第3話 表
―――――――
「・・・ちゃん」
からだがゆれてる。
「にじ、ちゃん」
「!」
ぱっと目が覚めた。
「・・・あ、れ?」
起きたばかりなのに頭がさえている。
「おはよう」
目の前に、上下真っ白い服を着た人がいる。
「今日、早くここでなきゃいけないんでしょ?」
その人が上からのぞきこむように、言ってくる。
「あっ」
そうか、そうだった。あれ、ここはどこだっけ?
起きて、周りを見わたす。
周りには瓦礫なんて見当たらず、白い壁に囲まれた部屋の中にいる。そうだ、ここは病院だ。
空気がきれいだし、気温もちょうどいい。さっきいたとことは全然違う。
「じゃあ、帰るとき声かけてね」
看護師さんはそう言って、部屋から去っていった。
またあの夢・・・。
頭の中がこんがらがっている。妙に現実感がありすぎて、まだ夢の中にいるような気がする。
私の体よね?
腕を動かす。ちゃんと自分の意思で動く。肌をつねっても、痛みを感じる。
よかった。夢ならもっと楽しい夢を見たいものだわ。って、そんなことより、帰んなきゃいけないのよね。
ベッドから起きて、時計を見る。まだ、5時だ。本来学校に行く時間より2時間も早い。
外はまだ日が昇っておらず、あたりは真っ暗だ。
「ふあ」
なんだか寝た気がしない。また目をつぶれば寝てしまいそうだ。
でも、早く行かなきゃ。恵理の家に行かなきゃいけないし。
急いで着替え、部屋を後にする。
家に着いて、荷物をまとめたり、いろいろと準備を終えたのは7時。今やっと、電車から降りて、恵理の家まで歩いているところだ。恵理の家まで15分くらいあれば着く。
家では、お母さんが朝食を作って待っていてくれた。久々の家のごはんがとてもおいしく、あやうく食べ過ぎるところだった。
でも、だいぶやせちゃったから、ちょっとくらいいいわよね。
お母さんは私が久しぶりに帰ったのに、特にこれといった反応もなく、恵理の家に行っても迷惑をかけないでね、と言うだけだった。逆に、お父さんのほうが生き返ったばっかりで大丈夫かと心配してくれた。
ほんとそうよね。さっそく居候させるなんて、普通できないわよね。
日が昇り、徐々に町に人が出始めている。通勤者はみんな駅のほうへ早足で歩いていく。私は逆の方向へ歩いていく。
荷物が地味に重いわ。
大きめのショルダーバックに必要最低限の荷物を入れてきたけど、少しつらい。車で送ってくれてもいいのに、と、ちょっと心の中でつぶやく。
まぁ、しょうがないわ。ちょっと急がないと、恵理まで遅刻させちゃう。
歩くペースを上げる。
恵理の家まで途中大通りから小道を通り、閑静な住宅街に入る。そこに入ると、その名のとおり、車の通る音や、人の声一つしない。
静かね。
もうそろそろ、みんな家を出る時間なのに、全然人がいない。静かすぎて、自分の歩く足音しか聞こえない。と、その時、
―――ん・・・た。
「!?」
なにか聞こえた。
足を止める。
なにか、人の声のような、しかもすごく近くから・・・。
あたりを見わたす。でも、誰もいない。物音一つせず、しんと静まり返っている。
気のせい?
―――動けん。
「!」
はっきりと声が聞こえた。しかもすごく近くから。
―――ついに成功したのか?
あたりを見まわすが、やっぱり誰もいない。
いま思えば、昨日病院にいた時も、なにか幻聴のようなものが聞こえてたような。
今まで幻聴なんて聞こえたことなんてなかった。ケガのせいなのかもしれない。
―――だが、なぜ動けん?
男なのか女なのかよくわからない声。でも、きれいな声だ。
病院、行ったほうがいいのかな?
―――お前は誰だ?
次々と聞こえてくる。止まらない。
何度もキョロキョロと見まわすけど、人がいない。だけど、なんとなく耳元でささやかれているように聞こえる。
なん、なの?
だんだん気持ち悪くなってきた。
どうしちゃったの私?
あの火事のとき、頭も打ったのかもしれない。
―――聞こえているのか?
「っ!」
私に話しかけているような声だった。
「なっ・・・なんな、の?」
気持ち悪くなり、その場から走り出す。
なんなのよ!
住宅街から大通りへ出る。
「はぁ、はぁ」
あたりにはさっきと違い、通行人がいる。
もう、ここまでくれば大丈夫でしょ。
ひざに手をつき、一息つく。
―――聞こえてないのか?
「!」
いったいどこから!?
後ろを振り向く。誰もいない。追いかけられている気配はない。でも、すぐ近くから聞こえる。
まるで頭から流れてくるかのように。
―――ここだ。
どこからなの!?
「ねぇ、あなた」
「!」
また後ろにふりむく。
「大丈夫?」
知らないおばさんが心配そうな顔で話しかけてきた。
「声、聞こえないですか?」
「はっ?」
―――わからないのか?
「ほら、今も聞こえた」
おばさんはますます心配そうな表情になる。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
心配するおばさんを後にし、また走りだす。
私だけにしか聞こえないの?
