第3話 裏
「な、なぁ、大丈夫?クラス長やってて」
トスカが話しかけてくる。
初めてクラスの人が話しかけてきた。隣の席にいる影の薄いやつだ。
「ああ。やるしかないからな」
俺はそっけなく返す。
「ひどいよな。違う地域から来ただけなのに」
トスカは息を大きくつく。
「仕方ないさ。お前も俺にかかわると良いことないぞ」
想真はトスカの方を見ずに言う。
「関係ないさ。俺も同じような感じだし」
トスカは周りを見渡す。彼も周りを見る。誰も気にしていないようだ。
「・・・なんでお前もハブられてんだ?」
トスカの方へ顔を向ける彼。
「さぁね。元々コミュニケーションが下手で、あまり友達も多くないからね」
「なら、俺とかかわるとできる友達もできなくなるぞ」
「そうかもね。でも、そんなので友達ができなくなるなら、そんなもんいらない」
トスカはきっぱりと答える。彼も意外な答えで一瞬言葉を失う。
「意外とさっぱりとしているんだな」
「そうかな?」
トスカは首をかしげる。
「そうだよ」トスカの肩をポンと叩く。「影薄いやつだから、もっと根暗だと思ってた」
「お前も遠慮せず言うやつだな。ちょっとは言葉遣い気を付けないと俺みたいにハブられるぞ・・・って、もうハブられてんのか」
トスカはニカッと笑う。
「ははは、お互いな」
彼も笑う。転校して初めてだ。
「お前、名前なんだっけ?」
トスカが聞く。
「今までずっと隣にいたのに、知らなかったのかよ」
彼はありえないだろ、と言わんばかりの顔をする。
「誰もお前の名前呼ばないから分からないんだよ」
「ああ、確かに」
彼もそう言われて納得する。確かに転校して以来、先生にたまに名前を呼ばれるくらいだ。
「俺、想真っていうんだ」
―――――――ろ・・・・・・い
―――お・・、おき・・・い
―――?、声がする。あたりは真っ暗。
ねぇっ・・・・
・・・・誰だろ。何も見えない。女の人の声かな?
―――おき・・な
―――お母さんかな?
うっすらと目の前が明るくなった。
まぶしっ・・・。
手で光をさえぎる。完全には目を明けられない。
「ううっ」
徐々に目を開けていくが、まぶたが拒否している。
「おきなよ」
体が揺さぶられる。
「何時間寝てるのよ?」
女性の声だ。ちょっと怒っている口調ね。
「なん、だよ」
近くから寝ぼけた男性の声が聞こえる。まぶしさに目がだんだんと慣れてきた。
―――――――
「やっと起きた」
まだ目がぼんやりとしているが、前には若い女性がいる。
―――誰だろ。私の知らない人。。
「まったく。よく寝るわね」
若い女性が言ってくる。
―――そう?
「・・・悪い」
また男性の声。聞いたことがある声だ。
―――あれ?
「それにしても、ずいぶんうなされてたわよ」
―――声がでない。なんで?
目のかすみがとれてきた。隣にいる女性は私に話しかけているようで、そうでないような感じがする。
「・・・悪い夢を、見た」
―――誰、この人?
目の前がクリアになった。彼女はロングヘアーの黒髪で、きりっとした黒目をしている。年は私と同じくらいだと思う。でも、私の知っている人ではない。
「どんな夢?」
―――ここは?
