第2話 Side B

「これも違う」

 ぽいと、背丈と同じほどの石を背後に投げる。洞窟に下りてきて、かれこれ一週間近くになる。食料の洞窟ネズミやヒカリゴケにもそろそろ飽きてきた。いや、本音を言うと初日から飽きている。

「あった?」

「ない。ほんとにあるの?聖石なんて。こんなところに」

「あるもん。ほら、反応してる」

 そういうと、彼女の持つ水晶がほわりと温かな光を放ち、ミントブルーの髪を淡く彩った。

「ね、光る。この辺りのはずなんだけどな……そっちはあった?」

 ねー!と、さらに大きな声で遠くにいる三人目の仲間に声をかけた。広い洞窟内部に声が浸透する。

 岩陰から黒い塊が出てきた。思わずマックロコロンみたいと言うと、失礼なと返事があった。黒くて丸いモンスターで、暗闇を喰らって生きている。可愛いのに。

「ないよ、もう全然ない。ある気がしない」

 そう言って、黒いフードを取ると同じく黒い長い髪がふわりと溢れた。

 三人集まって、誰とはなしにふーとかはーとかため息が漏れる。

 トーマがこの世界を去って、また会える日までと笑顔で別れを告げてからすぐに洞窟に潜った。他の二人も同じ考えだったようで、洞窟の入り口で合流している。

「聖石ってさ、石でしょ。こんな石だらけの場所で見つかるの?」

 一週間、黙っていた疑問が口をついた。

「見つかるわよ! ほら、この水晶の導きで」

 水晶は光っていた。

「それ、ずっと光ってるじゃない。私は石そのものが光を放つと聞いてる」

 黒い髪を煩わしそうに結い直しながら、言った。

「光ってる! と思って拾っても手に取った瞬間にすんって光らなくなるの。さっきの石も、ほら」

 そう言って先ほど投げた石を指さした。

「あれはね、岩っていうの」

 黒い髪をピンと結い上げ、ビシッと言われた。

「でも聖石は大きいって聞いたよ。大きくて光って、それで水晶が反応する」

 言葉にすると、そんな漠然としたものをこの石だらけ、もとい石でできた洞窟でどうやって探せというのか、と馬鹿げた気持ちになる。

「私のお師匠様が言うんだから、絶対ここにあるもん。その石にマジナイをかければ願いが叶うもん」

 お師匠様と呼んでいる水晶をぎゅっと抱きしめている。さて、どうしようと足元のちぎればただの石になる、ほんわりと輝くゴツゴツした地面を踵で小突く。

「ねぇ……」

 ふんと仰け反っていたマックロコロンは、マックロコロンらしく地面に蹲った。

「ねぇ、マジナイってどうやってかけるんだっけ」

「マジナイはね、聖石の全体に印を描き結んで石の力を凝縮するの。石には神と同種の力があるからね。そこで移動呪文を唱えれば、私たちも同じように世界を渡れるはず」

 手のひらの上でマジナイをかけられた光る石が、さらに輝くところを想像する。足元のうっすらと光る地面は、踵でゴリゴリと削ると細かい破片となって力なく散らばっていく。「大きくて光って、水晶に反応する……」

 蹲ったままの黒い髪の少女は、幼い顔つきで大きな瞳に力を込めて私を見上げた。その意味を汲めないまま、彼女の視線が不意に地面に落ちたので、つられて私も邪魔な胸越しに足元を見つめた。

「……聖石の全体……? この洞窟ってどれだけ広いんだっけ……」 

 地面から視線を外せないまま、独り言のように呟やくと、呆然とした黒髪の少女は私の言葉を拾って繋げた。

「……幸い出入り口は一つで閉じられている。もともと地下の空洞に人工的に開けられた穴だから。空洞の広さはおよそ……」

「「リオモテ島一個分」」

 ここが人口約三千人が住む私たちの故郷と同程度の広さの洞窟であり、探していた聖石そのものだった。

「え、なになに、二人ともどうしたの? 聖石がどこにあるかわかった? 見つけたらね、全体にこう模様を描くんだよ、こう……」

「いい、分かってる、言わないで。……ちょっと、あんたはにやけないでよ気持ち悪い」

 笑みが溢れた。やってやろうじゃないの。この洞窟全体にくまなくマジナイをかけてやる。たとえ、何日、何ヶ月かかったとしても。またね?私たちがおとなしくあんたの帰りを待ってるとでも思った?絶対に、そっちの世界に行くからね、トーマ……!

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