星屑の舞姫〜最強王女のリベンジは味方次第です〜

月刊ぴあの

入学


 緩やかな日差しが、歩道と歩道脇にずらりと並んだ高木から落ちる、淡黄色の花びらを照らしている。歩道には手のひらほどの四角い石がくまなく敷き詰められ、そこを子供たちが列をなして歩いている。


 皆、黒地に青や黄の刺繍が施されたローブに身を包み、歩みを進めるたびにローブの合間から見える濃紺色の服はパッと見ただけで仕立て下ろしたばかりだとわかる。手には紐で括った書物の束を持っている。


 ある子供は何かをブツブツと唱えながら、ある子供はさっそく書物を読みふけりながら、またある子供は足元の四角い石を真新しいローファーでリズム良く鳴らしながら、その石の先にある重厚で歴史を感じさせるレンガ作りの校舎に向かっている。

 

 ほどなくすると書物を読んでいたボブ風の金色の髪に、宝石の様な赤い瞳の女の子が、隣を一瞥して書物を閉じ、ため息をついた。


「ケミ、スキップをやめなさい。もう少しおしとやかにできないの?」


 角が丸くなった四角い石とローファーの擦れ合う音がピタリと止んで、まだ幼い少女が金色の髪の女の子の方を振り向く。


「あら、リズ姉様こんなに素敵な日はそうそうないわ」


 ケミは嬉しそうに言う。

 

 しっかりとした目に、高く上品な鼻筋、金色の髪の女の子と同じ宝石の様な赤い瞳で、肩まで伸びた薄い銀色の髪はまだ寒さがのこる風を受けて揺らめいている。


「兄様たちも他の姉様たちも入学出来なかったこの学舎にリズ姉様と一緒に入学出来るんですもの。足も勝手に動いてしまいますわ!」


 ケミはクシャッと屈託のない笑顔を見せて、リズの顔を覗き込む。


 半円形の目の下にぷっくらとした涙袋があり、さほど高くない鼻筋をしているリズはケミの五歳上の姉だ。


「ケミいいこと。私たちはどこにいても王女として恥ずかしくないような立ち振る舞いをしなければいけないのよ。仕方ないわね。校舎に入るまでよ」


「はーい」


 ケミはクルッと踵を返してスキップを織り交ぜ、ダンスをするかのように、またリズの横を歩き出す。


 四角い石と真新しいローファーが擦れ合ってカッカッカッと、リズムを奏でている。


 その様子を見ていたリズはまた書物を開く。


 表紙には『図解パラディンの基礎応用編』と書かれている。


 リズは書物を読みながら危なっかしいケミに、チラチラと目配りして気にかけていると、ケミが細身の長身にウェーブがかった茶色の髪の男の子にぶつかった。

 

 ――ほらやっぱりこうなった。


 ケミが弾みで転び、尻もちをついた。


「痛っ」


「何してるの、全くもう! 申し訳ございません。お怪我はありませんか?」


 リズはお尻のあたりを押さえているケミを起こしながら男の子に謝罪した。


「僕は大丈夫だよ。こちらこそ申し訳ない。その子は大丈夫なのか?」


 男の子は心配そうにケミを見つめる。


「私は大丈夫です。申し訳ございません。あの……」


「ああ……」


 男の子が書物の束を持ち替えて手を差し伸べる。


「僕はソル=キッカだ。ウィザード志望でね。詠唱の練習をしていたから周りが見えずにぶつかってしまった。よろしく頼む。えっと……」


「ケミ=ローズウェルです。よろしくお願いいたします」


 ケミはお尻を押さえていた手をローブでパッパッと払い、ソルの手を取り握手をしながら答え、リズが続く。


「リズ=ローズウェルです。よろしくお願いいたします。あの、もしかしてシュガルト国の王太子ソル様であらせられますか?」


「いかにも。なるほど、君たちが噂の御仁たちだね」


 ソルが目を輝かせながら、何かいい物を見つけたような表情でこちらを見る。


「噂……ですか」


 リズが首を傾げる。


「うん、創立九百八十年を誇る国家守衛養成学校で史上最年少入学を果たした天才。ティアナ連合国第四王女ケミ=ローズウェルに、屈強な大男が襲いかかってもものともしない秀才。ティアナ連合国第三王女リズ=ローズウェル」


 ――え、屈強な大男をものともしないってどういう事よ。


 リズは訝しんだ。


「あの……私なんだかその噂いやです」


 リズは眉間に皺を寄せて苦い顔をしかけたが、ソルがいる手前慌てて笑顔を取り繕った。


 ソルは声を出して笑う。決して美男子ではないが愛嬌のある顔だ。


「いやいや、失礼した。ただでさえなり手が少ないパラディンを志望するでしかもこの国のが、この国守校に入学するんだからそういう噂も広まるよ。第三王女は大女で力自慢だ。という噂が流れてるけどね」