「友人が、死ぬ夢だ」
どこかの穴というか、ほこらみたいな場所だ。あたりは砂だらけで、砂埃が舞っている。そんな中、ボロボロの布一枚の上で横たわっていて寝ていたようだ。
「トスカのこと?」
外からかすかに日が差して、彼女の顔を照らしている。
「ああ」
―――トスカ?どっかで聞いたことがある。
「まだ気にしてるの?」
彼女は声を落として聞いてくる。
「俺が・・・俺が、助けてやれたのに」
―――トスカって、まさか昨日の夢の?それにこの現実感、昨日と同じじゃない。
自分ではなにも動いたりできない。見ていることしかできない。
「あれはあなたのせいじゃない。自分を責めないで」
彼女は私の、いや彼の肩に手をのっけた。
―――ということは、昨日の夢の続きかしら?また彼にのりうつったみたい。
「わかってる。でも、あの時あいつを支えていた手の感覚がずっと残っていて、取れないんだ」
彼は右手をあげ、手のひらを目の前にかざす。
あいつはこの地域で初めての友達。
―――彼、あのとき、しかたがなかったのに。
そして、あいつのおかげでガーベラとも友達になれた。
自分の手を見たまま止まる彼。なんとなく、私にもあの時、彼の友人を支えた重みがよみがえってくる。
学校の生活が一気に変わった。俺を助けてくれた恩人だったのに・・・。
「想真」彼女がそっと彼の手を両手で包みこむ。「想真は悪くない。悪いのはあの災害よ。あれがなければ、こんなことにはならなかったわ」
彼女の手に力が入る。
「・・・ガーベラ」
―――ガーベラ、想真?彼らの名前かしら。
「つらいかもしれないけど、私たちは生きなきゃ。過去に縛られていても進めない。今をどうするか、どう生きるか。そうじゃない?」
さらに力が入る。
―――彼女もきっと友達や家族を失ったのであろうか。それでも前を向いてる。
その姿勢は私には到底まねできない。
「・・・そうだよな」
彼は少しの沈黙の後、口を開いた。
「ここでずっとくよくよしてるわけにもいかねぇな」
上半身を起こす。寝心地が悪かったせいか、背中が痛い。でも、体は休まっていて、心が軽い。
「トスカの分まで生きなきゃ」
起きたせいか、ガーベラの顔が良く見える。心なしか、彼女の目は赤く、泣いていたあとが見える。
―――ずっと泣いていたのかしら?
今度は彼が彼女の手をぎゅっとにぎる。
ガーベラは生きている。
「そうだ。俺たちはこんな中でも生きないとな。トスカに失礼だ」
トスカなら、彼女を守れって言うはずだ。そうだよな?
そして、彼は立ち上がる。
「そのほうがあなたらしいわ」
彼女も立ち上がって、にこっと微笑んだ。
「さて、そしたらここでぐずぐずしている場合じゃないな。前に進まないと」
「そうね」
彼は背伸びをして、外の様子を見る。外は車がひっくり返っていたり、横に倒れていたり、ビルの破片みたいなコンクリートがそこらじゅうに転がっている。一言で言うと、瓦礫の山だ。地面はコンクリートが身長以上より盛り上がっていたり、地割れで穴が開いていたりしていて、とても歩ける道じゃない。
―――この前とずいぶん風景が違うけど、あの大地震のせいなのかしら?それにしてはすごい
光景だわ。
「さて、生存者と食料を探すとするか」
「そうね。ここらへんはまだ被害が軽いほうだから、誰か助かってるかもね」
―――生存者?こんなところにいるのかしら。全然人の気配がしないけど。
「ああ。俺たちがいた場所より震源地がだいぶ離れているから、すこしはましだな」
外に出る彼。空気は昨日の夢よりもにごっている感じがする。
―――あれからどのくらい時間がたってるのかしら?
見た感じだと、一週間以上はたっている感じがする。
「あちいな。今日も」
太陽を見る。日差しが強く、まともに見たら目がおかしくなりそう。
「日傘がほしいわね」
「そうだな。どっかに落ちてねぇかな?」
周りを見る。つぶれた家の残骸、倒れた電信柱や木、遠くには船がビルに半分埋まるようにつっこんでいる後が見える。
―――船!?なんでこんなところに。もしかして津波もあったのかしら。
瓦礫の中を歩く彼ら。もちろんすんなりと歩けない。瓦礫をよけつつ、地割れに気をつけながらだ。
「日傘くらい落ちててもいいのにな」
「ほしいときに限ってないものよ」
と、ガーベラはたんたんと歩いていく。
―――わっ!なっ、あれって・・・。
瓦礫の中をよく見てみると、コンクリートの間から人の手や足、乾いた血の跡が見える。二人はそんな中をたんたんと歩いてる。
―――二人とも気づいてないの!?
