第3話 土蜘蛛
都の帝に鬼の首が献上された。
そんな話を聞いたのは、俺が仮の住処としている山にいた時だった。
近年、特に第四次妖怪大戦後、酒呑童子以外の鬼の大半は地獄で職を見つけていると聞く。本当に地獄があるのかどうかは行ったことがないから分からないが、いずれにせよこの国で鬼と呼ばれる種類の妖怪の数がかなり少なくなっているのは確かだ。そんな中、鬼が現れたと言うのなら十中八九酒呑童子だろう。
俺は人間に変装して、すぐに都へ下りた。
噂の真相を確かめるためだ。
都の人間たちの噂話を繋げると以下の通りだ。
献上された首は長年山奥に住み着いていた鬼のもので、麓の村の娘をさらったり、供物として酒を搾取したりしていたらしい。
帝の命令で征伐に行った源頼光とその一行が鬼の居城を訪ね、決闘を申し込み、その首を取ったのだという。
あの酒呑が人間からの決闘の申し出を受けるのか ?とその話を聞いた俺は違和感を覚えた。
鬼の首は帝らが検分した後平等院の宝物蔵に納められたらしい。
俺は蜘蛛に化け……元々蜘蛛の妖怪だから化けたって言い方はおかしいって ?細かいことは気にするなよ……とにかく、蜘蛛の姿になって宝物蔵に入った。
お前の首を見たのか、だって ?
ああ、見たさ。こう言っちゃなんだが……作り物みたいに綺麗な死に首だったよ。
つい数週間前に一緒に酒を飲んだ、酒呑だと理解するまで数分くらいかかっちまった。
それから俺はその足で源頼光の屋敷に潜入した。
あいつ自身は物静かな奴だったが、同行した四天王とか呼ばれてる奴らは鬼の討伐に浮かれて美酒をあおっていたよ。
そこで俺は聞いちまった。
「あの鬼、毒酒を飲んで動けなくなる寸前まで俺たちが討伐隊だと気づかなかったなー」
「妖怪というのはこうも騙されやすいやつが多いらしい」
「俺たちが本当のことを言った時のあの面は傑作だったな」
「あんな奴が妖怪最強ならば、全員俺たちだけで倒せるも同然だ」
俺はかなり怒ったよ。
人間は他者をあそこまで馬鹿にできるのかとな。
しかもそれが数十年の仲の友人なんだから尚更な。
でももし決闘の話が本当なら、俺なんかじゃ勝ち目はないと思った。
酒呑は俺の何倍も強いからな、何度酔っ払って暴れたお前に気絶させられたことか……。
そこで俺は源頼光を熱病にかからせ、その場を後にした。
弱って弱って、弱り切った時にあいつの口から真実を聞くためだ。
返答次第ではそのまま殺してやろうとその時の俺は思った。
一ヶ月後、俺は頼光の容体を診るためにやってきた僧を装い、正面から頼光を訪ねた。
大分弱っていたよ、ここで死ぬのかもしれない、なんて弱音を吐いていた。
俺は糸でそいつの身体を縛り上げて言った。
「ここで死ぬというならその前に答えてもらうことがある。先日お前らが討伐した酒呑童子、お前らは本当にそいつに決闘を申し込んで首を取ったのか ?」
源頼光は病に苦しみながら、途切れ途切れに答えた。
「……貴方が何者かは存じ上げないが……、そのような噂が流れているとしたら、上が体面のために作った話だろう……。私たちは、彼を……騙し殺しました……これがその報いだと言うのなら……どうか、私だけに…彼ら…四天王に罪はありません……」
俺はその言葉を聞いて、糸を引き締めた。
放っておいても死ぬが、それでは酒呑の気は晴れないだろうと思ったからだ。苦しめて苦しめて、この世の地獄を見せてやる気で糸を強く引き絞った。
今にして思えばそれが間違いだったな。
頼光は縛られながらも落ちていた刀を抜いて、糸と俺を斬った。
まさか熱病にかかっている奴がそこまで動けるとは思っていなかった。俺はその場から逃げ出した。
逃げた時に血痕が残ってしまったが、逆に都合がよかった。
あいつは必ず、血痕を追って俺に留めを刺しにやってくると確信したからだ。
酒呑は自分の居城を侵されて死んだ、なら俺はあの人間たちを誘い出して、絶対的に有利な状況で迎え撃ってやろうとした。
翌日、あいつらは思った通り、血痕を辿って俺の住処までやってきた。
俺は真の姿……巨大蜘蛛の姿になり、奴らに言った。
「騙し討ちでしか鬼を討つこともできない臆病者どもに俺は決闘を申し込むぜ、これは敵討ちであり、人間代表と妖怪代表の決闘だ !」
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「……で、正面から頼光と四天王を相手にして負けたと」
「いやあ、酒呑を騙し討ちにするくらいだから頭は切れるんだろうと思ってたが腕っ節も本物だったとはな !」
