第02話 時が戻って

「お嬢様。お目覚めの時間ですよ、ナディーンお嬢様」

「う、ううん……」


 優しい声が聞こえてきた。とても、懐かしい声だわ。私は、声の正体を見るために目を開けた。


 私は、ベッドの上で寝ていた。窓から朝の光が差し込んで眩しい。


「ヘレン?」

「はい。おはよう御座います、ナディーンお嬢様」

「あ、うん。おはよう」


 そして目の前には、若い頃のヘレンが立っていた。彼女の顔を見て泣きそうになるのを、グッと堪える。ずっと前に別れを済ませた彼女が生きている。それが、本当に嬉しい。


 子供の頃から身の回りの世話をしてくれて、王妃になった後も助けてくれていた。そんな彼女は30歳になって病気で亡くなってしまった。その頃の私は、まだ治療の魔法についての知識が足りていなかった。彼女の病気を治療してやれなかった。その事を、私はずっと後悔してきた。


 だけど、ヘレンが生きている。つまり、時間戻しの究極魔法は無事に成功したようだ。


「どうかしましたか?」

「い、いいえ。着替えます」

「はい。お手伝いしますね」


 ベッドから降りて、寝間着を脱ぐ。ヘレンが持ってきてくれた服に着替える。


 ヘレンに服を着せられながら、鏡で自分の姿をチェックする。長い金髪に、シワの無い顔。これが私か。随分と若い。手足も細くて、まだ成長途中の子供らしい身体。おそらく、12から13歳ぐらい。


 ということは、リカードと婚約はしている。けれど結婚していない、というような時期ね。この頃の私は、どうだったかしら。もう既に、彼のことを好きだったような記憶がある。


 今の私は、そんな気持ちは一切残っていないけれど。


 しかし、随分と肌触りの悪い服ね。かなり質の悪い布で出来た服だった。この頃はまだ、製布技術が発展していなかったのか。昔は大変だったと記憶しているけれど、覚えているよりもずっと大変そう。


 布の質だけで、こんなに技術の後退を実感してしまうなんて。まぁいいわ。


 しばらく我慢して、今の時代を暮らすしかないわよね。


「朝食を準備してあります。食堂に向かいましょう」

「えぇ」

「……ところで。今日のお嬢様は、随分と大人しいですね?」

「そ、そうかしら?」


 ヘレンに顔を覗き込まれて、身体がビクついてしまう。子供の頃の私は、どんな子だっただろうか。もう覚えていないわ。精神が一気に大人に変わってしまったので、不審に思われるのも無理はない。特にヘレンは、いつも身近に居てくれたから変化に気付いたのだろう。


 流石に、ずっと先の未来の私が魔法で時間を戻したなんて分からないだろうけど。

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