いや、きっと見えている。でももう二人にとっては当たり前の光景になっているんだと思う。このにごった空気も、この死体達のせいなのかもしれない。
―――私ならもう、気絶しているわ・・・。
「ガーベラはあの時、家にいたんだっけ?」
「ええ。体調が悪くて休んでたわ。そのおかげで助かったんだけど」
そう言い、うつむく彼女。
「あの時、学校にいたら私もみんなと同じだったわ。運がいいと言えば、そうなんだけど、なんか複雑な気持ち」
―――やっぱり、他のクラスメイト達も・・・。
「家も高台のほうだから、お前はほんと偶然だったよな。うちだったら絶対に助かってないも
んな」
ガーベラはほんと運が良かった。トスカが守ってくれたみたいだ。
「んっ?」
と、彼が足を止め、指をさす。
「あの家。どうかな?」
指の先には、家みたいなのが見える。いまやほぼ面影もなく、骨組みが半分見えている。二階建てだけど、一階はほぼ土砂やら他の家の屋根やらで中がグシャグシャになっている。
「行ってみましょ」
方向を変え、家へ向かう。
―――こんなところにいるのかしら?
近くで見てみると、さらに悲惨な状態だった。一階はもう見るまでもなく、二階も部屋自体が傾いていて、家具とかもすべて倒れている。とても人がいるとは思えない。
「ちょっと見てくる」
そう言い、彼は家の前にある瓦礫の山に足をのせる。
―――行くの!?
「気をつけて」
瓦礫は二階近くまである。上っていけば割れた窓から中が見える。でも、瓦礫とはいえ、足場はとても不安定で、足場が崩れたり抜けたりする可能性がある。彼はそんなことおかまいなしにこれを上っていく気だ。
「よっと」
軽やかにバランスをとりながら、上っていく。足場がグラグラとゆれる。
―――大丈夫かしら?
ひやひやする私。映画でもこんな臨場感がある経験はできない。
「だれかいるかー!?」
窓の近くまで行き、彼が叫ぶ。
―――返答ないわね。
もっと近くに行こうとした瞬間、
ガララッ!
「っ!」
足場が崩れた。
「想真!」
―――危ない!
とっさに二階の窓にしがみつく。
「あぶね!」
ガラガラと瓦礫が崩れていく。さっきまであった足場が一瞬にして消えていた。
「ふぅ。間一髪だぜ」
あまり動じていない彼。何回もこんな経験をしていたからなのかもしれない。
―――心臓に悪いわ・・・。
足を窓に引っ掛け、中に入る。
「子供の部屋か?」
動物のぬいぐるみやランドセル、学習机などがある。中が傾いているせいで、端っこに机や棚が傾いて壁のほうに寄ってしまっている。床には本棚の物か、漫画や教科書が散らばっている。
「だれかいるかー!?」
口の横に手を立てて、大声を出す彼。でも、少したっても反応がない。
「いないか?」
かがんで部屋の中を移動する。少しでも滑ったりしたら、この家から落ちてしまうだろう。
―――すごい、よく怖くないわね。大丈夫かしら?
「おーい!」
廊下へと出る。隣に部屋があるが、中はもう半分破壊され、外の景色が見えている。
「いねぇのか?」
と、横を見てみると、もう一つドアがあった。彼は傾いた足場になんとかふんばり、ノブに手をかけ、まわす。
「わっ」
ドサッと大量の服が流れ落ちてきた。
「なんだこりゃ?」
あやうく服の滝に流されるところだった。
「服屋でもやってたのか?」
下を見ると、一階にほとんど落ちている。上を見ると、口を開けた棚がずらりと並んでいる。幸い棚は固定されていて、落ちてくる気配はない。
こりゃいねぇか・・・ん?
