少女譚~異能と呪いの果てに~

於菟

少女譚~異能と呪いの果てに~

 自分が変わったきっかけの日のことは覚えている。あの日私は化け物へと変貌した。 

 どんな異能を身に宿していても人は人のはずだった。

 

 村唯一の異能持ちだった私は大人達からも避けられ頼れる者もいなかった。同年代の友達からは奇異な目で見られ嫌がらせを受ける日々だった。

 私は次第に外の世界が怖くなり家から出なくなった。窓もカーテンも開けずに埃の積もった部屋の中でアルマジロのように塞ぎ込んでいた。

 暗い部屋の中で私は本気で死のうと考えていた、何も食べずにいたら死ねると思った。けれど死ねなかった。異能は私の死すらも許してくれず私は更に絶望した。

 そんな時間を過ごし、いつしか私の身体は一人では立てないほどに衰弱していた。反面、異能は力を増し部屋中に広がっていた。

 その頃、家の外から甲高い嫌な声が聞こえてくることがあった。私は丸くなり耳を塞いでいたが、ある日人間のものとは思えない声らしきものが聞こえ、その後何も聞こえなくなった。

 別の日には家の外から銃声が聞こえたこともあったがすぐに止んだ。それから家の前を誰かが通る音もしなくなった。


 それから長い月日が経ち、私の意識は異能と一つになり深い闇の中に溶けていた。木製の扉をノックする音がして彼女が私を連れ出してくれたのはそんな時だった。

 彼女は敵意に敏感になっていた私の心をすり抜け扉を開いてくれた。彼女は私と目が合うと微笑んで手を差し伸べてくれた。

 彼女の手をとった時から私の異能は影を潜めた。


 私達は二人でたくさん遊んだ。村の遊び場は他の子どもたちが使っていたので、子供だけで出てはいけない村の外へと出て遊んだ。外の世界は雄大で無限に広がっているように思えた。彼女はよく笑い、私はそんな彼女の笑顔が好きだった。次第に私も笑顔になれるようになり、彼女は私の笑顔を褒めてくれた。私が褒め返すと彼女は赤くなり照れているようだった。


 ある日、私は彼女に聞いたことがある。


"どうして私を誘ってくれたの"


 私はずっと人間扱いされなかった私を人間として扱ってくれる彼女がすごく不思議で信用ならなかった。すると彼女は真剣な顔をして


"だって他の子達と遊んでてもつまらなかったもの"


と答えた。彼女は私が塞ぎ込んでいた頃に隣の村からやってきたらしく、私の家に落書きをして笑っている村の子を見て友達にはなれないと思ったらしい。


"それにどんな異能を身に宿していても人は人のはずでしょ?"

"貴女と遊ぶようになってから私も白い目で見られるようになっちゃった"

"責任とってたくさん私と遊んでね"


 笑いながらそう言う彼女に不思議と嫌な気はしなかった。そうして私達は親友になった。


 それから数年が経ち私達は16の年になった。二人で16歳になったら村を出ようと話していたが、どうやら村を出ても他の村に入るには身分を証明するものが必要らしかった。そしてそれは16になり大人の仲間入りをする年に村長がくれるはずだと聞き、普段滅多に立ち入らない村の中心、村長の家に二人で向かった。

 数年間村の人間と顔を合わせていなかったので村の誰もが私に気付かないようで、すんなりと村長の家の扉の前までやってこれた。私はずっと鼓動がうるさく落ち着かない気持ちでいたが、彼女は私達に気付かない村人を見て嬉しそうにしていた。


 村長宅の扉をノックすると知らないおじさんが出てきた。おじさんはびっくりした顔をしていた。どうやら数年の間に村長が変わっていたらしく知らない人になっていたことで私は少し安心した。

 新村長はせっかちに捲し立てる彼女から事情を聞くと、それならと言って奥へ向かって行ったが頭を抱えて帰ってきた。


"それなら試練代わりにお願いを聞いてくれるかな"


 その時、廊下の奥からトラウマを想起するようなこそこそ話が聞こえ私は嫌な気分になり村長の話は耳に入ってこなかった。

 そうして彼女の隣でぼーっとしていると、話が終わったらしく腕を引っ張って外に連れていかれた。私は連れ去られ際に新村長に会釈をすると村長は笑って手を振ってくれた。


 二人で家に帰り私が話を聞いていなかったことを知ると彼女は嬉しそうに村長のお願いのことを教えてくれた。

 どうやら村長は以前村の外に出かけた際に落とし物をしたようで、それをとってきてほしいという内容だった。これから村の外に出られるようになるしちょうどいいとのことだったが私達は子供の頃から村の外で遊んでいたので既に達成した気になって村を出られることを喜んでいた。

 そして村長から貰った「物を落とした辺りが書かれた地図」を手に私達は村を出た。

 しかし地図の場所に着き数十分探したがそれらしいものは見つからなかった。けれど私達は諦めず探し続けた。そうしていると次第に辺りが暗くなっていった。私は一度村に帰ろうと言ったが、彼女はもうあんな村に帰らず今日中に探しちゃおうと言い、私も特に異論はなかったのでそのまま二人で探し続けた。

 そして辺りが完全に闇に落ち、二人の声だけが響く空間になった頃、聞きなれない音がどこかから聞こえてきた。

 それは恐ろしい動物の気配を漂わせ、私は怯えて彼女の名前を呼んだ。

 彼女も震えた声で私の名を呼び、私はその声がした方へ近づいていった。


“……!"


“…………!”


