第18話 東雲中学生徒会

3月上旬、伊吹と壱子が通う公立中学校である東雲中学校は、学年末テストを終えて解放感に満ちていた。定期テスト最終日の午後は普段なら空きコマ扱いとなり、部活動や委員会活動、帰宅部の生徒であればテスト明け祝いの寄り道を楽しみにする生徒たちだったが、今日は全員体育館に集合していた。

この学校には、生徒による自治団体「東雲中学生徒会」が存在する。会期は1年、毎年9月に総選挙を開催し、全校生徒によって生徒会長が選ばれる。副会長以下の役員は生徒会長によって任命され、総務が取り仕切る生徒会執行委員は他の委員会と同様、クラスから任意で2名まで選ばれる。委員会の所属が任意であるこの中学校における、数少ない生徒自治組織のトップに立つ生徒会。会長はもちろんのこと、会長に選ばれた生徒会役員は、全校生徒の憧れの対象だった。

学年末テストの最終日午後は、そんな生徒会が主催する行事「生徒総会」が開催される。昨年度の生徒会以下委員会の活動報告や、今年度の活動方針の提案、今年度の生徒会予算案の報告、各クラスの学級委員長から事前に提出された議案書を元にした議案の協議などが主な内容だ。ほぼ全ての生徒にとっては、昼食前の1時間を拘束される退屈な学校行事だった。静粛な場ではあるものの、何人かの生徒は居眠りや他の生徒との談笑を始めている。

伊吹もまた、退屈さと前日までのテスト勉強疲れから、開始数分経たずで眠りに落ちていた。彼の正体は、嘗て悪鬼達を束ねた頭領・酒呑童子であったが、根が真面目な性格のため、学業ではどの教科でも優秀な成績を修めていた。反面他の生徒や教師に対する失礼な発言や態度が目立ち、教職員からの評価は上寄りの中の中に近い状態だったが、下手に注意すると2学期に腕を折った数学教諭の二の舞になると恐れられ、腫れ物のように扱われていた。

しかし、例外も何人かいる。1人は、彼の住む四辻荘の管理人であり、クラスメイトの少女、四辻壱子。もう1人は、2人のクラスを受け持つ国語教諭、藤田悟。壱子は出席番号が離れていたため遠くでそれを見つめていることしかできなかったが、担任の藤田は溜息を1つ吐き、うつらうつらと船を漕ぐ伊吹の頭を軽く出席簿で叩いた。

「こら。暇なのは分かるがせめて聞いてるふりくらいしとけ」

「痛っ…またお前か。生徒虐待で訴えるぞ」

叩き起された伊吹は恨めしそうに担任教師を睨みながら頭をさすった。

「どこで覚えたんだそんな言葉。この位は虐待のうちには入らないよ。それとも、テスト勉強続きで最近夜遅くまで起きていたのがそれほど堪えたのか?」

藤田は淡々と伊吹の視線を無視しながら、彼の居眠りに隠された事情をピタリと言い当てた。藤田もまた人間ではなく、その正体は覚妖怪。他者の思考や記憶を読み当てることができる人外の存在だった。普段の彼は集中しなければ雑音ばかりで他者の思考を聞き取れないのだが、伊吹だけは常に心の声がはっきり聞き取れる。その事に興味を持ち、何かと彼の思考を聞いては素行不良の注意とともに言い当てて反応を楽しむのが、藤田の最近の日課となっていた。

「なっ、何故それを…」

妖怪でありながら周囲の妖力を感知することが苦手な伊吹は、目の前の男の正体に気づいていない。そのため、会う度に思考を読み当てる不気味な人間として避けるようにしていた。担当教師とその生徒という関係が築かれている都合上、完全に関わらないということはできなかったが。

「ほら、生徒会長が何か話すそうだからちゃんと聞いとけ。今の生徒会は例年と違って活動的だからな、お前たちに直接関係することかもしれないぞ」

伊吹が居眠りしている間に生徒総会の全工程は終わり、閉会宣言前に生徒会長からの告知に入ろうとしていた。教職員という立場上この後何が発表されるか知っている藤田は、ちらりと壱子の方を向いてから、生徒たちが並ぶ列の最後尾に戻って行った。

(俺…たち?管理人の方を見ていたが、俺と管理人に直接関係する何かがこの後告知されるというのか?)