彼は道を引き返そうとした瞬間、足元に一枚の写真が落ちていた。慎重にひろいあげる。親子の写真だ。
「この家の家族か?」
写真には、まだ小学生くらいの二人の姉妹が両親と並んで写っている。二人とも笑顔でピースしている。
―――まだ幼い。二人の部屋のへやだったのね。
彼はもう一度下を見る。よく見ると、流れてきた服のほとんどが、子供の服だ。
彼の手に力が入り、写真が折れ曲がる。この服の量、それほど両親が子供たちのことを想っていたに違いない。私も心が苦しくなる。
―――悲惨すぎる・・・。
この家庭も一瞬にして不幸が襲ったに違いない。彼は来た道をまた慎重に戻っていく。
「想真。大丈夫だった?」
ガーベラがかけよって来る、心配してたみたい。
「ああ。収穫はなかった」彼はガーベラの心配をよそに、歩き始める。「行こう」
彼の手にはあの写真が握りしめてあった。
―――想真。
彼の心の中の感情が私に流れこんでくる。悔しさ、悲しみ、怒り、負の感情が渦巻いている。
「想真。無理しないでね」
ガーベラが彼の後を追う。
それから一時間くらい歩く。風景は相変わらず瓦礫だらけで、でこぼことした道だらけだ。
彼は背の高さと同じくらいの盛り上がった道路を乗り越え、彼女に手をさしのばす。
「ありがと」
彼の手をつかんで、乗り越える。
「おっ、道が開けてるな」
「そうね」
急に平坦で、瓦礫が少ない道になった。道路もなく、地割れも少ない。遠くにはビルなど大きな建物がなく、つぶれた民家がたくさん見える。
「都心部から離れてきたのかな?」
「そうね。ここらへんであれば、どこかに生存者が集まっているかもしれないわね」
私には本当にこの状況で生存者がいるのかどうか疑ってしまう。でも、彼らは疑う様子ない。
そう言いつつ、ゆっくりと歩き始める。二人ともまだ疲れていないみたい。
「あの日。大事な日だったんだけどな」
彼が思い出したかのように言う。
「そうね。せっかくの大事な日が台無しね」
彼女は具体的に聞くことなく、話をする。
「実はさ俺、楽しみでなかなか眠れなくて、それで遅刻しちまったんだよ」
笑う彼。
「さすが想真ね」
つられて笑う彼女。
「ほんと本番に弱いからな」
「期待を裏切らないわね」
広大な砂漠のような場所で、大きな声で笑う二人。なんだかすごくミスマッチ。
と、急に彼女は足を止めて、すっと顔をそむけた。
「ガーベラ?」
「ん」
「どうした?」
そっと彼女の顔を見る彼。
「ううん、ちょっと思い出しちゃった」
ガーベラは髪をかきあげながら言ってきた。
「ごめんね。さっき今を生きなきゃとか言ったけど、私もやっぱ弱いわね」
「ガーベラ」首を振る彼。「お前は強いよ。俺なんかよりずっとな。でも、強い人間でも時には弱くなる時だってある、そのときは一緒にがんばろうぜ」
彼はそっと、彼女の肩に手をのせる。
―――想真・・・心強い。。
「ありがとう」彼女はぐいっと背伸びをして「さて、こんなとこで暗くなってないで、さっさと行きましょ」
暗い雰囲気をふきとばす彼女。
「そうだな。いこうぜ」また歩き出す。「腹も減ったことだし」
「そうね。まずは食料と水は見つけたいところね」
「今日ずっと何も食ってないから腹ペコだ」
彼の空腹感が私にも伝わってくる。
「肉、くいてーなぁ・・・」
ぼそっとつぶやく彼。
「腐った肉ならあるかもね」
笑いながら言うガーベラ。
「いっそ腐っててもいいからくいてーなぁ」
「じゃあ、腐った肉探しましょっか」
「ああ」
また笑い合う二人。
―――なんだかんだで、いいコンビね。
二人で支えあっていて、これならどんなことがあってもやっていける感じがする。それがちょっとうらやましい。
「!」
と、急に二人とも話を止めて、立ち止まる。
「聞こえたか?」
「ええ。近いわね」
ガーベラは真剣な目つきをしている。きっと彼も同じような表情をしていると思う。
―――何かあったのかしら?私には聞こえなかったけど。
耳をすます二人。
「・・・・・・」
周りには何もない。風の音しか聞こえない。そんな中彼らは耳を傾ける。
「・・・ぅ」
風の音の中からかすかに違う音が聞こえた。
「聞こえた!」
「こっちか!?」
彼は右を向き、前方に見えるつぶれた民家へ走る。
「どこだー!?」
彼が大声を出す。
「・・・う・・け」
―――聞こえた!
