第6話 ケモミミの好物
「もう神社に近寄るな」
次の日、いつもの通り朝早めに教室に入ると、いつも机に突っ伏して寝ているはずの溝口が起きていた。
窓を見ていた奴は俺が不思議そうに机に着席すると、こちらを一瞥し、このように言ったのだった。
そして溝口はまた寝た。
そこまでいやなのか、どうやら俺は思った以上に嫌われたのかもしれない。
そんなに悪いことをした気はないが、まあ、盗み聞きをした情報を元に奴の家まで行ったということは、確かに失礼だったというか、見方によってはストーカーまがいに見えるかもしれない。というか、あの家が溝口の家で合っていたのだろうか? そこまでちゃんとは会話を聞いてなかった。
なんにしてもなにか機嫌を直してくれるものは必要だ。溝口に避けられることにより、今後あのケモミミの観察をできる機会が少なくなるのは惜しい。
機嫌を直す方法……やはり、一番に上がるものは好物だろう。
溝口の好きな好物、とりあえず一番簡単な食べ物で考えてみる。
とある日の昼休み、隣で溝口と金城が昼食を食べていたときのことだ(なんかまた盗み聞きのような気がするが今はしょうがない)。
「タカちゃんてお昼は野菜と果物しか食べないの?」
「まあな、一応ナンデモ食べられる体らしいけど、好きなのはこれ」
「ふーん? でも、それで栄養足りてる?」
「大丈夫な体らしい。果物は食べ過ぎたらデブるけどな」
「なるほど? でもこれでタカちゃんの肌がみずみずしい理由がわかった気がするよ。私も明日からそうしようかなあ」
「やめとけ、体ぶっ壊すぞ。バランス良くが一番だっつの」
「私はダメなの!? なんか納得いかないなー」
そんな会話をしつつ、溝口は耳をパタパタとさせながら一口大に切られた果物を口に運んでいた。あの耳の感じは本当に好きなんだろう。
――ということならば、早速モノを用意して放課後を待つ。
「桜、今日は放課後付き合えるよな?」
「いいよタカちゃん、どこに行こっか?」
「ボルダリング行くぞ! てっぺんをつかんでみてえ」
「体動かすの好きだよね~」
今しかない。
「溝口」
「……なんだよ?」
ゆっくりとこちらを振り向いた溝口、明らかに不満げで耳も横を向けて「お前の話聞きたくねー」感を出していた。空気が重い。
「どうしたの、長内くん?」
きょとんとした顔でこちらを向いていた金城が会話の先を促してくれた。正直助かる。
「その、色々悪かった。これで許してくれ」
そう言って差し出したのはマンゴーのドライフルーツだった。果物が好きならと昼に近くの個人商店で買ったものだった。割と高くて焦ったが(店主は800円でも激安と言っていたが)安物で逆に機嫌を損ねられたら意味がない。
「……」
「わあなにこれおいしそー。どこで買ってきたの?」
「いや、実はこれ家で余ってるモノなんだ。家ではあまり食べないからいつも余る。だから誰か食べてくれればいいと思って」
「ふーん」
溝口は腕を突き出して提示したドライフルーツの袋に顔を近づけ、睨むように見つめていた。
「毒とか入ってねえよな?」
「入れるわけないだろ」
「……詫びなら自分の金で買えよな」
そう言って袋をつまむと俺から取り上げた。
「じゃあ行くか、桜」
「う、うん……長内くん、またね?」
「ああ」
教室を出て行く二人。だが、とりあえず作戦は成功したようだ。
……溝口の耳は、バタバタ動いていた。
「いいなータカちゃん。私にもちょうだい!」
「やだね、これはあたしのだ」
「えー、それ外国の凄い良いやつだよ? お札何枚か飛んでくよ? ていうか普通の人は手に入らないセレブ用スイーツだよ?」
「……マジで? ちょっと食べてみるわ……うわうっま! なにこれうっま! とんでもねえわこれ初めて食った。こんなもん世の中にあるのか……ドライのくせに生のよりうめーじゃねーか」
「うん、そこまでさせるなんて長内くんはなにしたの?」
「……べっつにー?」
「まさか自分から家に呼んだのにストーカー扱いして警察を呼ばない代わりのお詫びの品とか……」
「ちげーよ!!!! 向こうが勝手に来たんだよ!」
「え!? 来たの!? 家に上がらせたの? 親を紹介したの? 結婚するの?」
「してねーよしねーよ! ……そーだ! 大体桜があいつの前で家の話なんかするからだー!」
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