その言葉を聞き逃さず、藤田の仕草を見逃さなかった伊吹は、未だ眠気の残る頭を左右に振ってから、壇上に注目した。ステージの上では、堂々とした立ち振る舞いの上級生が、何かを発表しようとしていた。校内新聞で、生徒会長への独占インタビュー記事に添えられた写真でその顔を見た事があった伊吹は、この後の彼の発言に注意した。

「今年の生徒総会も、皆さんのご協力のおかげで恙無く終えることができました。ありがとうございます。閉会宣言前ではありますが、ここで皆さんにお知らせします。我々生徒会は、東雲中学校において、来年度から新たな校則の立案・公布を行うことを、ここに宣言します!スライドにご注目ください」

その言葉と共に、生徒会長はステージのスクリーンが見えやすいように下手側に移った。生徒全員の注目が集まる中、スクリーンには大きく、「部活動及び同好会活動に関する校則の改定、並びに全生徒の部活加入の義務化」という文字列が表示された。

たちまち体育館中がざわついた。今まで帰宅部だった生徒だけではなく、元々部活や同好会に所属している生徒にも関係のある今回の宣言。当然帰宅部の伊吹と壱子にも直接関係する内容だったため、2人は驚きの顔で前を見つめた。

「皆さんお静かに!驚きや反対の意見ももっともかと思われます。順を追って、今回の校則改定と新校則公布に至った経緯を説明します。次のスライドお願いします」

生徒会長は生徒一同を静め、生徒会役員にパワーポイントのスライドを進めるよう指示を出した。かいつまんで内容をまとめると以下の通り。

ここ数年、東雲中学校では生徒の学力の伸び悩みが問題視されていた。原因を生徒会で会議したところ、生徒の部活加入率の低さと、会員数の少ない非公認同好会の多さが理由に挙げられるとの意見が出た。この学校は校則で放課後の寄り道を取り締まることは無かったものの、部活に加入していない生徒達の中にはそれを逆手に取って夜遅くまで家に帰らず、結果として成績が下がる者もいた。それらの諸問題を一挙に解決するため、校則改定と新校則公布に動き出したというわけだ。既に全教職員からの許可証を貰い、校長からの署名もついている決定事項だそうだ。

具体的には、来年度から生徒会非公認の同好会を全て廃止し、部活の組織条件を改める。部活動には部長1名と最低4名の部員、そして生徒会からの活動認可証が必要になった。来年度の5月までにそれらの条件を達成できなかった部活については同好会に降格、廃部となる。また、現在非公認の同好会については、先程の条件を5月までに全て達成し、さらに顧問教師1名の推薦状があれば、部活に昇格となる。

全生徒の部活加入義務化については文字通り、これまで任意だった部活動への参加が義務化される。生徒は最低1つの部活に所属し、その活動内容に応じた活動を行うこととなる。他には、放課後及び土日の部活動時間の報告義務の追加や、月に1度の活動報告書提出など。東雲中学校における部活動がより厳格化した形となる。

全ての説明が終わったあと、生徒会長は一息置いて、最後にこう言った。

「我々生徒会はこれからも、学校全体の改善のために活動してまいります。皆さんのご協力をよろしくお願いします。これをもちまして、本年度の生徒総会を閉会します!」

最初は文句や疑問の声が多かった生徒達だったが、理にかなった説明や生徒会長の持つカリスマから、閉会挨拶の後には拍手が起こった。現生徒会の人気と信頼によって成し得た、学校創立以来の偉業に、教職員たちも拍手を送る。

しかし、伊吹は呆然としたまま動けずにいた。面倒だからと避けていた部活動に、来年度4月までに参加しなければならない。大の人間嫌いであり、放課後は課題かゲームをしたいゲーマーであり、そもそもこの学校にどんな部活があるのかも知らない彼にとって、これ程の苦痛はなかった。