曲がり角をまがり、誰かの家の塀にもたれかかる。誰かに見られてるような気がして怖い。
「はぁっ、はぁっ!」
さっきから何度もまわりを見てるのに、幽霊なの!?。
汗がしたたり落ちる。恐怖心で、立っていられなくなりそう。
―――目で探したって無駄だ。
この声は、やはり私に話しかけてきている。
「どこにいるのよ!?」
思い切って、空に向かって叫ぶ私。
―――まだ気づかないのか?俺はここだ。
私の声が聞こえいるみたい。
「だからどこなのよ?さっさと出てきなさいよ!」
ビクビクしながら言う。実際に出てこられても、今の私じゃなにもできない。
―――出て行けるのであれば、とっくに出て行ってる。
どいゆうこと、なんなのよ?
―――俺は、お前の頭の中にいるようだ。
は?
意味が分からない。
私の、頭の中?
そっと頭を触ってみる。
「ふ、ふざけないで、出てきなさい!」
―――ふざけてなどいない。お前の頭の中だ。いい加減分かれ。
「頭の中に入れるわけないじゃない!」
―――物分りの悪いやつだ。まぁ、信じないのなら、そうしているがいい。
「えっ?」
急に、ぱったりと声が聞こえなくなった。今までのがウソだったかのように。聞こえるのは風の音と小鳥の鳴き声だけ。
私の頭の中、一体?
返事がない。
幽霊にとりつかれちゃったとでもいうの?
寒気がしてきた。でも、声がはっきりと聞こえて、会話ができていたことは事実だった。
急に緊張がとけ、疲れがどっときた。
「もう・・・なんなのよ」
バッグを地面におろす。
やっぱり、無事じゃなかったのかしら、病院行ったほうがいいのかしら?
と、腕時計を見ると、7時半すぎになっていた。
「いけない。こんなことしてる時間なんてなかったわ。急がなきゃ!」
荷物を持ち上げてふらふらと、走りだす。
「―――はっ、はっ、はっ!」
全力疾走で恵理の家に向かって走る。もう恵理の家は、家と家の間から少し見える。一戸建てでちょっとした庭がついている。庭は手入れがされていて、いつ来てもきれいだ。
恵理、怒ってるだろうな。なんて謝ろう?
走りながらため息をつく。心身ともに疲れきっている。いい言い訳を探すけど、どれも信じてくれないと思う。
あとちょっと!
と、ラストスパートをかけた時、
「恵理!」
遠くから手を振る女の子の姿。家の前に立っている。
「あっ、やっぱり遅刻してきた」
急いで恵理のもとへ行く。
「ごめん!」
すぐに頭を下げて、全力で謝る。
「良かった、ちゃんと来れて。心配しちゃった」
相変わらずの笑顔の恵理。
「ごめん、ね・・・とちゅう、ハプニング、が」
中腰になって、呼吸をととのえながら言う。声を出すだけで、苦しい。
「いいのよ。それに今日は遅刻してもいいようにしたから」
ポンと私の肩をたたく恵理。
えっ?
「それより、大丈夫?また死んじゃいそうだよ」
恵理が心配そうな顔で言ってくる。
「どいゆう、こと?」
「まぁいいから、とりあえず家に入って荷物置いて」
と言って、家の中に入っていく恵理。
どうなっているのかわからないまま、恵理についていく。
「おじゃまします」
玄関から言うが、人の気配がしない。
「お母さんは今仕事に行っちゃってるから、誰もいないわ」
「おばさん、仕事してるの?」
「あれ、知らなかったっけ?近くのデパートでパートやってるの」
「そうだったんだ」
たぶん一度聞いたような気もするけど、覚えてない。
玄関を上がり、荷物をリビングのはじっこに置く。
「ふう」
あー重かった。
やっと解放された気分。
「ちょっと座って待ってて、いま飲みのもの入れるから」
と恵理は台所に行ってしまった。
学校、大丈夫なのかな?
