ツギハギ少女の英雄譚

不二川巴人

第1話 医者と恋人

 よく晴れた春の、のどかな村の道を、スケッチブックを小脇に挟んだ白衣の男と、少女が歩いていた。

 男の見た目は、およそ三十代後半。それほど体格がいいわけでもなく、さりとて痩せぎすと言うほどでもない、中肉中背の身体に、短く刈り込んだ、焦げ茶色の頭髪。

 体つきだけならばさしたる特徴はないのだが、その顔が異形を放っていた。

 顔面の半分以上を覆う、三筋の爪痕。仮にそれがなければ、瞳は優しげなのだが、傷のために全体的に引きつったような表情に見えて、どうしてもとっつきにくい印象を醸し出していた。

 一方の少女。藍色の春服と白のスカートという、ありふれた村娘の素朴な衣装をまとっている。

 見た目の年齢は、十七歳前後だろうか。長い黒髪に、同じく黒い瞳は、目尻がおっとりと垂れている。そして、整った鼻筋に、少し厚めの、ほのかな色気を感じさせる唇。手足は「華奢」と「肉付き」のちょうど中間ほどで、十分に「美人」にカテゴライズされる雰囲気だ。

 だが、決定的な違いは、その顔に表情がないこと。そして、首の下に「継ぎ目」があることだった。

 男は幸せそうだった。名をカインという。正確な歳は三十八歳。上級治癒魔法の使い手として、村で医者を営んでいる。

 少女の名はリンナ。その正体は、カインが「造った」人造人間である。

 この村のみならず、「人造人間」というモノは、珍しい存在では全くない。

 むしろ、死体を寄せ集めてつなぎ合わせ、治癒魔法の応用で「仮のいのち」を吹き込めばいいだけ。このシダック村のように、高齢者の割合が多い集落の場合は特に、一般的な労働力としてありふれており、重宝されていた。実際、リンナ自身も、都合四人分の「部品」から構成されている。

「いい天気だね、リンナ」

「はい、マスター」

 上機嫌でリンナに話しかけるカイン。

 しかし彼女は、無感情に一言返すのみで、それ以上はなかった。

 カインがリンナに向ける視線は、愛しい恋人に向けるそれと、全く同じだった。

 二人を見る周囲の目は、全く奇異なモノを見るものだ。

 それはそうだろう。人造人間はあくまで「道具」。「耐用年数」も、せいぜい五年から十年しかない。そんな「ただの道具」を恋愛対象に見るなど、いわば農耕具のすきくわに恋するのと同じということ。そんな奴は文字通りの奇人であり、まさしくカインがそうだった。

 彼の医者としての腕はよいと評判で、できないことは、死人を生き返らせることぐらいじゃなかろうか、というのが巷の評価である。なにより、この村中に「労働力」として広まっている人造人間達は、全てカインが治癒魔法の高度な応用で「仮のいのち」を吹き込んだモノだ。

 「仮のいのち」は、「本物」ではない。さながら火を灯したロウソクのように、いずれ朽ちる。それが、およそ五年から十年ということだ。そんな事実が加わって、人造人間に恋をするなど、常識外れもいいところなのだ。

 このシダック村は、のどかな山間の田舎の村ではあるが、すなわち平和というわけでもない。

 村には時折、山に棲むゴブリンなどの魔物が襲ってくる。雑魚レベルならまだしも、どういう神の気まぐれか、過去にはドラゴンに襲撃されたこともある。

 実はカイン自身、そのドラゴンの被害者の一人である。

 今から二十五年程前のことだった。カインはドラゴンに両親と妹を焼き殺され、自らも顔をひっかかれ、今の深い傷痕がある。その体験が、医者を志すきっかけになった。

 そのような村の状況であるため、村内の酒場に行けば、魔物の討伐を生業にしている傭兵達がたむろしている。金銭、ないしはそれに準ずる対価があれば、誰であろうと気楽に依頼ができる。

 話をカイン自身に戻す。この顔の傷痕のせいで、先述の通り人々には少々怖がられ、まして縁談など来るはずもなかった。

 そうこうしているうちに、医者としては成功したものの、婚期をすっかり逸してしまい、そろそろ四十歳の声も近くなっていた。

 カインは自分を周囲と比較されるのをあまり好まないのだが、彼の年頃で独身というのも、少なくともこの村では珍しい。

 黙々と仕事をして「ただ生きる」分には、問題はない。しかし、日々募る孤独感だけは、どうしようもなかった。頼るべき家族も、もはやとうに亡いのだし。

 孤独というものは、自由である反面、「毒」のようでもある。人は誰しも、産まれてから死ぬまで、たった一人で生きることなどできない。ましてカインの場合、ドラゴンに理不尽にも家族を奪われたのだ。その喪失感たるや尋常ではなく、「支え」を欲するのもごく自然な話であった。

 しばらく考えたカインは、

「ないものは作る」

 という決意をした。まともな女が嫁に来ないのならば、「自分の理想の女性」を「造れば」いい。そして彼は、それを実行に移した。

「今日も可愛いよ、リンナ」

「はい、マスター」

 相変わらず、リンナの返事は素っ気ない。当たり前と言えば、あまりに当たり前である。人造人間には感情がない。命令されたことならできるが、それ以外の反応は、教えない限り期待するだけ無駄である。そう。教えない限りは。

「こういうときはね、リンナ。『ありがとうございます』と言えばいいんだよ」

「ありがとうございます。マスター」

 おうむ返しのリンナ。彼女が「造られて」から、まだほんの数日。脳はあるのだから、生前の人格に基づいた「心」もあるはずなのだが、それがまだ芽生えていないようだった。

 もっとも、大半の人間は、命令通りの労働さえしてくれれば、それ以上は求めない。「心など」二の次三の次なのが「普通」だ。

 そしてそこでも、カインは違った。自分が新たに造ったリンナを、「育てよう」としていた。

 分からない事は教え、「女の子らしく」、もっと言えば「立派な恋人」にしようと決めていた。「常識的に」考えれば、それはほとんど狂気の沙汰であろう。

 リンナの「心」が、いつ復活するのか? さすがのカインも、それは分からない。ただ、間違いなく以前は「人」であったのだから、「何らかのキッカケ」がありさえすればいいはずだと信じていた。

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