生徒総会が終わった後、生徒たちは帰りのHRの為に各教室に戻ってきていた。HR終了後、翌日は大掃除があるために解放された生徒たちの話題は、校則改定と新校則追加で持ち切りだったが、伊吹はそれどころではなかった。そんな様子を察した壱子は、彼の席に向かい声をかけた。

「大江くん、どの部活に入るかもう決めた?…と言っても、どんな部活があるのかわかってないと思って、4月のオリエンテーションで配られたパンフレット持ってきたんだ。一緒に見てみよう?」

彼らの四辻荘における事情を全て知っているクラスメイトたちは、特に2人を揶揄うこともなく、それぞれの談笑を続ける。

「4月に配られた冊子をよく今まで持ってたな」

伊吹は壱子が手に持った50ページ程度の小冊子を見ながら言った。

「カバンの中、探してみたらあったんだよね。四辻荘の管理で忙しいから部活には入るつもりなくて、結構くしゃくしゃだけど…待ってね、今読みやすいように直すから」

「別にそのままでいい、早く見せろ」

壱子が小冊子についたシワを引き延ばそうとすると、伊吹がそれを制して手を差し出した。壱子は伊吹の横に移り、小冊子を机の上に広げた。伊吹が表紙をめくると、目次にずらりと全ての部活・同好会の名前が並んでいる。生徒会非公認の同好会も含め、1部活1ページで活動紹介を行っているようだ。最初のページは生徒会の説明と執行委員募集の文章だ。

「部活と同好会、半々ぐらいか…来年度には半分廃止になるとはいえ多すぎないか?」

「でも中には部活に昇格する同好会もあるかもしれないし、一通り見ておこうよ。私は運動そこまで得意じゃないから文化部がいいかな…大江くんは運動得意だし、どの部活でも活躍できそうだよね」

「なるべく活動日数が少ない部がいい。同好会は部員集めに駆り出されそうだから論外だ」

「じゃあ文化部だね。うちは部活の数自体は多いけど、そこまで積極的に活動してるわけじゃないから、週一の緩い部活も多かったと思うよ。…あ、家庭科部面白そう。お料理とかお裁縫とかできるんだね」

壱子は伊吹の要望を受け、十数ページほど飛ばして文化部の紹介を読み始めた。普段から祖父母の家で家事を手伝っている壱子は、家庭科部に興味を示す。

「ふむ…週に一度、家庭科の授業の延長のようなことをやる部活か…」

「大江くんはやめて。女の子多くて疲れるだろうから他の部にして」

「は?いやしかし…」

「やめて」

「…分かった。次の部活紹介に移れ」

活動頻度の少なさから、伊吹も入部候補に入れようとしたが、壱子に全力で拒絶された。前にも似たように有無を言わさない雰囲気で話された気がした伊吹は、自分が大の料理下手であるという自覚が無い。

2学期最後の家庭科の授業で生姜焼き作りをした時、伊吹の班は彼のせいで、見た目は完璧なのに一口食べただけで気絶する程の不味さを誇る肉料理を完成させた。伊吹は馬鹿舌且つ胃腸が強かったため完食したが、他の班員は泣きながら壱子の班に助けを求めたという。一方壱子の班の生姜焼きは、家庭科の教師のみならず、クラスメイト一同に絶賛される程の出来だった。

そんな出来事を完全に忘れている伊吹は、他の文化系の部活の紹介に目を通す。どれも活動頻度こそ少なかったものの、彼の興味を引く活動内容は無かった。適当に所属だけして幽霊部員になろうかとも考え始めていた。

「他の部活は…」

と、伊吹が次のページをめくろうとしたその時、ガラリと音を立てて教室の引き戸が開いた。

「失礼する!大江君と四辻さんはいるだろうか!」

声の主に視線が集まる中、クラスメイトの誰かが話していた2人を指さして言った。

「2人ならいますよー。パパラッチ先輩が何の用ですかー?」

「うむ、それは良かった。2人とも、少し廊下まで来て欲しい!あと、できればジャーナリストと呼んで欲しいな!」

2年の教室からわざわざ階段を昇ってやって来たのは、数ヶ月前伊吹と壱子のことを勝手に学級新聞に載せた新聞部部長、通称パパラッチ先輩だった。他の生徒や教職員のゴシップばかりを記事にするため、そう呼ばれているが、本人としてはジャーナリストと呼んで欲しいようだ。