時計を見るともう、2限目が始まっている時間。恵理は急ぐ様子がない。
私は黙っていすに座る。
まぁ、恵理のことだから無断ってことはないでしょ。
恵理は今まで学校を休んだり、遅刻もしたことがない。そして、クラスで生成期優秀でみんなから頼りにされる学級委員さんだ。だから、そんな優等生が無断で遅刻なんてしようものなら、学校から電話がかかってくるに違いない。
「おまたせ」
コーヒーを二つ、テーブルに置く恵理。
「ありがとう」
恵理は私の向かい側の席に座り、
「あと三十分はゆっくりできるわね」
上にある時計を見ながら、そうつぶやいた。
「ん?」
「今日はね、虹の学校復帰があるから、一時間目は休む許可をもらったの。だから、もうちょっとゆっくりできるわ」
「そいゆうことなのね。でも、よくそんなことで許可くれたわね?」
コーヒーをすする恵理。
「うん。虹は何ヶ月も休んでたんだから、新しいクラスの教室とか、いろいろサポートしないといけないだろうからね」
そうだ、もう以前のクラスとは違う。学年が変わったんだ。
まだ2年生の気分だった。
「ありがとう恵理、でも、いいの恵理?今まで無遅刻無欠席だったのに」
「ふふっ、そんなのいいに決まっているじゃない。それに今回のはちゃんと許可得ているから、遅刻にカウントされないわよ」
笑顔でコーヒーをすする恵理。
「ありがと」
本当に良い友達を持ったと、心から思った。
「虹、髪伸びたね」
「そう、ロングヘアーになっちゃった。変かな?」
ケガする前からずっと髪を切ってないから、いつのまにかロングヘアーになってしまった。前までショートカットだったのに。
「ううん」首をふる恵理。「その髪型も好きだな。みんな、誰だかわかんないかも」
「そう?ありがとう。じゃあこのままでいこうかしら」
恵理がそう言うのなら間違いないわね。
「教室入ったら、みんなびっくりするわよ」
「まぁ、いろんな意味でびっくりするわね」
まず生きていたことにもびっくりするだろうけど。
「でもよかった、虹が生きてて」
「心配かけたわね」
なにから何まで恵理には申し訳ない。
「ほんと心配したわ。病院では言えなかったけど、すごい大ケガしてたのよ。生きているのかもわかんなかったし、ケガが治ったとしても、後遺症が残るんじゃないかって思ったわ。今こうして平然としているのが、まだ考えられないわよ」
恵理が、真顔で言ってくる。
みんなそう言ってくるけど、恵理が言うと、本当にすごい状態だった感じがする。
「私もまだ信じられないわ。ほかの人からはよく生きていたねと、言われるけど」
「そうよね。虹は覚えていないもんね」
「なんとなくしかね」
たまに記憶の破片が頭をよぎるくらいだ。
「まぁ、今となると、知らないほうがいいのかも。けっこうひどかったもの」
「そうね。でも、あの時なにかひっかかるのよね。なんていうか、なにかあったような木がするけど思い出せないのよね」
「?」
恵理は首をかしげる。私も自分で言っていて、わからなくなってきた。
「まぁいいや、学校のほうはどう?」
「あ、またクラス一緒だったよ」
「本当に!?」
心の中でガッツボーズをする私。
「またよろしくね」
「こちらこそ。恵理が一緒だと心強いわ」
恵理はふふっ、と微笑む。
「また恵理は学級委員やっているの?」
「ううん」首をふる恵理。「今回は生徒会入ったの」
「生徒会!?」
出世したわね!
「うん。最終学年だし、最後にやってもいいかなと思ってね」
にこっと微笑む恵理。
「恵理。ほんとすごいわね。頭上がらないわ」
「そお?」
普通、そいゆうめんどくさいものは、みんなやりたがらないのに。
私なんて、いつも当たりさわりのない図書委員とか放送委員とかばっかりで、実際活動するのが数えられるくらいだ。
「それにしても虹。制服よく無事だったわね」
「うん。ちょうどクリーニングに出していたからね。私服はほぼ全滅だけどね」
「あ、じゃあ今日帰りに買い物いこっか?」
「いいの?助かるわ」
これで週末も制服を着ずにすみそう。
「さて、そろそろ行こっか」
恵理が立ち上がる。
「うん」
「まず学校着いたら、職員室よって、先生に会わないとね」
「おっけー」
私も立ち上がる。ちょっと休んだから、さっき走った疲れはもうなくなっている。
んーひさびさの学校ね。ついていけるかしら?
「・・・福原虹です。よろしくおねがいします」
ぺこっと、頭を下げる。
しんと静まりかえったなか、黒板の前に立ち、自己紹介をする。
転校生じゃないのに、やんなきゃだめなの?
みんなが私を見てる。よく見ると、半分くらいが前のクラスにいた人だ。
「みんなよろしくな。彼女はちょっといろいろとあって学校をずっと休んでたんだ。だから、わかんないことがあったら教えてやってくれ」
うちの担任がみんなに向かって言う。担任も前と一緒だ。中年でちょっとおなかが出た男性で、国語の先生だ。基本的にゆるい先生だから、私はけっこう好きな先生だ。
まぁ、わからないことっていっても、もう3年だから大丈夫だと思うけどね。
ちらっとはじっこの席にいる恵理を見ると、ニコニコと暖かい視線をこっちに送ってくれている。
「じゃあ、あそこの席に座ってくれ」
担任は恵理とは逆の席を指さした。窓側の真ん中の席だ。
おっ、はじっこなんだ。恵理の近くじゃないのが残念ね。
席に向かう途中、
「―――あの人・・・」
「ほら、例の人―――」
「やっぱ、そうだよ」
こそこそと、クラス内が少し騒がしくなった。それと同時に、さっきよりもさらに私への視線を感じる。
なんか、すごく見られてる気が・・・。
見まわしたい気もあったけど、怖いので知らぬふりして、席に着く。
緊張するわ。
席に着いて、まわりを見回してみると、いっせいに視線を私から担任へと向けた。
「?」
転校生とかって、こんな感じなのかしら?
