第10話 詮索しません ※ヘレン視点
気にしないようにするつもりだったが、やっぱり気になってしまう。
お嬢様の発する言葉の隅々に、引っかかってしまう。つい先程も、お嬢様が魔法の研究をしている部屋に入った時に、ポロッと漏らしていた。
とても嬉しそうな表情で、懐かしい、という言葉を。昨日も訪れたはずなのに。
いやいや、気にしたら駄目よね。今は、お嬢様が魔法の研究をするのに使っているお部屋を片付ける。私はメイドとして、お手伝いに集中しないと。
ナディーンお嬢様の指示に従って、部屋を片付けていく。何に使うのか分からない道具を、壊さないように注意しながら運んだり、キレイに磨いたり、整理していく。
「ちょっと待ってて」
「はい」
ナディーンお嬢様の指示が一旦止まり、しばらく私は待つことになった。
お嬢様が、部屋の中で魔法を使った。まばゆい光が溢れて、とても美しい光景だ。それを私は、少し離れた場所から眺める。
お嬢様が何の魔法を使ったのか、私には分からない。だけど発動するだけで美しい光景を生み出して、魔法使いって本当に凄いんだと感じる瞬間だった。
しばらくして、部屋の中にほんのり甘いような優しい香りが漂ってきた。これは、お菓子の香りかしら。
今日は本当に気になることばかり。これはスルーすることが出来なくて、お嬢様に聞いてみることにした。
「お嬢様、それは?」
「魔法で作ったケーキよ」
「凄いです。魔法で、そんなことも出来るのですね」
驚いた。私が知っている魔法というのは、火を放ったり、水を生み出したり、風を起こしたりするもの。そんな魔法の力で、お菓子のケーキを作り出すなんて。
しかも、甘くて美味しそうだわ。真っ白な見た目と匂いから、美味しそうと思える出来栄え。目が離せなかった。食べてみたい……!
「どうぞ。食べてみて」
「よろしいのですか?」
私の目の前に差し出される、美味しそうな白いケーキ。凝視していたのが、お嬢様にバレていたらしい。なんて恥ずかしい。仕事の最中なのに。けど、食べてみたい。
「もちろん! ヘレンのために作ったんだから」
そこまで言われてしまうと、もう断ることは出来なかった。お嬢様の許可を得て、食べてみる。味は、どうだろう。
口の中に運んだ瞬間、舌の上に甘さが広がる。口全体に幸せが溢れていた。なんて美味しいの。
お皿を見ると、お嬢様に作ってもらったケーキは無くなっていた。いつの間にか、全て食べてしまったらしい。なんてこと……!
チラッと見ると、もう一つケーキがある。いやでも、アレはお嬢様が自分で食べるために作ったものよ。絶対に駄目! 一つ貰ったんだから、我慢しないと。
ナディーンお嬢様が、私の顔を見ている。とても優しい笑みを浮かべながら。
「もう、食べ終わっちゃいました」
「そんなに美味しかった?」
「これは、絶品です! すごく甘くて、フワフワしていて。気が付いたら、もう食べ終わっていました!」
こんな言葉では、私の今の気持ちを伝えることが出来ない。本当に美味しかった、という気持ちが。お嬢様は天才だ。こんなに美味しいケーキをササッと作ってしまうのだから。
今まで、お嬢様が魔法使いとして実力がある事は知っているつもりだった。けど、どれぐらいの腕前なのかを正しく理解していなかったようだ。
こんなに凄かったなんて、私は知らなかった。
「じゃあ、コレも食べる?」
「……い、いえッ! それは……ッ!」
ナディーンお嬢様は、とても魅力的な提案をしてくれた。そんな素晴らしい提案、私は断ることが出来ない。だけど、メイドとして我慢しなければ……ッ!
「大丈夫だから。気にせず、食べちゃいなさい」
「ッ! で、では……。頂きます」
駄目だ、抗えない。私は、お嬢様からケーキを受け取って食べる。
あぁ、本当に美味しい。とても素晴らしいケーキ。いくらでも食べていたい。
だけど、一瞬で食べ終わってしまった。今度はゆっくり味わうつもりだったのに、欲望に負けてしまったのだ。
「フッフッフッ! 食べてしまったわね、ヘレン」
「えっ!?」
突然、笑い声を上げるナディーンお嬢様。とても微笑ましい仕草だと思った。
「私の分のケーキも食べるなんて、なんて子なの。この事をバラされたくなければ、私の言うことを聞いてもらうわよッ!」
「な、なんですって!?」
芝居がかった口調のお嬢様に、とりあえず合わせる。お嬢様に許可を頂いて食べたので問題ないと思うんだけどなぁ、という考えを表情には出さないように。
「ちょっと事情があって、私は今朝から色々と変わってしまったの。疑問に思うかもしれないけれど、今後は詮索しないでね」
「え、えっと、はい。わかりました」
やっぱり、何かあってナディーンお嬢様は変わられたようだ。本人から明かされるとは思わなくて、少し戸惑う。詮索してほしくないようなので、素直に指示に従う。今後、絶対に詮索しないと誓った。
「もし誰かに話したら、二度と魔法のケーキも作らないからね」
「そ、それだけは! 絶対に、お嬢様の事情を詮索なんてしませんッ!」
この味を知ってしまえば、もう忘れることなんて出来ない。食べられないなんて、絶望だった。だから絶対に詮索しない! 絶対に、また食べたいから。
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