 ソルは細っそりとした体つきのリズを見ながら言った。


 ケミは両手で顔を覆い、笑いを堪えるのに必死だ。幼い体が小刻みに震えている。


 リズは笑顔を絶やさぬよう必死に口角を上げているが口元はピクピクとひきつっている。


「まあ、仕方ないよ。パラディンは大柄の男が多いからね」


 また笑そうになるのをソルは耐えながら言った。


「国家四大職種のウォーリア、パラディン、ウィザード、アサシンの中で、なぜパラディンだけ大柄の男性ってイメージなんでしょうね」


 リズは煩わしそうだ。


「パラディンは最前線で味方の盾となって守り、怪我を癒す職種だからね。大柄の男が他の職種と比べて多いのは事実だし――」


「そうですけど……」


 リズは納得がいかないというような顔をしている。


「リズ姉様、言わせておけばいいじゃないですか。第三王女リズ=ローズウェルはパラディンにもかかわらず実は細くて魅力的な女性だった。っていうほうが、噂なんか当てにならないって思っていただく事が出来ます。リズ姉様がパラディンのイメージを変えていったらいいだけです!」


 ケミはまだお尻が痛むのかそのあたりをさすりながら言った。


「たしかにそうね……」


 リズは頷いた。――まだ6歳なのにしっかりしてるな。ケミは。


「僕もこれからは噂なんて信じないようにするよ。特にに関してのね」


 ソルはまた『図解パラディンの基礎応用編』に目をやるリズに言った。


「そうしていただけると助かりますっ!」


書物から目を離し、リズがぴしゃりと言う。


「まあ、リズ姉様ったら」


ケミがそう呟くと、三人は顔を見合わせて笑った。


 校舎の校門が見えてきた。


 桜色でぬくもりが感じられる大人の背丈ほどの縦長の石に取りつけられた銘板には、黒地に金色の文字で『ティアナ連合国国家守衛養成学校』と書かれている。


 校門を抜けると、この季節らしい鮮やかな花々が歩道脇から新入生を出迎えている。


 歩道を遮るように噴水が鎮座し、噴射口には淡い緑がかった灰色の石で彫刻された小柄な鳥、アマヤ鳥――雨季を告げる水鳥――の像が置かれ、口元から水が吹き出している。


 噴水を横目に通り過ぎるといよいよ校舎がお目見えした。


 古い赤茶色のレンガがびっしりと積み上げられた校舎は、陽の光を受けて複雑なオレンジ色を反射して荘厳な雰囲気だ。


 校舎中央の巨大な観音開きの扉から生徒がつぎつぎと入っていく。


 校舎に入ると、入り口の広間は民家がまるまる一軒入るような広さで、吹き抜けになっている。


 床一面には赤いカーペットが轢かれていて、大理石で作られた螺旋階段が正面にある。


 壁には無数の松明が並んでいるが、火は焚かれていない。そのかわりに松明の先にリンゴくらいの大きさの半透明な石が置かれ、淡い光を放ち広間を照らしている。


 広間の天井には石細工が施されてあり、とても重厚な雰囲気だ。


 王宮住まいの三人にとっては珍しい作りではないが、平民からの入学者や、階級の低い貴族からの入学者にとってはその重厚さに圧倒されるのだろう。


 何人かの生徒はあたりをキョロキョロと伺いながら歩いている。


 螺旋階段の手前では黒地に金の刺繍が施されたローブを着ている小柄な女性が案内をしている。


「新入生の方々はこちらからお回りください」


 螺旋階段横の長い廊下を腕でしめして生徒を促している。


 廊下を進むとオークの木の観音開きの扉があり、扉を塞ぐように先ほどの女性と同じローブを着た大柄の男が、くしゃくしゃの髪をさらにくしゃっと掻きながら立っていた。


「揃ったか? これで全員だな?」


「アルバート先生、全員揃いました」


 先ほど案内をしていた女性が大柄の男に言った。


「ありがとう。ミランダ先生」


 どうも黒地に金の刺繍が施されたローブは先生方の衣装のようだ。


「新入生諸君、入学おめでとう。これからこの先の大広間で入学式を行う。最初に式の説明をしておく。と言っても簡単だ。お前たちがする事は一つ。大広間に椅子を用意してある。扉が開いて呼ばれたら左前から座っていくように。以上だ」

 

「先生、それだけですか?」


 生徒から声が上がった。


「そうだ。それと式典中に魔法を使うのは禁止だ。例外は除くが」


「さあ、行くぞ」


 アルバート先生はそう言うと扉に手をかざした。

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