救世主はいつだってダサいもんだ

いなせ小僧

第1話 おいお前。お前やアホ。お前に話しかけとんねん。

タイムマシンに乗っている。最新型の機械のくせに、ずいぶん建付けが悪い。かれこれ2時間程度乗っているが、ずっと揺れ続けている。次元台風っていうんだっけ、そんなのが接近しているようで、今日はワームホールの天候がすこぶる悪いらしく、到着するまでずっとこんな感じらしい。




手の中に握りしめた吐き気止めの白い錠剤。前の世界で博士が渡してくれたものだ。今日は揺れるだろうから、飲んでおきなさい、だって。たしかに、次元風にあおられて車体が大きく揺れるたびにさっき食べた五平餅が喉までこみ上げてくるのを感じる。汗でべたべたになった錠剤を1個ずつ口の中に放り込むと、ウイスキーで流しこむ。苦い味が口の中に広がってゆく。




なぜ、タイムマシンに乗っているのかだって?




決まってるじゃないか。アルバイトだ。




俺はこの通り、彼女もいないし、お金も持ってない35歳の男だ。唇も分厚くて、目も垂れ下がっていて、ニキビ面ときてる。今まではホントに洒落にならないくらいモテなかった。正直、生きていても楽しくない。楽しいはずがないじゃないか。童貞で、仕事も出来なくて、就職にも恵まれず、正直なんで自分が生きているのかも分からない。自殺?考えたさ。でも、ただで死ぬのはもったいない。どうせなら何か犯罪を犯して、金持ちのキラキラした憎たらしい連中に復讐してから死のう、なんてことも考えてた。けど、なんとなく実行する勇気も持てなくて、そんな勇気さえ持てない自分がもっと嫌になって、自己嫌悪が高まるともっと勇気が無くなって、何一つできなくなって、前をむいて歩くことさえ恥ずかしくなってしまった。何もできない、なにも持ってない。ただSNSで死にたいと呟くだけの人間になってしまった。




そんなある日のことだった。渋谷駅で白線の外側に立って、今ここで飛び降りたらどうなるだろうかなんて考えてた。すると、誰かが肩をポンポンを叩いてきた。




こんな俺に話しかけてくる奴なんて、どうせ正義がご趣味ときた高慢ちきな慈善団体の女や、弱ったやつをもっと弱らせて食い物にしようと目を光らせている悪徳ビジネスの連中ぐらいしかいない。俺はそいつの顔も見ずに立ち去ろうとした。




が、そいつは俺の腕を引っ張ってきた。




「なんなんですか、あんた。」俺は言った。




「なんなんですかじゃないよ、あんた、死ぬつもりなんだろ?」




顔を上げて見てみると、今じゃほとんどお目に掛かれないような古風な口髭を生やして、タキシードなんか着込んだ、上品な初老の紳士だった。




「あんたには関係ないでしょ。」さっさと俺は歩き出した。こんな俺に話しかけてくるような奴は、どうせロクなやつじゃない。関わらないに限る。




「たしかに関係ないね。まあ、他を当たってもいいけど、なんとなく君にすごく惹かれたのさ。なんていうんだろう?君の顔というか、目というか、こう、ビビッときてね・・・」




俺はくるっと振り返って、つかつかとその初老の紳士に歩み寄った。




「てめえ、馬鹿にしてんのか?」




紳士は妙にニヤニヤしている。




「いいか、俺は確かに何も持っちゃいねえし、馬鹿にされても仕方のねえ人間だよな。だが、会ったこともねえ奴にいきなり侮辱されて黙ってられるほどやさしくねえ。」




「いや怒ることはないだろ。本心で言ったんだから。」




この野郎、ぶちのめされてえのか。




「てめえ馬鹿にするのもいい加減にしろよ。さもないと・・・」




「だから本心だと言っている。逆に聞くが、なぜ君は褒められたのにも関わらずそんなに怒るんだ?俺は褒めているんだ、男らしいやり方でな。本当にお前のことを馬鹿にしている連中が、こんな不器用でストレートな褒め方をすると思うか?よく考えて見ろ?本心から出る言葉ほど、ストレートなものはないんじゃないかね?」




「・・・」




「君は自分に自信がないんだろ?誰かに馬鹿にされることを恐れてる。でも、本当は誰かに自分のことを認めてほしいんだろ?」




「・・・」




「そんな君に勧誘をしに来たんだ。『神』にならないか、っていう提案をね。」




なんだこいつ。いったい何を言っているんだ?でも面白い。新手の宗教勧誘か?




「あのう、日本はどっちかというと仏教の国ですが・・・。」




「フハハハハ、君、やっぱ面白いな。悪いけど宗教勧誘じゃないよ。おもしろい。やっぱり君にやってほしいね。」




「あのう、僕から盗ろうと思っても、もう何も持ってませんよ。貯金残高は10万もないし。車も家もないし。」




「だから詐欺でもないっての。頼むから信用してくれよ。まあ、こんな世の中だし仕方がないことではあるね。いいからさ、俺の奢りだ、ちょっと今からスタバにでも行かないか?」




俺はちょっと考えた。どうせこのまま家に帰ってもネットでAVを見て寝るだけだ。そもそも、今目の前にいるこいつが詐欺師だったとしても、俺が失うものは何一つない。どうせなら、妙に品の良い初老の詐欺師をおちょくってやるのも悪くあるまい。




俺は頷くと、彼の後について歩き出した。


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