第8話「挫折と呼ぶのか」
気が付いたら好きな事柄、試してみたら興味を持った事柄。
子供の頃の夢。
些細な切っ掛けから始まった自分の1番好きな事。
出来る様になりたい、努力をしたい、好きだから上へ登りたい。
誰かに評価をもらったら嬉しいが、もちろん評価をされなくても努力はしたい。
僕がそう思っていた事柄は、多分、命にくっ付いていて、生きることへの原動力になっていたんじゃ無いかと思う。
僕は将来のことや夢は何かと尋ねられたり、作文にして書けと言われた時に偽りなく書いた。だってそれが夢だったからだ。
学校と親族は特に子供の頃から「将来の夢は何だ」と何度も何度も聞いてくる。
時には紙に書かせるし、人前で発表もさせる。他の兄弟や親戚にも風聴し、身の程を知らないから解らせてやってくれと言う。
僕は随分とこの「夢」を馬鹿にされてきた。
僕の掲げた「夢」は、才能が確かに必要ではあったし、金を容易く稼げるものでは無かった。だが、そこまで突飛なものでも無かった。
しかし親や教師は、わざわざ聞き出してから「現実を解っていない」「才能がないことが解っていない」と語り始めるのだ。
周囲の先人達は「他人に馬鹿にされたくらいで諦める様な夢なのであれば、それはその程度の気持ちしかないのだから、そんな程度の思いを夢だの目標だのと言っていて恥ずかしく無いのか」と助言という名の嘲笑を寄越した。
好きなことに対して、学びたいと懇願した際の罵詈雑言と嘲笑。
たった一度の学ぶことができるチャンスを踏み躙られたこと。
この状態で、辞める以外に、諦める以外に、選択肢が思い付かなかった。その「夢」に関して、趣味の範囲だとしても、何か関わり合いのあることをしていると知られた時点でも笑われる状態なのだ。もう無理だった。
僕の中にずっとあったのは小さな部屋の中に透明で綺麗な丸いガラスの玉が置かれた光景だった。それを見に行くたびに、僕は生きるという力貰っていた。
それが粉々になった。僕はそれをもう見たくなくて、粉々のガラス玉のある部屋に鍵をかけた。2度と行かない、2度と見ない、2度と言わない。鍵は捨ててしまわなければならない。もう2度と近寄らない。もう笑われたくない。
あんなに僕に生きることの力をくれたのに。
僕が守れなかったから壊れたのか、それとも。
誰かの言葉に耐えきれず、僕が自分で壊してしまったのか。
あれは僕の中の僕を作る最も大切な、多分、心と呼ばれるものだったのだと思う。
命にくっ付いていたそれが無くなって、僕にとって生きることが惰性になった。
もう何十年も経ってしまったが、粉々になった僕の「夢」のガラス玉がある部屋の扉の前に、僕は今もまだ行くことが出来ない。
あの日、粉々になった「夢」は、今も「粉々」のままだ。
僕にとってどれだけ大切だったのかを知るのは僕だけだった。
こんな風に、夢を馬鹿にされた人は世界の中にはいくらでもいるのかも知れない。それをバネにして叶えた人だっているのだろう。
けれど、僕は身近に同じ様に「夢」を罵られた人を知らないから、どうして良いのか解らなかった。
これを挫折と呼ぶのだろうか。
それともただの諦めと、幼稚な夢想と呼べば良いのか。
ただ僕は、あの部屋の扉の前にすら、今も行くことが出来ない。
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