「……格好悪い」
土蜘蛛は自分が死んだ経緯を、最初は真剣な様子だったが、最後には笑い話のように話した。
しかし、自分から決闘を申し込んでおいて負けるとは。
格好悪いというか土蜘蛛らしいというか。
「まあ途中から、そらこうなるだろうなー、俺このまま死ぬのかなーとか思いながら戦ってたけどな !」
「暢気だな……」
「で、討たれてから気がついたらこの時代に飛んでたってわけだ !」
土蜘蛛は話し終えてすっきりしたと言わんばかりに、小瓶の緑茶を飲み干した。
「……じゃあ、俺たちは頼光に殺されたからこの時代に飛ばされたということか?」
聞いた後で俺は、今の状況を推理した。
「うーん、確かに俺たちの共通点って言やそれぐらいだよな。でもじゃあ何で人間に化けた状態で飛ばされたのか分からないな……」
「……」
「まあ、考えても分からないことを考えても仕方ないって !とりあえずはこれからの事を考えようぜ !まずは宿、そして食事だな」
土蜘蛛はあっけらかんとそう言って笑って見せた。
本当にこいつは……暢気というか楽観的というか、前向きというか……。
大らかな男前とはきっとこいつの事を言うんだろうなと思った。
「俺は明日も作業場に行かなきゃいけないだろうし、酒呑も学校があるしなー。なるべくこの近辺で見つけときたいよな」
「はぁ !?ふざけるな、あんな地獄俺はもう二度と行かないぞ !」
「いやでも、お前に学校について教えてくれた人間の話だとお前くらいの年頃の子どもはみんな行かなきゃいけないんだろ ?服も今のところそれしかないし怪しまれるぞ ?」
「知るか、あと俺は子どもじゃない。お前より百歳は年上だ」
「分かってる分かってる、見た目の話だって」
土蜘蛛は年齢のことで怒った俺をおさえて、再び考え込んだ。
「……となると今夜はここで野宿か ?なら見張りがいるよな、寝てる間に何かあったらまずいし」
「俺は嫌だぞ」
「俺だって」
俺たちは黙って互いの顔を見合わせた。
千年前の俺たちがこんな時にどうしていたか、お互いによく覚えていた。
「……久々に手合わせでもするか ?腹は満たせたしある程度は動けるだろ」
「お ?いいねえ」
俺の提案に乗った土蜘蛛は、食べ終えた包みや小瓶を入れた袋を地面に捨てて立ち上がり──俺のよく知る妖怪としての姿に変わった。
片側が虎の毛皮になっている蜘蛛の巣をあしらった着物を着た上半身は先ほどまでとそこまで変わらないが、下半身は巨大な蜘蛛のそれに変わっている。
「ってちょっと待て、さらっとやったが元の姿に戻れるのか ?」
「え ?何となく力を込めたらできたぞ ?お前もやってみろよ」
てっきり人間の姿のまま第二の生を過ごすことになると思っていた。
土蜘蛛にできて俺にできないということはないだろう。
俺は目を閉じ精神を集中させた。
頭の中に、妖怪だった時の自分の姿を思い浮かべる。
数秒すると、身体の奥底から力が湧き上がってくるような感覚を覚えた。
「おー、できてるできてる !」
少し離れたところで見ていた土蜘蛛が歓声をあげた。
目を開き、自分の姿を見てみる。
衣服は学校の制服といわれる変な服からお気に入りの着物に変わり、両手の爪は黒く鋭く伸びている。
口の中に牙が当たる感触が戻り、頭に手をやると二本の角が生えているのが分かる。
もしかしたらと思い、中空に手をやって空を掴む仕草をする。
すると空間が小さく歪み、歪んだ先から使い馴染みのある自分の武器……棘のついた金棒が出てきた。
「……本当に戻れた」
俺は思わず驚きの声をあげると同時に、かつてと同じ自分の姿に安堵する。
「へへ、やっぱそっちの方がお前らしいな」
「お前こそ」
俺と土蜘蛛は空き地の両端に立って向かい合った。
「間違ってもう一回死んだりするなよ ?今のお前、俺より小さいからうっかり殺しちゃいそうだ」
「はっ、誰が !すぐにくたばったりしたら承知しないぞ !」
開始の合図は特になく、どちらが不寝番をするかをかけた手合わせが始まった。
俺は地面を蹴って飛び、金棒を振り上げる。
土蜘蛛はその場に糸を出して宙に浮きそれをかわした。
「そら、当たったら動けなくなるぞ !」
落ちてくると同時に土蜘蛛は糸の塊を腹から大量に吐き出した。
土蜘蛛の話だと、病床の源頼光は刀で切ったらしいが、本来蜘蛛の妖怪が出す糸は並の力では千切れない。俺でさえ、捕まったら抜け出すのに苦労する程だ。
俺は後ろに飛んで降り掛かってくる糸弾を避けた。
「来い、鬼火 !」
下がった俺は空中に火の玉を起こし、着地した土蜘蛛に向けて飛ばした。