「じゃあ、授業終わり」
そう言って、担任は教室を去っていった。ちょうど担任の授業だったため、最後に私の紹介をしたのだ。
「福原さん」
急に声をかけられる。
「ん?」
ふり向くと、後ろの席の人が話しかけてきた。知らない人だ。
「ずっと病気してたって本当なの?」
「病気、まぁ、そうね」
病気というか、ケガというか・・・。
「大変ね。もう大丈夫なの?生死をさまよってたって聞いたけど」
すごく心配そうな顔をして聞いてくる。この心配されている感じ、慣れてきた。
「そうね。なんだかよくわからないけど、もうこのとおり元気よ」
両手を挙げる私。
「本当だ。見ている感じだとケガした感じもないし。生死をさまよったってうわさもあったけど、うそだったみたいね」
彼女は首をかしげる。
「え?」
うわさ?
「放火魔に家を燃やされて、虹さんがそれに巻きこまれて、生死をさまようほどの重症を負ったって、うわさがあったのよ」
たんたんと語る彼女。
「え?」
放火魔?重症ってのは間違ってないけど・・・。
「よお虹。元気そうじゃないか」
今度は違う男子が話しかけてきた。前のクラスで一緒だった人だ。
「う、うん。心配してくれてありがと」
「やっぱうわさはうそだったみたいだな」
また違う男子がやってきた。
「そうね」
私を置き去りにして、話が進んでいっている。
「だいたい誰だよ、あんなうわさたてたやつ」
「石黒じゃなかったか?」
「ああ、そうかもな」
「おい、石黒!変なうわさ流すんじゃねぇよ」
3つ前の席にいる男子を呼ぶ。
「俺じゃねぇよ!」
と、石黒くんとやらが、怒りながらこっちにくる。確か石黒君は前のクラスで一緒だった。
「だいたい、お前ら。お前らだけで話進めてるんじゃねぇよ」
おっ、正論。
「虹、実際無事でよかったよ。一回お前が病院にいたところ見て、正直もうだめかと思ったし」
真剣なまなざしな石黒君。去年委員会くらいでしかあまり話す機会はなかったけど、優しい人だったのは覚えている。
なんか、愛の告白みたいな流れね。
「石黒君も、私の死にそうな姿見たのね」
「ああ、見てられないくらいボロボロだった。今こうしているのが信じられねぇよ」
「私もよ」
みんな同じこと言うわね。
「死にそうだったのは本当だったんだな」
石黒君を呼んだ男子が言う。
「じゃあ放火魔のうわさも本当だったんじゃない?」
また周りが盛り上がり始める。
「おいおい、本人の前で縁起でもない話するなよ」
石黒君が話を止めようとする。
「じゃあ、お前は変なうわさ流すなよ」
「俺じゃねぇっていってるだろ」
石黒君と、もう一人の男子の間にピリピリとした空気が流れる。
「おいおい、お前ら、人の席の周りでケンカはやめてくれ」
あれっ?どっかで聞いた声。
声の主は、ピリピリとした空気を引き裂くかのように、二人の間から姿を現した。
「福原。久しぶりだな」片手を挙げてあいさつしてくる。「さっそくモテモテだな」
「良一?」
彼は木村良一、茶髪ではりねずみみたいなつんつん頭の男の子。彼は不良っぽいけど、根はいい人・・・だと思う。
良一は口論している二人を押しのけ、席に着く。
「またクラス同じ・・・って、席となりなの?」
「なんだよ、その嫌そうな顔は?」
「もともとこいゆう顔なのよ。失礼ね」
良一がとなりだと、たまに授業中にちょっかい出してきて、めんどくさいのよね。
「失礼したな。ったく、相変わらずだな」
そう言って、かばんから取り出した週刊少年誌を読み始める。
あんたも相変わらずやんちゃね。
良一はこんな感じだけど、争いごとは好まないため、先生たちからもギリギリで目をつけられていない。
いや、今思うと注意しても聞かないから、あきれられているのかしら?
気づいたら、回りにいた男子たちが消えていた。
良一のおかげかしら?
「福原さん、ごめんね」
後ろの席の女子が言ってきた。
「いいのよ。でも、放火魔って、何?」
「最近までニュースになってたんだけど。知らない?」
「うん。ずっとテレビとかも見てなかったから」
ニュースなんてかれこれ4ヶ月見ていない。私の最新のニュースは年末で止まっている。
「最近この町で、何件も被害が出てて、幸いまだ死者はでてないけど、犯人はまだ捕まっていないの。今、警察が必死になって探しているとこよ」
「そうなの!?」
私が寝ている間に大変なことが起こっていた。
「こんな平和な町なのに・・・」
生まれて初めてこんなに身近で事件が起きていて、信じられない。
「どのくらい、被害にあっているの?」
「たとえば近くだと、市民公園の近くの家とか、空き地のとなりの家とか・・・」
「えっ、本当に!?」
聞いていると、ほとんど私の知っている場所だ。それほど身近な場所だ。
「ほんとここらへんでしょ?だからまた、近くで放火があってもおかしくないのよ」
彼女は顔をしかめて言う。そのとおりだと思う。完全に人事じゃない。いつまた事件が起きてもおかしくない。
「私が寝ている間、大変なことが起きていたのね」
浦島太郎状態だわ。
「だから、福原さんの家が火災にあったって聞いて、放火魔の仕業だってうわさが流れたのよ」
「なるほどね。それはそう思われるわね」
そう言いつつ、あの時のことを思い出そうとする。
なんで、燃えちゃったんだっけ、火の消し忘れだったんだっけ?
