五月病

氷村はるか

第1話ゴールデンウィーク

 新緑の鮮やかな葉の色を見る余裕もなく、毎年と変わらないゴールデンウィークを迎えた。


旅行などと言う変わった予定も無ければ、仲の良い友人たちと遊ぶ予定すらない。何もせずにボーっと過ごすのもいいのだが、そんな休日を過ごすと体が鈍り休み明けの仕事がとてつもなく辛くなるだろう。


それだけは避けたい。


何をして過ごそうかとうだうだ考えている間に、体は自然と自宅マンションの最寄り駅まで連れてきてくれた。


ホームに降りた途端にスマホの長い呼び出し音が鳴る。


周りの視線に恐縮しながらも慌てて通話の文字をタップした。


「はい。」

『もしもし、あきらだけど。』

あきら?」


瞬時に出てはこなかったけれど、大学時代によく話をしていたグループにそんな名前の人物がいたことを思い出した。


「声聞くの随分久しぶりだな。」

『確かに。大学卒業してからお互いに忙しくなっちゃったから、あいつらともなかなか話をする時間がないんだよね。』

まあ、社会人になればみんなそんなものだろうとは思うけれど。

『あのさ、久しぶりの相手にかなり言いにくいんだけど。』

「何?」

『突然で申し訳ないんだけど、これから予定なければ一緒に飲まないか?』


本当に急な誘いに歩みを止める。ちょうど改札口に電子カードをかざすところだった手を無意識に引いた。


後ろから来ていた乗客に軽くぶつかり、軽く謝罪の言葉を発しながら改札から離れる。


飲みは苦手なため会社の歓迎会なども断っているのだが。


何故だろうか。


今回の誘いには自分でも思いがけず乗り気らしい。


「構わないよ。」

「マジで!助かるわー。」


助かる?その言葉が胸に引っ掛かっているまま、晃が指定してきた大衆居酒屋へ向かう。


帰宅する人々とすれ違い逆方向に歩いて行くのは自分一人だけ。


逆方向に歩く。たったそれだけの行為なのに罪悪感が胸の内に広がる。集団行動が大切だと刷り込まれて育ってきた人間の当たり前の感情と言ったところだろう。そんな思考が頭の片隅にあっても、心地が悪いものは悪く自然と足早になる。


指定された居酒屋に入ると、入り口側の四人掛けのテーブルから聞きなれた大声が飛んできた。


「待ってたよー!こっちこっち。」


晃は俺を手招きすると、壁際の方に座れと促す。なんか、やけに気分が良さそうな表情をしているな。


「随分テンションが高いな。もう酔ってるのか。」


晃とは向かいの席に座っている小柄な女性が首を横に振る。


「まだ軽く二杯呑んだだけですよ。」

「二杯。」

「はい。」


そういって写真を撮られる時の様にピースをして頬にあて明るく笑う。


見た目は良さそうだけれど、遊びなれている感じを受けた。


「初対面でなれなれしすぎるよ。自己紹介くらいしましょう。」


目の前に座り静かな落ち着いた声を発した女性は、お酒が入っていないのか彼女の周りだけ場の空気が違う様に感じる。


「初めまして。屋和良五月やわらさつきです。無理にお越しいただいたみたいで、申し訳ありません。」


口を紡ぐのは、見た目通りの真面目な言葉だ。


「こちらこそ初めまして。五島田蓮ごとうだれんです。呼び出しのことはたまにはあることなので、お気になさらずに。」

「ありがとうございます。」


互いの挨拶が済んだところで、場の空気を完全に無視した晃の声が飛んでくる。


「さつきちゃんってすごく真面目なのが言葉づかいで分かるよねー。これで俺たちより年下なんだぜー。」

「お前もう酔ってるな。」

「そんなことないよー。」


ねー。と、向かいでにこにこしている女性と会話を弾ませている。


呆れた感情を彼に向けていると、慌てた様に屋和良さんが隣の女性を紹介する。


「失礼しました。彼女は私の同僚で、長柄さつき《ながえさつき》といいます。」


紹介をされた女性は、よろしくー、とまたピースをしてくる。


ピースをするのが癖なのか、それとも自分を可愛く見せるためのものなのか。そういう女性は苦手だったりする。

苦手なのは屋和良さんにも言えるかもしれない。自分より年下だと言うが、大人な感じがして何でも見透かされている気がする。


呑みの最中は晃が一人で喋っているようなもので、店を出ても屋和良さんとは話すことがなかった。

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