「げ、パパラッチ…何の用だ一体」

「あぁ、そう言えば新聞部もあったね。活動日は…不定期?新聞は毎週更新してるみたいだから、結構頻繁に活動しているのかな」

呼ばれた伊吹と壱子は話を中断し、新聞部部長の待つ廊下へ向かった。歩きながら壱子は新聞部の紹介ページを確認し、活動日と活動内容を調べる。2人が廊下の人気のない場所まで連れてこられた後、新聞部部長は頭を深く下げてこう言った。

「頼む!2人ともどうか我が新聞部に入ってくれないか!」

「断る」

「早いよ大江くん」

即座に断った伊吹に、壱子は思わず突っ込んだ。

「そこをなんとか!今うちの部は2年生が俺だけで他は全員3年生、今年卒業してしまうからこのままだと同好会に降格してしまうんだよ!」

新聞部部長は頭を下げた姿勢から土下座に変わって懇願する。周りの生徒たちがくすくすと笑いながらそれを遠巻きに見つめる。土下座している本人が当事者でなければ、号外ネタになると写真を撮りまくるところだろう。

「知るか。ゴシップばかり書いているからだろう、自業自得だ。俺は活動が少ない楽な部活を探しているんだよ。部員集めなら他をあたってくれ」

伊吹はにべもなく返し、教室に戻ろうとする。壱子は少し悩んだ様子だが、話を聞くだけ聞く意思はあるようだった。

「うーん…部活紹介誌に、活動日不定期って書いてあったんですけど、どのくらい活動してるんですか?」

「基本的にはほぼ毎日取材のために校内外問わず回ってるな。金曜日までに記事を作って、月曜の朝に掲示板に貼って回る感じ。まぁ、3年の先輩方はそこまで積極的に来てくれなかったから、今年の新聞はほぼ俺一人で作っていたが…」

「なら今後もそうすればいいだろ」

「だから!生徒会長のヤロウが新しい校則なんぞを作ったせいで、部員を4人集めないとそれもできないんだって!そんなに活動したくないなら籍だけ置いてくれればいいからさ!あのヤロウ余計なことしてくれやがって、そんなに新聞部を目の敵にしたいのか……」

壱子が活動頻度を尋ねると、希望が見えたと思った新聞部部長は立ち上がって説明を始めた。入る意志のない伊吹がバッサリ身も蓋もない発言をすると、新しい校則を持ち出して抗議する。どうやら同学年の生徒会長には思うところがあるようだ。

「新聞部って、生徒会に目をつけられてましたっけ?」

「会長とは小学校から一緒なんだが、何かにつけて俺のジャーナリストとしての活動に文句つけてくるんだよあいつは。なんであんなに人気なのか俺には分からないね。俺の記事を皆が待ち望んでいるというのに…」

「うちのクラスでは、溜まった新聞を大掃除の時に使おうかって学級委員長が話してましたけどね…」

「君、大江に負けず劣らず言葉選ばないな!?その事実は知りたくなかった…せめて内容を読んでから使って欲しかった…」

壱子の疑問に真摯に答える新聞部部長だったが、自分の作った新聞が掃除用に使われることを聞いて愕然とした。

「…ゴシップ以外の広報活動自体は悪くないがな。内容さえ見直せば購読率も上がるだろう。俺も校内行事の把握によく確認するし」

籍だけを置いてくれればいいという言葉に、頭ごなしに断るのを辞めた伊吹は助言した。彼の場合単に人の話を聞かなすぎて、校内の情報を手に入れる手段が限られているだけだったが、その言葉に一人の男が救われた。

「ありがとう…その言葉だけは心に染みた…なら、取材と記事作成はしなくてもいいから、内容改善のための定例会議には参加してくれないか?そういう、読者からの意見をどんどん取り入れて、より良い記事にしたいんだ。頼む!下級生の知り合いは他にいないし、俺1人で4人も新入部員を獲得するのは難しいと思うから…!」

