お師匠様、キスマークつけてもいいですか?


 狂ったように動画を見ている最中、関連で偶然出てきたのだ。


 キスマークの付け方講座。


(前に小説に必要で調べたことはあったけど、動画では見たことないな)


 ルーチェが動画を眺めた。そこには、キスマークは内出血が起きてる状態のことだから、やりすぎ注意ということ、しかし、これにより独占欲が満たされるということを知った。


 というわけでルーチェは想像してみた。我が愛しの年上の恋人、ミランダ様にキスマークがついていたらどう思うか。それも、自分がつけたキスマーク。髪の毛を退けたら、うなじあたりにチラリと見えてしまう。そして、向けられる睨み目。


「人に見られたらどうするのさ。この……馬鹿弟子」


(っ!!!!!!)


 キューピットの矢が心臓に射抜かれ、ルーチェはその場に倒れ込んだ。それを見ていたセーレムが眉をひそめさせ、そろそろと近付いた。


「ルーチェ? どうしたんだ? お腹空いたの?」

(つけたい……!)


 ルーチェが立ち上がった。


(ミランダ様にキスマーク、お付けしたい!!)

「おう、どうした。急に明日の方向を向いたりして」

(アンジェちゃんが言ってた! 頭ばかり使わず、体を動かせと! 行動第一!)

「ルーチェ、走ったら転ぶぞー」


 ルーチェがミランダのいる研究室の前で滑って転んだ。しかしルーチェのやる気はみなぎっている。すぐさま立ち上がり、ドアをノックした。


「ミランダ様!!」

「返事をする前に開けるなって何回言ったらわかるんだい。お前は」

「それどころではありません! 事は一刻を争います!」

「なんだい。戦争でも始まったかい」

「はい! 恋の戦争が始まりました!」

「お前はさっきから何言ってるんだい」


 ミランダが下を指差した。


「お座り」

「わん!」


 ルーチェが膝を地面にこすらせ、ミランダの膝に顎を乗せた。ミランダがルーチェの頭をなでると、みなぎってきた衝動性が収まってくる。冷静な頭で冷静に説明しよう。さん、はい。


 実はミランダ様、先ほどあたし、とんでもない動画を見ました。

「それは魔法に関係あることだろうね?」

 正直言って、全く魔法に関係ありません。

「ルーチェ、私は魔法の研究で忙しいんだよ。遊ぶならセーレムを散歩に連れていきな」

 いえ、そうではなく……、あの、……恋人としてお話をしてもよろしいですか?

「……なんだい?」

 き、い、あの、き、……キスマークの動画を見まして。

「キスマーク」

 つけ方講座。


 ミランダがスマートフォンを取り出し、動画投稿サイトにてキスマークのつけ方講座と検索すると、引っかかった。


「これかい?」

 はい。

「これがどうしたんだい?」

 ……ミランダ様に……つけたいです……。

「……ルーチェ」

 み、見えないところにしますから……。

「見えないところって?」

 えーと……。


 ルーチェが露出の多いミランダのドレスを見つめた。胸元は見える。首も見える。腕も魔法を使うときに見える。えーと。だとしたら……。


「……太もも、とか……」

「……お前、意外とすけべだね」

「すっ、ち、違います! ミランダ様限定で、です!」

「ところでお前、つけれるのかい?」

「それがですね、腕で試してみました!」


 ルーチェが自信満々に虫刺されのような痕を残した腕をミランダに見せた。


「やってみてもいいですか?」

「……ふん。やれるもんならやってみな」


 くすっと妖艶に笑い、ミランダがドレスを退けた。美しい足が表に現れ、ルーチェの体に鳥肌が立つ。


(み、ミランダ様の……足……!)