「おっと、虫相手に炎は容赦なさすぎるんじゃないか ?」
「嫌なら避けてみるんだな !」
俺が次々と鬼火を飛ばすが、土蜘蛛は壁に糸を飛ばして避ける。
避けたと思ったら勢いをつけてこちらに向かってきた。
「くっ…… !」
俺はそれを金棒で受け止めた。
巨大蜘蛛になっている土蜘蛛はかなり重かったが、どうにか打ち返す。
飛ばされた土蜘蛛は、地面に蜘蛛の巣を作って緩衝材とした。
「へへっ、やっぱ強いなー酒呑は。本気でやんなきゃやられちまう」
「お前、不寝番を嫌がっていた割に楽しんでないか ?顔が笑ってる」
「お前こそ…… !」
俺たちは互いにこの手合わせを楽しんでいるようだ。
土蜘蛛は死ぬ直前に源頼光ら人間どもと戦ったようだが、俺にとっては数年ぶりの手合わせだった。
同胞相手に最強を決めるのとも、他の妖怪相手に最強を決めるのとも違う。
不寝番をどちらがやるか、という傍から見れば小さなことで、気の許せる相手と手合わせする。
美味い酒の次の次くらいには楽しいことだった。
「まだまだ行くぜ、酒呑 !」
「ああ !」
俺たちが再び攻撃を始めようとした、その時だった。
「───あの!!ここ、うちの敷地なんですけどー!!」
少し遠くから、唐突に、知らない声が聞こえてきた。
「人間 !?」
俺は反射的に、手に持っていた金棒を声のした方へ投げた。
金棒の飛ぶ先に、見覚えのある格好をした女が驚いて立ちすくんでいた。
「しまった、避けろ人間── !」
「ひっ…… !」
「──っと !!危なかったな……」
金棒が女の顔面めがけてぶつかる、あと五尺ほど前で土蜘蛛が糸を出し、金棒を絡め取った。
突然の事で驚いたとはいえ、何もしていない人間に怪我をさせずに済んで安堵する。
「こら !!見ず知らずの奴にいきなり金棒を投げる奴があるか !」
そんな俺に土蜘蛛は拳骨を落とした。
いつの間にか人間の姿に戻っている。
「あの人間がいきなり出てきたから驚いたんだ、俺は悪くない !──痛っ !?」
俺が文句を言うと再び土蜘蛛の拳骨が降ってきた。
「悪いなあんた、怪我はないか ?」
土蜘蛛は声の聞こえた方に向かって歩きながら尋ねた。
女は呆けた顔でその場に座り込んでいたが、土蜘蛛に声をかけられて我に返ったようだ。
「い、いえ……すみません、私の方こそ。お取り込み中だったのに声をかけてしまって……」
女は立ち上がり、俺たちに頭を下げた。
「いやいや、ちょっとした事で力比べしてただけだから気にすんなって。ところでさっきうちの敷地って言ってたけど、ここはあんたの土地なのか ?」
「あ……えっと、正確にはうちの下宿の駐車場で……すみません、貼り紙も何もしてなくて分かりづらかったですよね」
「そうだったのかー、知らずに野宿しようとしたり喧嘩に使ったりしちまったよ、すまなかったな。ほら酒呑、お前も謝れ」
土蜘蛛は慣れた様子で人間の女と話している。女は目の前の下半身が蜘蛛だった男が気さくに話しかけてきたことに戸惑っている様子だ。
土蜘蛛に声をかけられて、俺は彼の横に立った。
金棒は元あった空間に戻しておく。
「ふん、手合わせの邪魔をした上俺を驚かせた代償は重いぞ。誰が謝るもんか。──痛っ」
「すまん、こいつ極度の人見知りでな……ほんと、すいませんでした」
土蜘蛛は三度俺に拳骨を落とした後、頭を掴んで下げさせ自分も頭を下げる。
俺たちは驚かされた方なのに何故謝らなければいけないのか全く意味が分からない。
「い、いいんですよそんな……私がもっとちゃんと管理しておかなきゃいけなかっただけなので……顔を上げてください……」
女に言われて俺は顔を上げた。
改めて見ると、やはり見覚えのある格好をしている。
紺色の上下に、肩に提げる形の鞄を持っていて……。
「……やっぱり、大江くん、だよね?」
俺がじっと女を見ていると、女の方から声をかけてきた。
「……?」
「服がいつもと違うし頭に角が生えてるし、見間違いかもしれないから声かけづらかったんだけど……」
「なんだ ?酒呑の知り合いか ?」
「いや、俺は知らない。おい人間、お前は何者だ」
意味の分からないことを呟く女に、俺は尋ねた。
「あはは、知らなくても無理ないよね……今まで一回も話したことないし。私、大江くんのクラスメイトの四辻 壱子(よつつじ いちこ)です。よろしくお願いします」
四辻 壱子と名乗る女は困ったように笑い、俺たちに一礼した。
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