改めて頭を下げられた伊吹と壱子は、顔を見合せた。ここまで熱心に頼まれては断りづらいというもの。返答をどうするかと無言で考えていたその時、校内放送のチャイムが鳴った。

『1年1組大江伊吹くん、いらっしゃいましたら、生徒会室までお越しください。繰り返します…』

呼ばれた本人に、新聞部部長と壱子の視線が集まる。

「生徒会から直々の呼び出しとは珍しい。今度は何をやらかしたんだ大江?」

数学教諭の腕の骨を折った事件のことも当然知っている新聞部部長は、伊吹が何か問題を起こしたのかと尋ねる。

「俺が何かをしでかした前提で話を進めるな。全く身に覚えがないんだが。生徒会に自分から関わったことなんて一度もないし、生徒会室の場所も知らん」

伊吹はすぐに否定し、呼び出しの指定場所を知らないことを口にした。

「確か…部活棟の1番手前の部屋だったかな?体育館横の白い建物の1階にあったと思うよ」

壱子が生徒会室の場所を思い出しながら言った。

「この話は一旦中断だな。また改めて話をさせてくれ」

新聞部部長は勧誘を一旦諦め、去っていった。伊吹も呼び出された生徒会室に向かおうとする。

「大江くん、入る時はちゃんとノックして、向こうにどうぞって言われてから入るんだよ?」

「何の心配をしているんだお前は…俺はそこまで常識知らずじゃない。話が長くなるかもしれないから先帰ってろ」

「分かった。テストも終わったから、夕ご飯作って待ってるね」

「ああ」

壱子に注意された伊吹はため息をつきながら先に帰るように言った。テスト勉強で数日間四辻荘に行っていなかった壱子も、今日は久しぶりに夕食を作りに行くことを伝えて教室に戻った。伊吹は、先程伝えられた生徒会室の場所を探して歩き出した。


体育館横の白塗りの建物、その手前に「生徒会室」と札がかけられた扉がある。ここか、と立ち止まり、伊吹は2回ノックした。

「どうぞ、入っていいよ」

中から、聞き覚えのある男子生徒の声がする。伊吹は扉を開け、軽くお辞儀をした。

「失礼する。呼び出しを受けて来た、大江伊吹だ」

伊吹が顔を上げると、正面の少し立派な机の前には、薄茶色の髪に黒いヘアピンを付けた生徒会長が座っていた。その横には副会長らしい、黒髪を一つ結びにした女子生徒が控え、さらに奥ではもう1人、薄緑色の髪をツインテールに結んだ女子生徒がニコニコしながら紅茶を準備している。

「待っていたよ、大江くん。ひとまず座って、紅茶でも飲みながら聞いてほしい」

生徒会長はにこやかに椅子を勧めた。伊吹が席に着くと、ティーカップ入りの紅茶を持った女子生徒が笑顔で駆け寄ってきた。

「どうぞ〜、会長セレクトの紅茶ですよぉ!ミルクとお砂糖要りますか?お菓子は苦手なものあります?」

その人懐っこい雰囲気に少し物怖じしつつ、伊吹はティーカップを受け取った。

「ミルクも砂糖も要らない。菓子は…甘すぎるものじゃなければなんでもいい」

「は〜い!」

要望を聞いた女子生徒は、菓子が入っている棚を開いて物色を始めた。その様子を見守っていた生徒会長が口を開く。

「さて、君にも用事があるだろうから、単刀直入に話そうか。大江くん、生徒会に入らないか。来年度の一学期までの短い期間だが、現在書記の先輩が卒業予定で、その席が空いているんだ。君も知っていると思うけれど、副会長以下の役員は生徒会長である僕の任命で決まる。今年度の1年の中でも優秀な君が、どの部活にも所属していないことも知っている。どうだろう、悪い話ではないと思うんだが?」

伊吹は紅茶に口をつけながら、生徒会長の話を聞いていた。確かに、生徒会室には会長専用の机と椅子の他に、もう1つの長机と4つの椅子があった。1つは今ここに居ない総務の席、他2つは副会長と、茶菓子選びに夢中な女子生徒の席だろう。