やっと私にもしっかりと聞こえた。人の声だ。下のほうから聞こえる。
前に見えるのは崩れて折りたたまれたかのような木造の民家。人がいるとしたら、たぶんこの中だ。
「おい!だれかいるのか!?」
彼が民家に向かって大声をだす。
「・・たすけ・・」
聞こえる。やはり民家の中だ。弱々しい声で、だいぶ衰弱している感じだ。
「まってろ、今助けてやる!」
「想真、こっちよ!」
ガーベラがグチャグチャになった木の破片の隙間を見つけ、下からのぞきこんでいる。
想真も急いでガーベラのそばに行き、下からのぞきこむ。
「そこよ!」
ガーベラが指差す。
「いた!」
若い男性だ。うつ伏せで、こちらに向かって手を伸ばしている。意外と近く、手を伸ばせばつかめる距離だ。でも、よく見ると、彼の足に柱が乗っかっていて、出られなくなっている。
「想真、どうする?」
ガーベラが聞いてくる。
「まわりの邪魔な物をどけていこう!」
と言って、柱を指差す。
「そうね」
さっそく彼は機敏な動きで、木の破片を一つ一つつかんでは後ろに放り投げていく。ガーベラも作業にとりかかるが、やはりスピードは遅い。
「くっそ、意外と量が多いな」
どけてもどけても邪魔なものが出てくる。
「地道にやるしかないわ」
汗をぬぐいながら言うガーベラ。
「大丈夫だからな!」
想真が励ます。
「ありが、とう」
必死に答える彼。
―――二人じゃ無理よ!
本来ならレスキューとかを呼んで、大勢で助ける状況だ。でも、ほかに頼る人がいない今、二人でやるしかない。
「はぁ、はぁ・・・」
二人とも息があらくなる。
「よし、だんだん近づいてきたぞ!」
体部分まではなんとかどけられた。あとは足の上にある柱だけだ。
「くっ!」
想真が一人で持ち上げようとするが、びくともしない。
「私も手伝うわ」
「ああ」
ガーベラも加わる。
「いくぞ・・・せーの!」
掛け声をあわせて、ぐっと腕に力を入れる。
―――ううっ、私の腕まで痛いわ。
「ぐっ、ぬっ!」
想真の腕に限界以上の力が入る。少しづつだけど、持ち上がってきてる。
「よしっ、もうすこしだ!」
「うんっ!」
ガーベラもすごくつらそうな顔をしてる。
―――あともう少し!
柱がぎしぎしと音をならし、が胸のあたりまで持ち上がってきた。
―――やった!
「今だ!」
想真の合図と同時に、下敷きになっていた彼はよろよろと這っていく。
「早く!」
そう長くもちそうにない。だんだんと、柱を持つ手が落ちてくる。
「想真、わたし、もう・・・」
ガーベラの腕が下がってきた。
「がんばれ!」
想真が励ますが、彼ももう限界に来ている。
―――がんばって!
下敷きになっていた彼も衰弱しているのか、動くのが遅い。
「くそっ!」
想真の腕も下がってくる。
―――想真!
「もう・・・」
ドスンッ!
柱が地面に落ちる。砂埃が舞い、一瞬あたりが見えなくなる。
―――彼は!?
「ゴホッ、ゴホッ!」
砂を思い切り吸いこんでしまい、せきが止まらない。
「想真、大丈夫!?」
ガーベラの声が聞こえる。彼は返事ができない状態だが、
「ゴホッ、ゴホッ!」
大きくせきをして、ガーベラに無事を伝える。
だんだんと砂が薄くなっていく。
「あの人は無事!?」
今度は、もう一人のことを聞いてくる。
「わからない!」
なんとか声を出す。想真はまだ目をつぶったままだ。
「おい、大丈夫か!?」
想真は、問いかける。しかし、反応がない。
「くそっ!だめだったか」
力がぬけ、地面にひざまずく。
―――そんな・・・。
砂がはれてきた。想真はゆっくりと目を開ける。
「う、うう・・・」
「!」
目の前に、下敷きになっていた男が砂まみれで横たわっていた。
「大丈夫か!?」
足を見ると、柱は彼のつま先に触るか触らないかのギリギリのところに落ちていた。
「なんとか脱出できたみたいね」
ガーベラが様子を見に来た。
「ありが、とう・・・」
