第2話 僕がニートになった理由
まず分かって欲しいのは、自分は実質的な被害者なんだ。
巧妙に仕組まれた罠。
運命という名の避けることのできない落とし穴。
厄災というのは、予告も無しに降り掛かるものだとも付け加えておこう。
ゴールデンウィークが過ぎて、ふわふわしていた新学期が落ち着き払ったある日のこと、僕はクラスメイトの女子の下着を盗んだという嫌疑を掛けられたんだ。
「自分はやってなどいない」ってね。
別に下卑てなんかいないが、僕だって同じ立場だ。
「盗むだなんてそんな姑息な手段、僕ならプライドが許さない! 神に誓ってもいい。目当ての女子の下着が欲しければ……僕なら直接本人に交渉する!」
この発言が自身の潔白を証明するどころか、さらに危うくさせたのは言うまでもないよね。
今にして思えは馬鹿げた発言だったと思う。
でもね、この発言には身の潔白を示すと同時に、クラス内でのムードメーカーとでも言うべき、ユーモラスなキャラを確立できるチャンスだとも思っていたんだ。
「高校生デビュー」をしたかった、と言えばその時の気持ちを分かってもらえるかな?
中学校まではオタク丸出しの陰鬱だったヤツがさ、新天地でイメチェンを図って無謀ともいえる振る舞いを行う、そんなもんだと思ってほしい。
ところがその目論見は無残にも外れてしまったのさ。
放課後に開廷された学級裁判で、全ての生徒が僕を犯人だと決めつけていた。
原告の主張ばかりを受け入れ、被告の陳述には耳を貸そうともしない愚かな陪審員たち。
「馬鹿げた話だ!」
僕は両肩をすくめた。
「彼女の隣の席っていうだけで、証拠も無いのに僕を犯人扱いかよ? みんな頭オカシイんじゃないか?」
挑発するかのように、自身の頭を指でつついて見せた。そんな傲岸不遜な態度が気に入らなかったんだろうな。
「そんなに言うなら持ち物検査をすべきだ!」と、誰かが提案した。
そうだ、そうだ!
シュプレヒコールが巻き起こる中、僕は自らの手でスクールバッグの中身全てを、教卓の上にぶちまけた。それからロッカーの中、果ては机の中までとパーソナルな箇所は全て開示した。
当然、それらしきものは見つけることが出来なかった。
僕は勝ち誇った顔で教壇の上からクラスメイトの面々を睨み付けた。皆、僕の視線を避けるようにして一様に俯く。
僕の顔すらまともに見ることができない? そりゃあそうだ。あらぬ冤罪を掛け、人の名誉を著しく傷つけたんだ。ゴメンで済むなら警察など要らないよ。肝の小さい連中め。
心の中でそう毒づいた。
下着を盗まれたと訴え出た女子生徒もまた、僕から顔を逸らせた。
セミロングの銀髪と泣きボクロが特徴の美少女。
(こんな可愛い子の隣の席にしてもらうなんて神よ、貴方に感謝いたします)
運命的な出会い。確約された薔薇色のスクールライフ。
(雨降って地固まるの
驚くほどポジティブな妄想が頭の中を過ぎったね。
みんなから蔑むような眼でじろじろと見られていたことと、身ぶり手ぶりを交えて自身の主張を認めさせたことで体温が沸騰していたんだろうね。教壇の上での一悶着に少々熱が入り過ぎた僕は、
「ふう、暑いな」
と、顔の近くで手をひらひらさせ、おもむろにズボンのポケットに手をつっこむ。取り出したハンカチで額から流れる汗を吸い取ると、心地よい五月のそよ風が僕の頬を撫でた。
「ああッ!」
空に突如現れた未確認飛行物体を見つけたかのような声を誰かが上げた。
「へ? どうしたんだ?」
唐突に指をさされた僕は、自身のつま先から胸の辺りまで眺めた。髪は多少寝ぐせで跳ねてはいるがどこもおかしいところは無いはずだ。そうだよな。
ところが皆が一斉に僕に再び注目しだした。何が起きたのか、さっぱり分からない。
風によって燃え広がる火の手のように、騒ぎは教室中へと伝播し、先ほどまで下を向いていた誰もが、教壇に立っている僕に再び注目している。
後方に座っていた被害者の生徒までもが座席から静かに立ち上がり、信じられない、といった表情で僕の右手を指差した。
額の汗を拭きとった僕のハンカチ……。今朝方、母親から手渡された紺色のハンカチ。僕の右手はこの瞬間もそれを手にしているはずだ。
だが、教室内で巻き起こる喧騒によって、僕は名状しがたいほどの失態を犯したことに気づいた。氷の粒が背中に入ったような、ヒヤリとした感覚。顔から血の気が引いていくのが自分でも分かったよ。
額に当てていた右手を、恐る恐る自分の視線へと移動させていく。紺色のはずがそれはどう見ても明らかな黒色で、しかも奇妙なことにモコモコとしている。それを摘み広げて見ると、サッと長く垂れ下がり、一瞬にして人の下半身のような形状に早変わりした。
僕が握りしめていたハンカチ。ところがそのモコモコは実際のところハンカチなどではなかったのさ。
女子生徒が「盗難に遭いました」と担任に申告していた黒いパンティーストッキング。何故か僕の手に握りしめられていたんだ。
この日以来、僕のスクールライフは薔薇色から灰色へと変化する。
不名誉なことに僕は入学早々、『パンスト王子』という二つ名を獲得することになった、ってのが、引きこもりになった理由さ。
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