やっぱり思い出そうとしても、思い出せない。
「早く犯人捕まらないかな。部活もまともにできないのよね」
「部活も?」
「うん。6時までにはみんな帰らなきゃいけないの。だから、部活もちょっとしかできないの」
「そうなんだ」
と言っても、私は部活に入ってないから、あまり関係ないわね。
「ごめんね。大変なことがあったのに、うわさに振り回されちゃって」
「いいのよ。それより、あの、名前なんていうの?」
「あっ、私、田中幸子。よろしくね」
いまさらと言う感じだったけど、あいさつする。
「よろしくね」
軽く頭を下げる私。
「授業始めるよ」4限目の先生が来た。「チャイムはもう鳴り終わってるよ」
いつの間にかチャイムが鳴っていたらしい。となりの良一も、マンガをかばんにしまっている。
ん、あんな先生いたっけ?
スーツをビシッときめてて、ちょっと長い髪もきっちりきれいに整えてある。結構若く、見た感じは30代前半だ。ほかにも若い先生はいるけど、不思議な雰囲気があって、気軽に話しかけられる感じではない。あんな先生、この学校にいた感じがしない。
「ねぇ、だれだっけ?あの先生」
さっそく、後ろの席の田中さんに聞いてみる。
すると、田中さんははちょっと頬を赤くして、
「最近来たのよ、あの先生」
「最近?」
「政治経済の先生よ。イケメンじゃない?」
そっか、4月だし、人の入れ替えもあったのね。
「・・・うん。たしかにイケメンね」
これは女子に人気ありそう。
「うわさによると、独身みたいなのよ。だからみんなこっそりと、ねらっているのかも」
なるほど・・・んー、私はあんまりタイプではないわ。
女子にうけるオーラがぷんぷん出てる。実際見まわしてみると、女子のほとんどがみんな先生を注視している。
「なんだ、おまえもあの先生にほれたか?」
良一がニヤニヤしながら言ってくる。
「そんなわけないでしょ」
「そうだよな。お前が男に興味なんか持つわけねぇもんな」
「うるさいわね。まったくこれだからあんたのとなりの席は嫌だわ」
私だって、興味くらいはあるわよ・・・まったく。
先生はうるさくしている私たちをチラッと見るが、何も言わず、たんたんと授業を始めた。
「昨日の続きから」教科書をめくる。「経済と環境問題についてだね」
私も教科書をめくる。
「ん?」
そこには経済と、環境についての関係をびっしりと文字で説明されていた。
政治・経済なのに、環境のことなんかやるんだ。
心の中でとうなずくが、文字の多さにやる気が削がれる。
これは、まず起きていられるかどうかね。
寝ないように覚悟し、授業に望む。
先生が黒板に「環境問題」と板書した。
環境問題というと何を想像する?
・・・そうだね。いろいろとあるね。けど一番よく耳にするのは地球温暖化ではないでしょうか。ただ、よく聞くけど、どんな影響があるのかって、考えたことあるでしょうか。
教科書開きましょう。197ページ。
先生に言われた通り、教科書を開いてみる。
”経済活動が活発になった結果、化石燃料の大量消費が大気中の二酸化炭素など温室効果ガスを増やし、それが地球温暖化をもたらしています。地球温暖化は1990年代以降、重要な問題になっています。温暖化によって気候が変動して生態系が変わるだけでなく、海面上昇を起こし、世界各地の低地が水没するといわれています。このほか、水資源の減少、洪水や暴風雨による被害の増加、熱波・干ばつ・感染症による病気の増加などがあります。”
産業革命で大量生産ができるようになり、モノを大量消費できるようになった。それにより我々の生活が豊かになった代わりに、大量に廃棄や有限である資源をどんどん使ってしまっているんだ。
では、環境にやさしくするため、工場を止めてみるかい。そんなことをしたら、すぐにモノがなくなってがモノの値段がいっきに上がる。身の回りの物ほとんどがそうだ。例えば、みんなが使っている鉛筆、衣服や靴、お弁当の冷凍食品だってそうだ。お小遣いがそのままでほしい物が買えなくなってしまうのは嫌だろう。
ちょっとうつらうつらしてきた。
いけない、いけない。あともうちょっとなんだからがんばんなきゃ。
背伸びをして、眠気をなんとか解消しようとする。
周りを見てみるとクラスの半分くらいの人が隠れて違う教科の勉強をしている。
教科書のカバーをすりかえて英語をやってたり、ある人は隠さずにに、机の上に出してあきらかに違う教科をやってる。
みんな受験勉強に向けてやっているのかしら?
