人間俺しかいない

荒瀬竜巻

第1話 原理は知らんけど

「『トキメキ☆アニマルスクール』下さい」


「はい、こちらになります!」


背後から愛想のいい店長にありがとうございましたと言われた。こんなマニアックなゲーム買ってる客相手になんて清々しい笑顔なんだ、接客のプロとしてのプライドが、それともどんなゲームか知らないから出る余裕なのか、真意は定かではない。


表紙を見るだけで可愛い女の子やイケメンがいるそれはわかる人ならすぐに恋愛シミュレーションだとわかるだろう。この手のゲームにしては珍しく男エンドも複数あり、PVだけでわかる豊富な挿絵、シナリオ文字総数は300万文字しかもフルボイス。なかなかボリューミーなだけあって他のゲームよか値段は張ったけど、いい買い物をしたと思っている。1年前に発売されたきり大人気で、その威力たるやギャルゲーをしたことがない俺でも手を出してしまうほどだった。高校は今日から夏休み、早速家帰ってやろう。


「ただいまーって誰もいねえな」


どうやら親は出掛けに行ったらしい、朝イチで散歩に行った甲斐があった。お陰で偶然通り掛かった近所のゲームショップで欲しかったゲームを新品しかも入荷したてでゲットできたし、なによりギャルゲーの入ったゲームショップの青い袋をもってウキウキしながら帰るこの姿を見られずに済んだ。


帰るなりすぐパジャマに着替えて家のスタイルになる。そして愛用のゲーム機にソフトを差し込んで、スマホは事前調査でキャラクターを見させてもらった攻略サイトのページを開き、いざ初めまして恋愛シミュレーションの世界!


『トキメキ☆アニマルスクール!!!』


ロゴと一緒に恐らく攻略キャラ達が一斉に声を出したところで、俺は一瞬、だが確かに目眩を覚えてクラッとした。


……


…………


………………


「元久、起きなさい!」


……あれ? 今さっき誰かに起こされた? おかしいなやけに身体が重い、まるで休み明け初日の学校に行く時のように心も身体も重い。あのギャルゲーしてて疲れ溜まって気がついたら眠ってたとか? ありえるな、でも肝心のゲーム内容が思い出せない。


「お友達待たせたらダメでしょ! 朝ご飯もできてるわよ!」


お友達? 俺には遊ぶ時律儀に迎えに来てくれるような友達はいないんだけど、と言うより遊ぶ約束もしてたっけ。このままだと叩き起こされそうだからしばしば起き上がった。リビングに行くまで廊下やトイレなどを経由したが、その時に感じた多少の違和感は全部眠気によって葬られた、それでもまあ、なんか夏の朝にしては涼しいなとは思った。


おはようと言うのはやっぱりお母さん。朝食のパンまで準備されていて、終いには早く行かないと遅刻しちゃうわよと。なるほどわかった多分母さんは昨日から夏休みというのを忘れているんだ。あれでも友達が来てるんだよな、そいつも勘違いってのは考えにくい。てことは俺が間違えてる? 今日登校日だったりしたっけ? こうしちゃいられないと手早くパンを食べて制服に手をかける。あれ制服こんなんだっけ、記憶が正しければ学ランだったはずだけど。


「母さん、制服ブレザーだっけ?」


「なに寝ぼけてんの、学ランは中学制服の時でしょ、今日から高校生よ?」


俺はいつから1年若返ったんだ。流石に勘違いとかそんな次元じゃない、うまく言えないけど嫌な予感がすると、気がつけば制服をほっぽり出してカレンダーを凝視していた。何度見ても4月と書いている、スマホはと思い開いてもやっぱり4月8日の日曜日だ。俺は夢でも見ているのか、ほらあるだろ夢だとわかっている夢、俗に言う明晰夢というやつ。それではないかと疑ったが、どれだけ頬や耳たぶを摘んでも目覚める気配がない。


「制服投げちゃダメでしょ!せっかく獣斗第一(じゅうとだいいち)に特待生で入学できたんだから、シャキッとしなさい」


「じゅ、獣斗第一?」


「いいから早く着替えなさい、お友達も待ってるわよ!」


いらだから獣斗第一ってなんだよ。得体の知れない学校に得体の知れない制服を着ていかなければならないというのか。抵抗すら出来ずただせがまれるままブレザーを着て、大事なものが入っているとリュックサックを渡されて、上の空のまま玄関に向かうしかなかった。そういえば友達って誰だろう、こんな時に救いの手になるとは思ってないけど、期待半分で外へと続く玄関を開けた。


「あ、遅かったじゃない、昨日ちゃんと眠れなかったの?」


「早く行こうか、眠たいならおんぶしてやろっか?」


……全てを思い出した。攻略サイトで見たぞこの2人、幼馴染の入間ルカと馬場翔(ばばかける)だ、しかも獣斗第一ってのはトキメキ☆アニマルスクールの舞台となる学校の名前。何で3次元にいるんだ? いいやこの場合、何で俺が2次元にいるんだ?

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