 そっと触れ、肉の柔らかさを感じ、唇を近づける。脛にキスをし、膝にキスをし、太ももに触れ、唇を押し付ける。そして、動画で見た通り、自分の腕にやったように愛しい人の肉に食らいつき、吸ってみる。すると肉が口の中で吸引され、離すと、その部分が赤くなっていた。


 自分が愛しい人につけた痕跡。


「……ふへへ……」


 思わずにやけてしまうと、ミランダの手がルーチェの頭をなでた。


「満足かい?」

「はい。えへへ。ありがとうございます。大好きです。ミランダ様」

「そうかい。じゃあ……首出しな」

「……はい?」

「首」

「……首、ですか?」

「こういうのはお互いにやるんだよ。いいから出しな」

「……え? それって……」


 ルーチェが確認する。


「キスマークを、つけていただけるんですか?」

「私だけなんて不公平じゃないのさ。お前にも内出血してもらうよ」

「へっ、そっ、そんな!!」


 ――ミランダ様に、キスマークをつけていただけるなんて!!


「なんて贅沢な!!」


 ルーチェが早々に首を差し出した。


「どうぞ。がぶっと行ってください」

「いや、がぶっとは行かないよ。吸血鬼じゃないからね」

「ああ、お優しい! そんなところも好きです!!」

「うるさい奴だね」


 そっと白い手がルーチェの肩を掴み、赤い唇が近づき、そっとルーチェの首にあてられた。


(あっ、くっついた)


 キスされる。


(なんか、緊張してきた……)


 抱きしめられる。


(胸がドキドキする)


 じゅっ、と吸われる感覚。


「あっ……」


 思わず声が出てしまって、ルーチェが慌てて口を押さえた。ミランダが横目でその様子を見て――薄く笑い――また別のところに唇を当てた。


(わっ、ミランダ様からのキス!)


 ちゅう。


「……んっ……」


 ミランダの手がルーチェの腰に伸びた。


「あ、あの……ミランダ……様……?」


 ちゅう。


「あ、あの、あの……」

「がぶっと行っていいんだろう?」

「いや、あの、これは、がぶって言うより……」

「言うより?」

「……ちゅーって……吸われてる……感覚です……」

「……」

「……吸血鬼みたい……むふふ……」

「……」

「……? ミランダ様……?」


 首から唇が離れたと思えば、


(あ……)


 唇が重なり合う。


(……ミランダ様……)


 華奢な体に抱き着く。


(ミランダ様……♡)


 ――唇が離れた。

 ルーチェがミランダを見つめる。ミランダがルーチェの胸を押した。いつの間にか研究室に置いてあるソファーの前に移動していたようだ。腰が抜けるように下に下ろし、その上にミランダが被さってきた。


「み、ミランダ様」

「ルーチェ、こういう時は黙るんだよ」

「や、あの、でも……魔法の研究……」

「あとでやるからいいよ。今は……」


 魅惑の黒い瞳が視界に入ると、どうしても心臓が飛び跳ねてしまう。


「恋人の時間と行こうじゃないかい」

「……はい。……ミランダ様……」


 言い終わると共に二人の唇が重なり、影がソファーに沈んだ。













 翌日、セーレムがルーチェを下からじっと見つめた。ルーチェは髪の毛を一つにまとめ、掃除をしている。


(よし、この調子で二階に掃除の魔法をかけて……)

「なあ、ルーチェ」

「ん? どうしたの? セーレム」

「なんかさ、うなじに虫刺されの痕すげーついてるけど、大丈夫?」

「えっ!?」


 セーレムは眉をひそめた。なんでこいつ顔赤くしてるんだ?


「ま、ま、枕……洗濯した方がいいかもねー! あはははー!」

(……え? 何その照れたような笑い方……。虫に刺されて照れるなんて……やっぱりルーチェは変わってるなぁ……)

(……ミランダ様、ここにもつけたんだ……)


 ああ、そういえばうなじにすごくキスしてたな。


(どうしよう……。あたしの体が、ミランダ様で染まっていく。ぽっ♡)

「ルーチェ、喉が渇いたよ。紅茶出しとくれ」

「あ、はい! ミランダ様♡!」

(……今日も平和だな。ふわああ……)


 セーレムが窓辺に寝そべり昼寝を始める頃、ミランダに近付いたルーチェが、うなじにキスマークを残した仕返しにミランダの頬にキスをし――部屋に引っ張られ、ミランダに倍の仕返しをされるのであった。





 お師匠様、キスマークつけてもいいですか? END



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