第2話 お前何見とんねん?このエッチ!

改札口を出て、意気揚々と歩く紳士の後姿を追って、スクランブル交差点を渡った。近くのスタバへ入る。




「甘いもん、好きか?」




曖昧にうなずくと紳士はフラペチーノを注文してくれた。商品が来るまでの間、2人の間に何とも言えない気まずい空気が走る。




「席とっといてくれや。あと、俺トイレ行ってくるわ。」




紳士は右手の奥にある便所の方へ歩いて行った。




窓際の2人用の席を見つけてそこに座った。周りを見渡すと、そこには本当に様々なタイプの人がいた。マックブックを片手で叩きながら電話をしつつ、ときおりキーボードから手を放して飲み物を啜る若手のサラリーマンや、もこもこのフリースを着て首元にベージュのマフラーを捲いた若い女の子。部活帰りのジャージの団体もいれば、口紅のやたら濃い女子高生らしき団体も見受けられた。髪の毛をおしゃれなピンクで染めた女の子がレジを切り盛りしている。




「久しぶりかい、こんなところに来るのは?」




いつの間にかヤツは俺の向かいに座っていた。




「初めて来たんですよ。」




「そうかい。まあ、君はスタバなんて永久に縁のなさそうな顔してるからな。」ヤツはニヤニヤ笑った。




「ほっとけジジイ。」




「まあいいや。とにかく時間がねえ。いきなり本題に入る。いいか、20年後、この世界には男がいなくなる。」




のっけからなんの冗談なのか。俺は言うべきことが何も思いつかず、ただぽかんと口を開けているだけだった。




「続けるぞ。いいか。その前に今から10年後、この世界では大規模な戦争が起こる。想像したくもねえ話だが、これは事実だ。」




「あんた、俺に俳優でもやれって言ってんの?」




「いいか、俺は〇×財閥の家長だ。俺の家系は代々、全国各地で発電所の運用をしている。そこらじゅうにある発電所はほとんど俺のものだ。電力会社は俺に使用料を払って、その発電所でできた電気を使って一般の人向けに商売を行う。俺はそれで食ってきたし、これからもそうしていくつもりだった。だが・・・」




紳士は急に険しい顔つきになり、一段と声のボリュームを落としてこう言った。




「10年後、新たな化石燃料が採掘される。それを巡って、世界中で戦争が起こるんだ。」




俺はもう我慢がならなくなった。これ以上、暇な老人の話なんて聞いちゃいられない。




「そうかい。分かったよ。SF小説のご披露をするなら俺じゃなくて出版社の編集長にでも問い合わせるんだな。金持ちなんだろ?それぐらいできるだろ?」




「まだ分からんのか。分かった、目にモノ見せてやる。」




紳士はポケットから何かを取り出した。それは紫色の石だった。ダイヤモンドのように綺麗に切削されており、スタバのホワイトな照明を反射してきらきら光った。彼はいきなりその石を床にたたきつけた。ぱりん、と音がしてそいつは粉々に割れた。




「あんた、何してん・・・」




次の瞬間、俺は腰が抜けて立てなくなってしまった。




世界が歪んだすりガラスを通して見ているかのように変形していた。俺が今立っているところはスタバじゃなくて、茶色と白色と赤色の混ざった丸い空間だった。周りには金色の蠅みたいなものがぶんぶん飛んでいる。耳にはウオーンみたいな、1000本のペットボトルに一気に空気を吹き込んだような、重苦しく嫌らしい音が鳴り響いていた。とにかく不安だった。その音は何かしら人の精神の奥底にある、不安や失望が膿のように溜まった傷口に直接熱湯をたらすような奇怪な音だった。




「おい、あんた、何してる、やめてくれ・・・」




声が出ない。苦しい。俺は殺されるのか。




























「気がついたか。」




声が聞こえた。辺りは真っ暗だ。俺は目をつむっているらしい。生きているのか?死んでいるのか?




「あ、あ、」




「よかった、気がついたみたいだ」




とりあえず声は出せる。目を開くと、真っ先に見えたのはシャンデリアだった。ここはどこだ?スタバではないな。




「ここは俺の家だ。お前さんが気を失っちまったから連れてきたんだ。まったく大変だったぜ。」




ふかふかの布団。どこからともなく漂ってくる、気持ちの良い香り。たいそう高級な家の中にいることはすぐに分かった。フラペチーノが飲みたかった。




「ここはどこだ?どういうことだ?」




「大丈夫だって。命に別状はない。お前さんにはちょっと、タイム・ストーンの威力を見せてやったんだ。」




信じられないが、さっき俺が見たモノがまるっきりの現実だとすれば、こいつの言ってることがあながち嘘でもないような気がしてきた。あんな世界、あんな感覚、初めてだ。そして、こんなにワクワクしたことも。




「どうだい?これで俺のことを信じてもらえるかな?」




俺はゆっくりと、深くうなずいた。




「立てるか?もうそろそろ大丈夫のはずだ。なにしろお前さんの身体はノーダメージだからな。上出来だ。あんな程度で音をあげるような体じゃ、頼めることも頼めなくなっちまう。さ、立ちな。ついて来な。」




俺はベッドから立ち上がった。清潔感のある広い部屋だった。シャンデリアや、見たことがないくらい大きなロウソクや、暖炉でちろちろ燃えている炎が、紳士の影を大きく映し出した。その影は、笑ってる悪魔みたいだった。




ドアを開けると、そこは長い廊下だった。黄色いビロードが敷かれてあり、壁には一定の間隔をあけてさっき部屋で見たロウソクが灯されていた。西洋舞踏館みたいな屋敷だった。




紳士は廊下の突き当りまでくると、階段を降り始めた。俺もついていく。一歩一歩降りるたびにロウソクの数は少なくなっていき、あたりは暗くなっていった。どれくらい降りただろうか、薄暗い踊り場に着くやいなや、紳士は象牙の手すりにくっついている蛇の彫刻をくるりと一回転させた。




ごごごごごご・・・




壁に大きな穴が開き、中からは白い光が漏れ出でていた。

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