政治・経済は受験ではあまり使われない教科だったはず。だから、みんなこの時間を受験勉強に当てているのだと思う。
ちょっと先生かわいそう。といっても、私も眠気とたたかっているだけだけど。
となりの良一くんは、もちろん寝ている。気持ちよさそうに。
とはいえ、こいつと同じにならないようがんばんなきゃ。
では温暖化のメカニズムについて説明します。
太陽の光によって地球が温められている一方、この暖められた熱を宇宙空間に放出しているんだ。しかし、二酸化炭素などの温室効果ガスの濃度が上がるとその熱が宇宙空間に放出しにくくなってしまうんだ。ただ、温室効果ガスがないと地球の気温がマイナスになってしまうから、決して悪ではない。ある程度は必要なんだ。
では、二酸化炭素を減らしたいとなるが、それにはエネルギー問題が出てくるんだ。生活に必要なエネルギーである、石油・石炭・天然ガスこれを消費することで二酸化炭素を排出する。例えば今教室で使っている電気、これだって火力発電で作られた電気を使っているから、実質二酸化炭素を排出していることになる。もっと身近だと車を思い浮かべるよね。けど、もっと身近だと冷暖房器具。暑ければ冷房を使うし、寒ければ暖房を使う。我慢して使わないなんて難しいよね。だから、エネルギーを消費しない生活なんて今ではあり得ない話なんだ。
では、二酸化炭素を出さずにエネルギーを作ればよいと思うかもしれないが、どれもメリットデメリットがある。特に原子力発電は二酸化炭素を排出しない代わりに、放射性廃棄物の処分の問題や事故が起きた場合の被害は甚大だ。ある国では事故が起きてしまい、ずっとそこに人が住めなくなったし、風に乗って放射性物質が飛ばされていってしまったりと、その国だけの問題だけじゃなくなってしまうんだ。ということもあったけど、ほかのある国ではメリットだけを見て原子力メインでやっているところもあるけどね。事故がないことだけを祈るしかない。この国では火力がメインだが頼りすぎてはいけない。火力に必要な石油だって限りある資源だし、ずっと輸入できるかわかならい。ほかにエネルギーを作れないかな。
そう。ソーラーパネルとか最近では普及してきているよね。太陽光をエネルギーに変えているね。天気に左右されて多くは作れないけど、二酸化炭素を排出せずに作れる。ほかに水力や風力などまだまだ多くはないけど、増えては来ているね。ただ、そうやって新しい技術が出てくるのは喜ばしいことだけど、既得権益がなくなることを恐れる可能性もある。今後その辺も踏まえて、この国のエネルギー政策も気になるところだね。
「おつかれー、虹」
「おつかれー、ってなにこれ?」
私の机に缶ジュースを置く恵理。
「プレゼント。退院祝いの」
「そんないいのに。いろいろと助けてもらってんだから」
「まぁ、細かいことは気にしない」
ポンと私の肩をたたく恵理。
「ありがと」
礼を言って、ジュースを飲む。ひさびさに味のついた水を飲んだせいか、とてもおいしく感じる。
「おいしー!」
「よかった」
にこっと笑う恵理。
今は放課後。みんなもう帰りの仕度をしていたり、早い人はもう部活へ行っていたりしている。
私はひさびさの授業で疲れて動けないでいた。
「もう授業全然ついていけなかったわ。ほとんどチンプンカンプン」
「しょうがないわよね。ずっと休んでいたんだから」
恵理がはげましてくれる。
「それにしても、みんな受験意識しているのね。授業中、ほかの教科の勉強している人いっぱいいたわ」
「そうなの?知らなかったわ」
恵理は初めて聞いた、という顔をしている。
さすが恵理。きっと授業に集中してて、気づいてなかったのね。
「そういえば虹。進路決めないとね」
恵理が急に痛いところをついてきた。
「うっ、そうね・・・」
恵理に言われるときついわね。
「進路次第によっては、みんなと一緒で勉強がんばんないといけないからね」
「みんなもやっぱ大学へ行くのかしら?」
「私の知っているところでは、ほとんどは大学へ行く感じみたいね」
「みたいだな」
「わっ、良一!」
急に横から割りこんできた。
「よー。放課後なのに、なに黄昏てんだ」
私の机に腰かける良一。それによって私はちょっと後ろにさがる。
じゃまね。
「虹がひさびさの現実世界で、疲れちゃってね」
「ははは!もともとひ弱なのに、もっとひ弱になっちまったか」
良一がバカにしてくる。
「くっ、そんなことないわよ!」
「はいはい」
無視する良一。
「またテニスであんたをボッコボコにするくらいの力は残ってるんだから」
「おおっ、言うねぇ。じゃあこれから勝負しようじゃないか!」
びしっと私に指差してくる。
「望むところと言いたいけど、これから恵理と買い物行かなきゃいけないの」
恵理がうんうんとうなづいている。
「ちっ、じゃあまた今度だな」
舌打ちする良一。
「そうね」
まぁ、そんなの別にやらなくてもいいんだけどね。
良一はこんなやつだけど、テニス部の部長をやっていて、実力も県で1,2を争うくらいの力を持っている。私も中学のときテニスをやっていて、高校でもたまに遊びとしてテニス部に交じってやっている。実力は自分でいうのもなんだけど、なぜか良一と対等に戦えている。そこまで強いわけじゃないんだけど。だから、良一はいつもヒマができると、私に勝負を申し込んでくる。勝敗はいつも五分五分くらいで、いつも勝負が何時間もかかって、次の日二人ともクタクタで動けなくなってしまう。
「良一君はもう進路決まったの?」
恵理が聞く。
「おう、もちろん」
良一は自信満々に答える。
「どうするの?」