『あのヤロウ余計なことしてくれやがって、そんなに新聞部を目の敵にしたいのか……』

『会長とは小学校から一緒なんだが、何かにつけて俺のジャーナリストとしての活動に文句つけてくるんだよあいつは。なんであんなに人気なのか俺には分からないね』

話を聞きながら、伊吹は先程新聞部への入部を懇願してきた新聞部部長の言葉を思い出していた。直接話してみて、新聞部の活動を制限するために今回の校則を制定したわけではないのだろうと思ったが、話を聞いてしまった以上、伊吹はその真意を確かめたくなっていた。

「答えを出す前に、聞きたいことがある」

「どうぞ。生徒会の活動内容でも、ここにいる役員の事でも、なんでも聞いてくれて構わないよ」

「生徒会長は、新聞部の部長と小学校から一緒だと聞いた。奴についてはどう思っているんだ」

予想外の質問に、生徒会長は目を見開いた。物申したいという表情で副会長が口を挟む。

「お言葉ですけれど、折角会長からお誘いをいただいているのですから、もう少し生徒会に関係する質問をした方がよろしいのでは?」

「まあまあ、いいんだよ【乙姫】。せっかく来てくれた上で質問してくれたんだから、答えてあげよう」

会長に乙姫と呼ばれた副会長の女子生徒は、やや不満そうな顔で下がった。お菓子を選び終わったもう1人の女子生徒が、その合間を縫って茶菓子を机に並べた。

「そ〜ですよぉ、乙姫さんは厳しいんですから〜。はい大江くん、わたしイチオシのお菓子屋さんのクッキーですよぉ!」

「ありがとう…美味いな、どこで買えるんだ」

「ふふ〜、生徒会に入ってくれたら教えてあげますよ〜、なんて♪」

クッキーをひとかじりした伊吹が店を尋ねると、女子生徒はにやにやしながら生徒会長の後ろに引っ込んだ。ちゃっかりしているなと思いつつ、伊吹は生徒会長に向き直った。

「さて、新聞部部長をどう思っているか、だったね。彼とは家が隣同士で、家族ぐるみで親交があるんだけど、それだけだよ。強いて言うなら、あまり周りに迷惑をかけすぎないようにして欲しい、くらいだろうか」

生徒会長は顔色ひとつ変えることなく、丁寧に質問に答えた。その返答を聞いて、伊吹はこの後の答えを決めた。

「他に質問は無いかな?なら、早速答えを聞かせて欲しいんだけど」

その顔つきを見て、この後の返事が何となく分かったような雰囲気を出しながら、儀礼として生徒会長は聞き返す。

「折角の誘いだが、断らせてもらう。既に熱烈な勧誘を他の部から受けていてな。しかも活動は定例会議の出席だけでいいという破格の条件で。俺は放課後は自由に過ごしたいから、生徒会の活動で拘束されたくないんだ」

伊吹は、生徒会長と後ろにいる2人の女子生徒を見据えて、キッパリと告げた。

「あなたね…!会長の勧誘を受けても尚そんなことを…!」

副会長は我慢できないといった様子で伊吹に歩み寄ろうとする。開いた口からは尖った歯が見えていた。しかし、生徒会長の一言がそれを制した。

「乙姫!」

「!…失礼しました、会長。出過ぎた真似でした」

その一瞬だけ、生徒会長の顔つきが別人のように冷淡なものに変わったような気がした。伊吹は口を噤んで一瞬断ったのを後悔したが、すぐに柔和な雰囲気に戻った生徒会長が話し始めた。

