゼァァっ……グれっ……」

 「逃げるぞ!」

 「やめろ離せお前も殺してやる離せ離せ離せァァァァァ!」


 青い鎧は今にも飛び出しそうな拳を抑え暴れ狂う赤い鎧と死体のように動かなくなった政則を担いで破壊された壁から逃げ出す


 「いい判断、あいつならそう言うだろうな」


 黒い鷹の鎧はそう言って空中に黒い歪みを生み出し中へと姿を消した

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