「もちろん大学へ行くぜ。スポーツ学科のところにな」
ぐっと親指をたてて言ってくる。
「えー!」
私と恵理は思わず声を出して驚いてしまった。
「ほ、ほんとに?」
「ああ。もちろんだ」
む、無理よ。勉強からっきしの良一じゃあ・・・。
「どこらへんの大学ねらっているの?」
「そりゃーまだ細かいところは決まってないけどな」
良一はどうにかなるだろ、と笑顔で言う。
「そうなんだ。でも、ちゃんと決めてるって、良一君にしてはすごいね」
「そうだろ。って、俺にしてはってどういゆうことだよ!?」
ワンテンポ遅れて気づく良一。恵理はくすくす笑っている。
恵理、すらっとすごいこと言うわよね。
と思いつつも、私も笑ってしまう。
「市村たちは決まってんのか?」
良一が聞いてくる。
「私はもちろん決まっているわ。大学もね。細かく聞きたい?」
恵理がにこっと良一に向かって言う。
「あ、それはいい。どうせすげぇところってのは分かっているから。福原はどうなんだ?」
くっ、私に聞いてくるのね。
「私は、まだよ。だっていままでずっと病院にいたんだから」
心の中では良一に何か負けた気がして悔しい。
「そうだよな。お前はこれからだろうな。まぁ、がんばれよ」
私の肩をポンとたたく良一。なんとなく屈辱に感じる。
「ありがとね。あなたは勉強がんばってね」
「ああ。じゃあ、またな。勝負忘れんなよ」
そう言って、良一は手を振りながら教室を出て行った。
「意外ね」
思わず口から言葉がもれる。
「そうね。良一君も意外としっかりしているところあるのね」
恵理が感心している。
「私も負けていられないわね」
「がんばってね、虹。勝ち負けはないけど」
「うん。それじゃあ、そろそろ買い物行こっか」
恵理はうなづいて立ち上がる。
「私もなにか買っちゃおうかなー」
「いいね。私選んであげるよ」
私もかばんをもって、一緒に教室をあとにする。
買い物を終えて、家に着いたのは7時半。もう日が落ちて周りは真っ暗。恵理にいろいろと案内されて、私の知らない店にもつれてってくれた。おかげで当分は服に困りそうにない。恵理もいいものが買えて満足している。買い物中、なんのとりとめもない話をした。学校のこと、友達のこと、たまに先生の悪口、とにかくいろいろ。ずっと眠ってたせいか、なんかすごくなつかしく、楽しかった。帰り道も話していると、あっという間だった。
「ただいま」
恵理はそう言って、自然と玄関を上がる。
「・・・おじゃまします」
私はぎこちなく靴をそろえて、玄関を上がる。
ただいまは、やっぱためらいがあるわ。
「虹。そんな遠慮することないのに」
「そうよ。虹ちゃん、ただいまでいいわよ」
おばさんが奥から出てきた。
「あ、こんばんわ」
会釈する私。
「元気そうでなによりだわ。これからよろしくね」
おばさんが笑顔で言ってくる。どこか恵理に似ている。
「こちらこそよろしくお願いします」
さっきよりも深々と頭を下げる。
「さて、そしたらこれからは遠慮なしよ。私は娘のように接するからね」
覚悟しなさい、という感じで言ってくるおばさん。
「はい!わかりました」
これからは一緒だから、遠慮せず、本当に家族みたいに接していけたらいいな。
「私は妹のように扱ってあげる」
恵理も、同じような感じで言ってくる。やっぱり親子だ。
「恵理。かわいい妹じゃないけど、よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げる私。
「ふふっ、厳しい姉だけど、よろしくね」
恵理も頭を下げる。
「さっそくだけど」おばさんが言う。「おかえり、虹」
にこっと微笑むおばさん。
「ただいま」
と、私も微笑んで言った。
いいな、この感じ。
「よし。じゃあもう少ししたらご飯だからね」
合格、と言わんばかりの感じで、おばさんは台所へ戻っていった。
「さっ、部屋に案内するね」
恵理が中へと進んでいく。
「うん」
私の部屋は、二階の恵理のとなりだ。もともとはお客さんが来たときの寝室として使っていたようだ。部屋の中はとてもシンプルで、ベッドと机、あとタンスと本棚がちょっとあるくらいだ。
「汚くてごめんね。いちおう掃除はしたんだけど」
「ううん。全然汚くなんてないわよ。私の部屋よりずっときれい」
お世辞じゃなくて、本当にきれいだ。机の上にはほこり一つないし、物もきっちりと整理されている。
「ありがと。じゃあそろそろご飯だから、また下にきてね」
「うん。ありがと」
恵理は自分の部屋へ戻っていった。
「さて」
夕飯の前に、持ってきたものを片付ける。と言っても、服とか小物くらいしかないからすぐ終わると思う。
んーそれにしても広い部屋ね。
ぐるっと、見わたす。私の部屋より2畳くらい広い。物が少ないからよけい広く感じる。
これからここが私の部屋、か。
人の家なのに、自分の部屋。なんだか変な気分で、落ち着かない。まぁ、生活しているうちに慣れてくるだろうけど。
夕食を終えた後、お風呂に入った。
夕飯は何回か恵理の家で食事したことはあったけど、食事は緊張してあまり味がしなった。せっかくおばさんがおいしいものを作ってくれたのに。
お風呂から上がり、ベッドに横たわる。やっと一日が終わった。あとは眠るだけ。
どっと疲れがでてきた。もう起き上がれそうにない。
でも、一つやることが残っている。
あまり信じたくないけど、やらないと。
そっと頭にふれる。
「・・・聞こえてるんでしょ、私の声」
この部屋には私しかいない。恵理も自分の部屋にいる。だから私の声は私以外聞こえないはず。
でも・・・
―――なんだ?
