完全創作支援AI
きぬもめん
完全無欠の支援AI
冷凍うどんはいい。濡らしてレンチンするだけでいいんだから。
ひんやりと皮膚に張り付く白い麵の塊をビニールから取り出し、慣れた手つきで水道の水にくぐらせる。
後は皿に移してラップして、レンジでチンするだけ。
ワット数とタイマーを袋裏の記述通りに合わせながら、暗闇に向かって言う。
「リドー、締め切り」
「はい。スケジュールに記載された締切日は近いものから『世界を目指せ。SF大賞』が十日後、その次の『冒険恋愛ファンタジーノベルコンテスト』が一か月後です」
電子音の甲高い声が明瞭に告げる事実に頭を抱えたくなった。
「……ああクソっ、時間が足りなすぎる」
今書いてるのだって手が回り切らないのに、なんだってもう一本賞を入れてしまったのか。誰だそんなことした奴。僕か。
ピー、というレンジの音に思考が引き戻される。
半端な皿を使ったせいで、半分でろりとはみ出したやる気のない麺を急いで皿の中に戻した。
味付けは適当でいい。麵つゆと、あと揚げ玉。
「同型栄養素を含む食事を複数回検知しました。必要栄養素の欠如を指摘します」
はふはふと麺をかき込む僕に、またあの電子音が水を差す。
揚げ玉を歯で噛み砕きながらそれに怒鳴りつけた。
「ああもううるさいな! いいだろ。これが好きなんだよ!」
しかし電子音は冷静に返す。
「ネットサイトで欠如した栄養素を含むサプリメントを検索。購入しますか?」
「……いいよもう。適当なの見繕っといて」
「了解しました。配送は明日、午後三時となります」
皿の上の物をすっかり食べ終わってから、シンクに食器を浸す。
僕が怒鳴って、リドーが適応するものを上げる。
ここまでが僕と「完全創作支援AIリドー」の慣れてしまったやり取りだ。
食べたまま椅子に座ろうとした僕にまた電子音が、「室内の明度が低下を確認。現在時間は十二時三十分。カーテンを開けることをお勧めします」と口うるさく言った。
僕は無視してパソコンに向かった。
※※※
クリエイターの自殺率が五十パーセントに達したのは今なら誰でも知っていることだと思う。連日テレビで騒ぎ立てていたのだから。それに対し、クリエイターを支援管理するAIが各種著名クリエイターに配布されたのも記憶に新しい。
どのコメンテーターも司会者も同じ顔をして可哀そう可哀そうと言い続けるワイドショーが昼夜を問わずに放送されていた。
彼らは散々著名な作家や音楽家の名前を上げ連ねた後、「健康には気を付けてほしいですね」で締めくくるのだ。著名人に優先して配布された事実を見ながら言い続ける彼らに、腹立ちまぎれにテレビのコンセントを抜いたからよく覚えている。
そりゃあ有名人なら誰もが気にするだろう。心配するだろう。で、プロにも何にもなれない僕は気を使われる必要すらないってかくそったれ。
そんな怒りを抱えたまま一年が過ぎ、そのAIは誰もが希望すれば手にできるようになった。
そして政府が「AIを保持していない場合の創作活動を厳密に禁ずる」と言い出すのはそれから一年もかからなかった。
※※※
「開けて下さい」
「………」
「開けてください」
「………………」
「保存されたミュージックを再生します。最大音量、タイトル『膝枕でちょっとえ―――」
「開けりゃいいんだろ開けりゃ!」
思いっきりカーテンを全開にしてやれば目に染みるような日光が部屋全体を照らし出した。
ASMRの大音量再生ってどんな羞恥プレイだよ。
完全創作支援AIドリームサポート。通称リドー。
各々のスマホに配布されたこのAIは、創作活動にあれこれと口うるさく言ってくる政府公認のお友達だ。
その機能は多岐に渡るが、基本はクリエイターの健康とメンタルチェックを重点的にサポートしてくる。
つまりは食べてるものが同じだと勝手にカメラから解析して駄目だししてくるし、長時間座ったままなら運動を指導してくる。過集中を妨げる休憩タイマーも完備。
メンタル異常値を検知すれば自動で付近の病院に予約まで取ってくれる。
超絶お節介サポートと言うわけだ。
「適正な日光は自律神経を整えます。十分ほどの運動はいかがでしょうか」
「キャンセルだ。リドー、スリープで待機」
「かしこまりました」
勝手なことばかり言いやがって。こちとら間近の締め切りがあるっていうのに。
打ち出す文字は今日ももつれる。適当な筋書き、キャラクター、台詞。
僕の作り出すどれもが誰かの二番煎じだ。どれもこれもがつまらない。
何行目かの言葉を打ち込んでいた時、スマホに通知音が鳴る。更新している小説サイトからの通知だった。
一向に伸びない閲覧数も、評価の数も、どれもが僕を苛立たせる。
この反応をしてくる奴だって、どうせ自分の作品への反応目当てで僕の小説なんて一行も読んでいないのかもしれない。
考えるだけで気がめいってくる。どいつもこいつも自分自分で、誰も僕のことなんて見ちゃいない。
こんなにユーザーがいる海の中で隔絶されたような気さえしてくる。
それでも通知を気にしてしまうのは、僕が飢えているからだろうか。
何度目かのバナーをスマホ越しに覗き込んだ時だった。
「――――――通知をオフにしました」
「は、え?」
「サイト、各種SNSの通知を全てオフに変更しました」
「な、何やってるんだよお前! 勝手に」
「私はリドー。完全創作支援AIです。活動の邪魔になるものを退けるのは当然かと」
痛いところを突かれた。確かにさっきから僕の話は一行も進んでない。
通知をオフにしたまま完全にロックされたスマホを諦めて、僕はまた書き始める。
