ASMRを聴いているときにイヤホンを落としてしまったのだけれど

向陽日向

第1話 【悲報】右耳イヤホンくん、没頭するあまり脱落する

  1


 キーンコーンカーンコーン。


 四時間目が終わって、昼休みの時間に突入する。


 ガヤガヤと騒がしくなる教室。


 新発売のバーガーを買いに食堂に突撃する男子たち。


 机を突き合わせて、カラフルな弁当を広げる女子たち。


 全くもって、わかっていない。


 昼休みは他人と共有する時間ではない。


 自分だけの世界に没頭する時間なのだから。


 俺は持参したグミを数個口に含む。


 安っぽい果汁の味。ふむ、いつもの味だ。日本の技術にはいつも世話になっている。


 こうして昼食を手早く済ませる。二年生になってからも続けているルーティンだ。ちなみにもうすぐ五月だけど、変化の兆しは微塵もない。


 俺はイヤホンを取り出す。


「……ふふっ」


 マズい、思わずにやけてしまった。


 周囲に目を配るも、クラスメイトたちは弁当をつつき合うばかりだ。大丈夫、誰にも見られていない。


 スマートフォンと無線接続し、イヤホンを両耳に嵌める。その直後、すぅっと周囲の雑音が消える。騒音防止機能が発揮されたのだ。


 俺だけの世界が広がる。


 スマートフォンを操作し、お気に入りトラックを再生する。


『あっ、こぉんばんは~。今日も来てくれたんだね☆ ありがと~~』


 俺は目を閉じる。今俺は、耳かき店に来店した客になりきっている。


 俗にいう、ASMR音声だ。日本語にすると『自立感覚絶頂反応』というらしい。視覚や聴覚への刺激で、脳がゾワゾワしたりする感覚を指す言葉だ。


『最近来てくれないからぁ、寂しかったのよぉ~?』


 暗闇の中、ななめ前方付近から声が聞こえる。


 なんでも、ヒトの頭を模した専用マイクで録音しているらしい。


(むふふ)


 自室なら声にだすが、ここはセーブ。


『ささっ! マユの膝枕、どぉーぞ?』


(はぁーい! マユたん!)


 俺は脳内会話をして、妄想の中でマユちゃんの膝にそっと頭を乗せ――。


「なっ――」


 そのとき。


 右耳に解放感が生まれ、周囲の雑音が一気に押し寄せた。


「まずっ!」


 右耳に嵌っていたイヤホンが床に落ちている。思わず頭を振ったときに、落ちてしまったのだろう。


 セッティングが甘いなんて。


 芥子山極男けしやまきょくお――一生の不覚だ。


 俺は床に落ちるイヤホンに手を伸ばす。


 耳かき音声は流れたままだ。


 誰にも聴かれるわけにはいかない。


 こんな音声聴かれたら、俺は。俺は――。


「あっ」


「ひゃっ!」


 伸ばした手を咄嗟に引っ込める。


 その隙に、柔らかそうな手が俺のイヤホンを拾い上げる。


「ほいっ! どうぞ☆」


 そう言って、一人の女子が俺のイヤホンを差し出した。


 とても可愛い子だった。

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