どこからともなく、私以外の声が聞こえる。もちろんまわりに人はいない。
聞こえる、はっきりと。
―――なにか用か?
「なにもないわ」
信じるしかないわね。
もうこれだけはっきりと声が聞こえるし、受け答えもできている。信じざるを得ない。
ごろんと、うつぶせになる。
―――そうか。だが、やっと信じてくれたようだな。
「うん。信じられないけどね」
―――そうだろうな。俺もまだ信じられん部分がある。
「あなたもそうなのね」
―――ああ。
俺っていうことは男性かしら。
―――俺は男でも女でもない。
「!」
えっ、今なんで私の思っていたことが?
―――どうやら、お前が心の中で思ったことも俺に聞こえてしまうようだ。
「えっ!」
なんだか丸裸にされた気分。
―――すまないが、どうしてもこっちまで流れてきてしまう。
「うー。なんか嫌だ」
ずっと監視されている感じじゃない。
―――こっちも好きでここにいるわけではない。
そうなの?
「っていうか、あなたはいったいなんなの?」
姿が見えないから、どんな人なのかも想像できない。
―――さぁな。お前らが言う幽霊ってやつなのかもな。
「幽霊!?」
バッと、枕から顔を上げる。目も覚めた。
私呪われちゃったの!?
血の気が引いてきた。
ちょっとあなた、すぐ私の中から出て行って!
―――出て行けるんであれば、とっくに出て行っている。
悪霊だったらどうしようと、頭の中でぐるぐると考えが回っている。もともと幽霊とかそいゆう話は苦手。
私をどうするつもりなの、殺すつもりなの!?
―――まぁ、落ち着け。俺はなにもするつもりはないし、第一なにもできん。
うそ・・・幽霊なら私を事故に見せかけて殺したりとかするんじゃないの?
―――よくわからんが、俺はお前の頭の中にいるだけで、あんたが見ていることしか見えないし、お前に話しかけることしかできない。お前を動かすなんてとうてい無理な話だ。
「ほんとうに?」
―――もし何かできるのであれば、もうやっている。
彼は、ため息をつくように言ってくる。
たしかに、私を動かせたなら、なにかやっているし、不可解なことが起こっているはず。
「でも、じゃあ、なにもできないのに、私にとりついてどうしたいの?」
―――さぁな。俺にもわからん。
「なにそれ?」
と、その時、
「虹」
コンコン、とドアをノックする音。
わっ、恵理!?
恵理の声だ。ドアの向こう側にいる。
声、聞こえちゃったのかな?
ドキドキしながらドアの近くへ行く。
「さっきから物音が聞こえるけど、大丈夫?」
―――恵理とかいう娘だな。
「う、うん。ちょっとやることがあってね」
たどたどしく答える。
あなたは黙ってて。
「そう。明日学校だから、あまり遅くならないようにね」
「うん、ありがとう恵理」
「いいのよ、じゃあまた明日」
「おやすみ」
そう言うと、恵理はスタスタと足音を立てて、部屋へと帰って行った。
「ふう」
ため息をつく。
ごめんね、恵理。
またベッドで横になる。
―――俺の声はお前以外には聞こえていないようだ。
そうね。朝、ほかの人には聞こえてなかったわ。聞こえるのは私だけ。
―――話し相手はお前だけのようだな。ところでお前こそ何者なんだ?
「私?」
―――ああ。変な服を着て、勉強をしに行っていたようだが。
そりゃ、学生だからね。決められた制服を着て、行かなきゃいけないからね。
―――学生、聞いたことがあるな。毎日つまらぬことを勉強しにいくのか?
彼は本当に何も知らないみたい。
まぁ、つまらないって言っちゃ失礼だけど、休みの日以外は行かなきゃいけないわ。
―――大変だな。それがお前らの使命なんだな。
使命、まぁそんな感じかしら。
―――そうか。
あなたはどこから来たのかもしらないの?
―――わからん。気づいたらお前の頭の中だ。
そう。なにも覚えていないの?
―――そうだな。ただ一つ言える事は、俺がここにいるということは、何かわけがあることだ。誰かによばれたか、または何かやらなければならないことができたからもしれん。
「なにそれ?」
彼の言っている意味がよくわからない。
―――まぁ、いずれわかる。
よくわからないけど、そろそろ寝るわ。
―――わかった。
彼がそう言うと、ぴたっと声がしなくなった。今までのがウソだったかのように。
参考資料
林敏彦、中学社会公民的分野:日本文教出版
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