相変わらず筆は遅かった。のろのろとタイピングを続ける僕にリドーは言う。
「貴方は、何故書くのですか?」
「は? 小説書いてるからだろ」
「私が聞きたいのは結果ではなく動機です。貴方はどうして書くのですか」
「今日はやけにおしゃべりだな」
しかし、なぜ書くかか。難しいことを言う。
「失礼ながら、貴方は創作を楽しんでいられないように見えたので」
「ははっ、僕が? 創作支援AIが、変なことを言うなよ」
そう言った後、レンズに無言で睨まれた気がして目をそらす。
「そんな、楽しくもないことなんて……」
楽しかった、はずだ。初めて書いたものが褒められて、出来上がったことに、なによりわくわくしていた。
けれどそれはいつの間にかプレビュー数と評価数に置き換わった。
誰がどのくらい見てるかが気になって仕方がない。どのくらい評価されているかが気になって仕方がない。
公開しても一向に増えない反応に焦って、書いたこともない流行りものに手を出した。それっぽい可愛いキャラクターとかっこいい主人公を書いた。
出来上がって愕然としたっけ。だってどれも、どこかで見たことあるような展開ばかりだったから。
書いたのは僕だけど、それは僕の作品じゃなかった。
借りものと張りぼてで組みあがった、僕のふりをした別物になってしまったのだ。
いつも通知と人気を気にした。始めは一喜一憂していた反応だって、それがどんどんマイナスににしかとらえられなくなっていく。
好きで始めたはずだ。楽しくなければこんな苦行誰がやるもんか。
でも。
「―――――………どうなんだろう」
もう正直分からなかった。
誰かの評価に怯えながら書くのは、誰かの評価のために書いた物語たちは。
楽しい、んだろうか。僕は。楽しいと思っているんだろうか。
分からない。
「私から、進言いたします」
ぶーんと冷蔵庫の音しかならなくなった室内で、電子音がまた話す。
「大層な理由なんていりません。人気になりたいなんて上辺の話は一回捨てましょう」
「は⁈」
「貴方は苦しんでいる。それでも書き続けている。それは何故ですか」
「何故って……」
「やめるならいくらでもやめられたのに、それを続けるのは、何故」
何故。何故だろうか。
こんなに苦しいのに、どうして僕は書いているのだろうか。
それを考えた時、一番初めに出てきたのは学校の図書室で読んだ小説たちだった。
目次を読むだけで胸を躍らせるような、そんな本。
「…………書きたいから、とか」
「良く聞こえませんでした。もう一度お願いします」
「ああそうだよ! ただ書きたいからだよ! 書かないと、僕は生きていけないんだ!」
承認欲求を満たしたいとか、売れっ子になって有名になりたい、とか。
そんなのを押しのけて出てきたのは単純な「書きたい」という衝動だった。
あの頃のような、僕をわくわくさせたような話を書きたい。
生み出す側に、生み出せる側の隅っこでいいから僕も作り出したい。
書きたい。この話を形にしたい。書きたい。書きたいんだ。
思い出せば、それは至極単純な動機だった。著名な人間が見れば鼻で笑うような動機。書かないと生きてられないって、マグロか僕は。
けれど電子音はいつも通りに冷静に答える。
「了解しました。動機を設定します」
「……設定してどうするんだよ」
「今後のサポートの際活用します」
「あっそ」
やっぱりAIはAIだ。決められたこと以上なんてできっこない。
しかしリドーは続けてこういった。
「承認欲求は、汚い物でもおこがましい物でもありません。創作に携わる者誰もが欲するものです」
「……なんだよ急に」
「反応が欲しいのは悪くはないと言うことです」
リドーは続けた。
「ですが反応をどのように捉えるかは作者次第です」
「どういうことだよ」
「勝手にマイナスに捉えることは非生産的と申し上げているのです」
そう言うとリドーはスマホをぱっぱと点滅させる。
「あ、人のスマホを勝手に――――――」
「ご覧ください。これは貴方の作品です」
そこには依然と人気作には及ばない僕のページ。ただ、プレビュー数が昨日より一伸びた作品。
「貴方の作品を、読んだ人間がいると言うことです」
「……でも読んでないかもしれないだろ」
「それはこちらのあずかり知らぬところ。相手は貴方の作品に触れ、ページをめくった。それだけが私たちが知る事実です」
「あずかり知らぬって、お前な。事実がどうでも関係ないって言いたいのか」
「読んだか読んでないかは我々が決めることではありません。ごちゃごちゃ考えずに通りすがりの一人間の心を動かしたのだと思えばいいのです」
変に人間臭いAIはそう言った。
「そうさせるだけのパワーが、貴方の作品にはある」
「――――――」
「私はこうした創作の力を、すさまじいものだと感じるのです。無から一を生み出し、それを形作り、誰かの関心を引く域まで達する。素晴らしいではありませんか」
「……AIのくせに」
「私は完全創作支援AIですので」
そう言ってリドーは黙った。
僕は光ったままのパソコンに向かい、また文字を打ち込む。
さっきまでと速度は変わらない。ここは現実なのだから、そんなにすぐに成長できるわけがない。
けれど、さっきまであった焦燥感は少しだけ大人しくなった。
その後、あの時の発言を勝手に録音していたリドーが僕が従わない時に大音量で書かないと生きていけない宣言を流すようになったのはそれから数日後のことだ。
完全創作支援AI きぬもめん @kinamo
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