例えば君が、死んだとして
幽宮影人
最期に君と
「自殺ってさ、最高の最期だと思うんだよね」
そう口にする男、もとい友人の
その
だから。
「へぇ、どうしてそう思うんだ?」
逸る心臓を押さえつけながら、なんてことないように言葉を紡ぐ。
焦っていることを悟られないように、アイツを刺激しないように。
引き金を引かないように、引導を渡さないように。
なんとしても繋ぎとめたくて、至っていつも通りを装った。
「だってさ、訳の分からない病に体を食い殺される訳でもなく、殺意もない事故に巻き込まれて突発的に息絶える訳でもなく、理不尽な殺人に命を奪われる訳でもなく、自然という脅威に呑まれてパタッと死ぬ訳でもなく。しっかりと自分の意思で、覚悟を胸に死ねるんだよ? これ以上の幸せってある?」
顔こそ見えないが、声からアイツが今どんな表情をしているかくらい、手に取るようにわかる。とても楽しそうな声音、弾む語尾。
きっと今のアイツは『幸せ』なんだろう。
けれど。
「ある、あるさ。それ以上の幸せなんてそこら中に転がってるよ」
俺は認めない、蝶路の幸せを認めない。
いや、違うな。俺だけは認めてはいけないんだ。
だって認めてしまったら蝶路は、きっと喜んで先へと進んでしまうから。
それは、それだけは嫌だ。
蝶路がいなくなるのだけは嫌なんだ。
避けなければならない、なんとしても。
蝶路の為に、いや俺の為にも。
「へぇ。例えば?」
「そうだな……。じゃあ飯でも食いに行こうぜ。美味い飯を腹いっぱいに。きっと幸せだ」
「うーん。ごめんだけど僕は小食でね、満たされるほど食べられないかなぁ……」
知っているよ、お前が小食なことぐらい。加えてとんでもない偏食家だってことも。
「じゃあ海に行こう。澄んだ海、キレイな魚が泳ぐ大きな海に。気のすむまで泳ごうぜ。きっと幸せだ」
「海かぁ。いいね、海。でも潮でべたつくのはなぁ……」
知っているよ、お前が海の潮を嫌っていることぐらい。それどころか金槌だってことも。
「じゃあ山に行こう。静かな山、キレイな緑が生い茂る広い山に。気が済むまで歩こうぜ。きっと幸せだ」
「山かぁ。いいね、山。でも虫は苦手だからなぁ……」
知っているよ、お前が虫を大嫌いなことぐらい。ついでにどうしようもない方向音痴だってことも。
「じゃあ――……」
「もう、もういいよ
「っ」
知っていたさ、お前がどれほど死に焦がれているかくらい。それから、もう助けを諦めていることくらい。
「なぁ蝶路、もういいよって。なんだよそれ」
「ごめんね蓮。僕、もう疲れちゃった」
なんだよそれ、なんなんだよそれ!
どうしてそんな風に笑うんだ!
どうしてお前はそんなにも、満足そうにしているんだ!
くるりと振り返った蝶路は、みたこともないような満面の笑みを浮かべていて。まったく、喜色満面と表現するにふさわしい顔をしていた。
蝶路に対し俺は、というと。
ひどい顔をしていることだろう、情けない表情を晒していることだろう。鏡を見なくとも分かる。泣きそうになるのを必死に堪えているのだから。
けど、泣いていいのは俺じゃない。
今この場で泣いてもいいのは蝶路だけだ。
だから俺は必死に涙をのみ込んだ。目が熱い、鼻の奥もツンと痛む、いつになく早鐘を打つ心臓に息が苦しい。
泣いちゃダメだ。
それでも、悲鳴を上げるくらいは許されてもいいよな……?
「まだ、まだ蝶路とやりたいこといっぱいあるんだ。一緒に旅行に行こう、国内が嫌なら海を越えてさ。それから子供ができたらたくさん遊ぼう、俺もお前も一緒に子供みたいに。それから、それから……ジジイになってからも囲碁しよう。他にもやりたいことは山ほどあるんだ。お前だって、約束してくれたじゃんか!」
足りない、どうしたって足りない。
時間も未来も、まだまだ有り余っているんだ。
そこに蝶路がいないなんて、想像したくもない。
頼むからそのままこちらに歩を進めてくれ、箱庭になんて行かないでくれ!
静かな夜に悲痛な俺の声が響く。いつの間にか風の音さえ止んでいた。
本当に、静かだ。
まるで、生きているのは俺達だけのように錯覚するほど。耳が痛くなるほど静かだ。
「ごめんね。約束は守れそうにないや」
くるりと再び背を向ける蝶路。そして、彼はそのまま足を一歩踏み出した。
「待って、待ってよ蝶路」
あぁ届かない、間に合わない。
ゆらりと揺れる蝶路の髪を最後に、彼は俺の目の前から姿を消した。
そして1つの、尊いはずの
「あ、あぁ……」
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