 名前を呼ぶたびに返って来る彼女の声は小さくかすれていく。

 私は恐ろしい想像をしてしまい、腰が抜けその場に座り込んでしまった。周囲ではまだ恐ろしい唸り声が聞こえ、正面からは足音が聞こえてきた。きっと彼女だ、彼女は無事で助けに来てくれたんだ。

 耳を塞ぎ下を向いていた私の視界に見慣れた手が差し伸べられた、彼女はいつもこうやって私を誘ってくれた。そうあの日からずっと。

 いつものように手を差し伸べる彼女の手を私はいつものようにとり、そしてその瞬間嫌な予感がし顔を上げた。


"逃げて……"


 まるで最後の力を振り絞るかのようにそう言った彼女は手を握っている私の

方へ倒れてきた。

 倒れてくる彼女を抱きしめようやく見えたその姿は半身が何者かに喰われ欠けていた。その瞬間自分の腕の中で眠る彼女の眼が開くことがもう二度と無いことを悟った。そして私は深い深い絶望に襲われた。

 私はその場にうずくまり大きな声を出して泣いた。涙は出なかったが久しく感じていなかった異能の力の高まりを感じた。それがどこか心地良く、私は異能の力に身を任せただひたすら泣き続けた。

 辺りから聞こえる獣の声が聞こえなくなった頃、彼女の身体は既に冷たくなっていたが私はそれを手放さなかった。ずっとずっと抱きかかえていた。


 長い月日の間そうしていた。彼女の身体はやがて私と共に異能の力に呑み込まれていった。彼女は私の一部になった。そうして私は彼女になった。

 私は私……、彼女は彼女……。彼女は死んだ……。私も死んだ……。あの子が死んだ……?

 あの子が死んだなら…………、この身体は私のもの……?


 長い間眠っていたような気がする、身体が動かない、頭が殴られたように痛い。まだ少し横になっていよう。

 そして少し経つと身体が少し動くようになった。体中に何かがまとわりついている感覚がある。体が重いのは物理的に何かが乗っているかららしい。けれどどこか安心感があり、また眠りに落ちてしまった。


 そして次に意識が覚醒した時、身体を包む異物感は無くなっていた。

目を開け立ち上がるとそこには異常な光景が広がっていた。無数の髪の毛と

獣達の死体が横たわっていた。


"これはあの子……、私の髪"


 異能の力は長く伸びた髪によって行使される……。

 そうか、獣に襲われてうずくまってしまった時、異能は無意識に周りの敵意を刈り取っていたんだ。


 ……あの子の噂を聞いた時、私は村の奴らと同じことを思った。人間らしくない力を持った人間は怖く恐ろしい。けれど私は既に恐ろしいものを拒む理由を失っていた。住む場所を変えても心の傷は治らない。私は嫌がらせを受けるあの子に同情をした。そしてその姿を一目見てやろうと家の扉を叩いた。


 暗い雰囲気の漂う屋敷の扉、屋敷に近づくと殺されるなんて噂もあった。私は自棄になっていたのかもしれない。そうして扉を開いた先にいたあの子に恋をしたんだ。


 あの子は埃まみれの床に座っていた。それを見た私は何を思ったのか手を差し伸べていた。すると彼女は不安そうに手をとってくれた。私は何故か嬉しくなり遊びに誘っていた。


 それからはあの子の記憶通り。どうやらあの子は私が死んだことで再び意識を殺してしまったらしい。生憎私は心が強いようであの子の身体を乗っ取ってしまった。


 生を手に入れあの子の身体と異能を手にしたわけだけど、私にも特にしたいことはなかった。いっそあの子と同じ世界で同じように抱き合って泣いていたかった。けれどあの子は私に身を託して内に隠れてしまった。

 私は元々やりたいことなんてない人間だった。あの子と出会ってやりたいことが増えたけど、全てはあの子がいなければ意味がない。


 私はあの子のために生きたい。あの子が再び意識を取り戻してくれた時のためにより良い世界にしておこう。

 あの子は上手く使いこなせなかったようだが私は異能の力も上手く扱える。そうだ、手始めにあの子に嫌がらせをしていた村の連中、いや村ごと潰してしまおう。


 私は村に向かい、あの日と同じように辺りが闇に包まれた頃に村に着いた。

 私はあの子の家以外の全てを髪で埋め尽くし村を包み呑み込んだ。

 村中から断末魔が聞こえたが私はそんなもの叫ぶ暇もなく死んだのだ、村長があんな試練を出さなければ死ぬことがなかった。私が村に復讐をすることは何もおかしくない。

 村の奴らが悪い。あの子をいじめ、私をも迫害した。

 私は悪くない。あの子のためだ。あの子が幸せになるため。私が幸せになるため。


 意識が混濁し、鈍い痛みが頭に響く。

 やっぱり本当の持ち主じゃない私に異能は扱えなかったのかもしれない。

 薄れゆく意識の最中私はあの子の家に向かった。

 眠るなら家で寝よう。敵のいなくなったあの子の家で。




 ある日突然辺境の地にある村が一つ消えた。

 ある者は賊がやったと言い、ある者は竜が滅ぼしたと言う。

 次第に噂には尾ひれがつきその信ぴょう性は薄れ、いつしか人の記憶から消えていき、別の噂となって甦る。


"滅んだ村の跡地に呪われた家がある"と。


 勇敢な冒険者のいない辺境の地の噂。誰も真実を確かめようとはせず、人が住んでいるのかも分からない家は静寂に在り続ける。

 近づく敵意を刈り取りながら。

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