「残念だよ。僕達は全員2年生だから、君のような1年生の役員を今のうちに確保しておきたかったんだけど。そういう事情があるのなら仕方ない。他をあたるとしよう」

「ああ。紅茶と菓子、ご馳走様。あと、生徒総会での演説は良かった、これからも頑張れ」

「ありがとう。君も、新しい部活での健闘を祈っているよ」

伊吹は出された品々の礼を言い、ついでに生徒総会での様子を称えて生徒会室から立ち去った。生徒会長も手を振りながら、去り際に笑顔で見送った。

「あらら〜。残念でしたね〜、彼、会長がずっと目をつけてたのに良かったんですか?」

その様子を見守っていた女子生徒が、新しい紅茶を入れながら尋ねる。

「先手を打たれたのなら仕方ないよ。多分、あいつが声をかけたんだろうね…この様子だと、四辻さんも無理そうかな。乙姫、この書類処分しておいて」

生徒会長は、机の下の引き出しから2枚の書類を出し、副会長に手渡しながら呟く。1枚には伊吹の、もう1枚には壱子の学籍情報が書いてあった。部活無所属の2人を元から勧誘するつもりだったのだろう。

「かしこまりました。それにしても妙ですね、会長の紅茶を飲んだのにあんなにキッパリと断るなんて。彼、本当にただの人間でしょうか?」

受け取った書類をシュレッダーにかけながら、副会長の女子生徒は首を傾げた。

そう。酒呑童子の男子生徒と、覚妖怪の国語教諭が存在するこの学校の生徒会役員たちもまた、ただの人間ではなかった。正確には種族としては人間なのだが、3人はそれぞれ、普通の人間とは異なる出自を持っていた。

「わたしがスズメさんたちから聞いた話では、超能力者って感じでは無さそうでしたけどね〜。噂通り、単純に人より怪力なだけじゃないですか?」

生徒会会計、【備前びぜん うぐいす】。うぐいす姫の生まれ変わりであり、鳥類の声を聞く特殊能力の持ち主だ。

「何言ってるんですか備前さん。ただの中学校男子が成人男性の腕を折れるわけが無いでしょう。仮に人間だとしても、妖怪と契約を結んで力を借りているに違いありません」

生徒会副会長、【北谷きただに 乙姫おとひめ】。乙姫の生まれ変わりであり、魚類を使役する特殊能力の持ち主だ。

「いや、彼は間違いなく妖怪だよ。それもかなり高い妖力を持っている…陰陽局の監視がついていないのが不思議なくらいだ」

生徒会会長、【みなもと 頼人らいと】。源頼光の子孫であり、武芸の他陰陽術の心得もある、中学生にして祓い屋の少年だ。

先程伊吹が飲んだ紅茶にも軽い術がかかっており、飲んだ者が最初に見た相手の言うことを自然と聞いてしまう作用があった。その効果は並の妖怪にも強く効く程だったが、波の妖怪の倍以上の妖力を持つ酒呑童子には全く効果がなかった。

「しかし、彼からは何の妖力も感じ取れませんでしたよ。もし妖怪がこの空間に入ったのなら、金魚たちが警戒するはずです」

乙姫は生徒会入口の水槽で飼っている金魚に餌をやりながら、頼人の言葉を否定した。

「かなり高度な変化術を使っているから無理もないよ。術式の法則は…化け狸のそれに近い。でも彼自身からは狸の匂いはしなかった。外部の協力者がいるのかな」

「化け狸ですか〜。この辺りにはいなかったような?鳥さんたちに調べてもらいます?」

「いいや、人々に害を成すつもりは無いようだから暫く様子を見よう。藤田先生と言い、彼の保護者を名乗る男と言い…どうして僕の代に限って、特級クラスの妖怪たちが学校に集まってくるんだろう。陰陽局ももっとしっかり見回りをして欲しいものだよ。関東は伏魔協会の管轄だから難しいのだろうけれど…」

頼人は伊吹にかかっている変化術を解析しながら考察する。うぐいすの申し出を断りながら、3人の妖怪が自分の学校に現れた事実に頭を悩ませていた。だがそれも一瞬のことで、すぐに顔色を元に戻し、窓を開いて校舎方面を見つめた。

「まぁ…それもあと1年で終わりだ。来月から3年生になって、生徒会の業務に加えて受験勉強でさらに忙しくなる。その隙をついて悪行を為そうと機会を伺っているのかも知れないが――僕の学校で好き勝手な真似はさせないよ」

酒呑童子と、それを倒した人間の子孫。彼らが相見え、互いの正体を知るのは、もう少し後の話だ。

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