第29話 新商品の販売 ※商人モーリス視点

「これを、モーリスさんの商会で販売してほしいの」

「これは……?」


 メイドが何かを運んでくる。テーブルの上に置かれた物は、白色のシャツだった。わざわざ出してきたということは、普通の服ではなさそう。それを観察していると、ナディーンお嬢様が説明してくれた。


「そのシャツは、私が新たに発明した魔法道具。まだ世に出していない発明品よ」

「それは、スゴイですね!」


 彼女は、魔法の研究者として有名だった。王都にある魔法道具の半数以上が、実は彼女の研究によって生み出された物だと知っている。表向きには、宮廷魔法使い達の成果だとして、国民には発表されているが。


 そんな彼女が、世に出していない発明品が私の目の前に置かれている。


「効果は、着ているだけで体力の消費を軽減してくれる。実は、うちの使用人たちもその服を使っているのよ。ヘレンも今、着ているのよね?」

「はい。お嬢様に作っていただいた物を、今も着ています。これを着用していると、本当に疲れが軽減されて楽なんです。他の子達の評判も上々ですよ」


 シャツを運んできたメイドの一人が口を開いた。彼女が、実際に使ってみた感想を答える。


「なんと! スゴイ魔法道具ですね」

「どうぞ、触ってご覧になって」


 その効果が本当なのだとしたら、かなりの需要がありそうだな。許可を得たので、手に持って確認してみる。


 とても柔らかい手触りの服地だった。触ってみたら、織物の質が高いこともすぐに分かった。この布の質の高さも気になる。


「これは、ナディーンお嬢様が作成されたのですか?」

「そうよ。貴方の目から見て、それは売れそうかしら?」

「かなり売れると思います。ただ、売上を出すには大量に生産する必要があります」


 効果が本当なら、需要はありそうだ。だけど、貴族ではなく平民が欲しがりそうな商品だった。


 だとしたら、あまり価格を高く設定することは出来ない。価格を高くしすぎると、平民は買ってくれない。だから、売上を出すことが難しそうだと感じた。


 一枚作るのに、どれぐらいの労力が必要なのか。大量に作成するのは難しそうだ。どうにかして、貴族に買ってもらう方法を考えるか。そうすれば、価格を高くしても売り出せるかな。だけど、今すぐには良いアイデアは出そうにない。売り方を考える時間が必要かも。


 そうやって悩んでいると、ナディーンお嬢様が何かを取り出した。


「これを受け取って」

「これは?」


 目の前に差し出された紙の束を受け取る。なんだろうと思いながら読んでみると、何かの手順が書かれていた。もしかして、これは……。


「魔法道具の設計書よ。そこに書かれた指示通りに従って作れば、ある程度の実力がある魔法使いなら、道具を作成できるはず」

「ッ! そんな、大事な物を……」


 魔法を使えない私は、その紙に書かれている文字を理解することは出来なかった。だが、かなり詳しい手順が書かれているのは分かった。この設計書に記された手順に従うだけで、作ることが出来そうだと思った。


 魔法道具の作成方法なんて、普通は秘密にして特別の人にだけ伝授する。こんなにあっさりと教えるような情報じゃない。


 効果が本当なら、この魔法道具は非常に使える。つまり、この情報で一財産築けるほどの価値がありそうだと感じた。


「この魔法道具は、商会に任せます。貴方が選んだ魔法使いにその設計書を渡して、どれだけ生産するのか、どのように販売するのか。全て、貴方の好きなようにして。それで、儲けを出して下さいな」

「それは」


 正面に座っている彼女が、じっと見つめてくる。試されているのか。この情報を、私がどう扱うのか。


「それと、一つお願いがあります」

「なんでしょうか?」


 私は、注意して彼女の言葉を聞いた。絶対に聞き逃さないように集中する。


「この魔法道具は、王都内であまり販売しないでほしいのです。地方か、他の国々で売ってくれると助かります。一応、陛下から魔法道具を自由に売買する権利を頂いているので、どこで売っても問題ありませんが。念の為に、ね」

「わかりました。王都内での販売は行いません」


 彼女のお願いを聞いて、私は即答した。それぐらいのお願いなら、簡単だと思う。この商品はむしろ、王都よりも地方に持っていったほうが売れそうだから問題ない。


 今現在、王家とストランド伯爵家の関係は色々と複雑そうだ。問題が起きないように、彼女も色々と考えているのかな。


 彼女のお願いを聞いて、王都内で商売するのを避けたほうがよさそうだ。

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