力をふり絞って言う彼。よく見ると彼は想真たちよりも少し年上で、大人っぽい雰囲気があり、大学生くらいのように見える。髪の毛と目の色が銀色で、スタイルも細身で身長も高く、とてもきれいな感じがする。でも、とても衰弱していて、頬も少しこけている。
「ガーベラ、水少しあったよな?あと、手当てするものも」
「ええ、ちょっと待って」
ガーベラがかばんの中から、ペットボトルを取り出し、彼に渡す。中身は半分くらいしかない。
「ちょっとしかないけど、飲んで」
渡した瞬間、彼はかぶりつくように口に流しこんでいく。
「おいおい、ゆっくりな」
と、想真が言った瞬間、
「ゴホッ、ゴホッ!」
むせこむ彼。その勢いで、彼は上半身を起こした。
「ははは、ずっと飲み食いしてなかったんだな」
「私たちもずっと飲み食いしてないけど、上には上がいるものね」
微笑みながら、彼の背中をなでるガーベラ。
「あんた、名前は?」
想真がそう聞くと、彼はペットボトルから口をはなす。
「コスモス。君たちは?」
―――変わった名前ね。
「俺は想真、こっちはガーベラ。俺たちたまたま生き残って、ほかに生き残りがいないか探してたとこなんだ」
「食料もね」
ガーベラがつけたす。
「そうなんだ。僕はここらへんの人間で、生き残りを探していたとこだったんだ。でも、探している途中で、柱が倒れてきてあの状態に・・・」
コスモスはさっきまでいた場所を見る。
「災難だったな。それで、誰か生き残りはいたのか?」
そう想真が聞くが、コスモスは無言で首を振る。
「そうか」
想真もうつむく。
「じゃあ私たちと一緒に、探しに行かない?」
暗い雰囲気になりかけた時、ガーベラがコスモスに言う。
「いいけど、邪魔にならないかな?」
「なるわけないでしょ。今まで想真と二人っきりだったから、むしろ気が楽になるわ」
笑いながら言うガーベラ。
「ちょっと待て、お前いつもそう思ってたのかよ!?」
ちょっとショックを受けている想真。
「うそうそ」
ポンと、想真の肩をたたくガーベラ。
「冗談きついぜ」
いつの間にか、また明るい雰囲気になっていた。
「ここにいても、もうしかたないから僕も君たちと一緒に行くよ」
コスモスが言う。
「おう、よろしくな」
そう言って、想真が手をだして握手する。
「さて、立てるか?」
想真は立ち上がり、またコスモスの手をかす。コスモスが立ち上がろうとするが、ガクッと一瞬膝がかくんと折れた。
「いてっ!」
「大丈夫か?」
コスモスが左の足首を押さえる。
「無理もないわ。柱にはさままってたんだから」
ガーベラが包帯をとりだす。骨折でなければよいが。コスモスを座らせて、足首に巻いていく。
「こんなものしかないけど、我慢してね」
「ありがと、ないよりかマシだよ」
巻き終わると、ガーベラがコスモスの肩をかつぐ。
「これで立てそう?」
「うん」
コスモスが立ち上がる。今度は痛みはない。でも、歩き出そうとすると、左足に体重をかけられず、よたよたとなってしまう。
「二人で肩かつぐかな?」
想真も反対側から肩をかつぐ。
「すまない」
コスモスが申し訳なさそうに言うが、二人ともいいってことよ、と言って、全然気にしていない様子だ。
「さて、俺たちも腹減ったな」
「そうね。なにかないかしらね。コスモス、何かありそうな場所ない?」
二人とももう、コスモスと友達になったかのような感じだ。
「あっちのほうに食品工場があったけど、いまはもう・・・」
コスモスは二人の勢いにすこしついていけない様子だ。
「そっか、まあそのうちなんかあるだろ」
想真はあっけらかんと、進んでいく。
「君たちは、強いんだね」
コスモスがつぶやく。
「ん?」
「世界がこんな風になってしまったのに、もしかしたら生き残っている人もいないかもしれないのに・・・なんで希望を持てるんだい?」
コスモスがうつむきながら言うと、想真とガーベラが顔を見合わせた。
「あははははははは!」
そして、大声で笑い始める二人。
その姿を見て、あぜんとするコスモス。
「なにがおかしいんだい?」
「希望なんてあるわけないだろ!?」
「そうよ。いつ死ぬかずっとおびえてるわよ!」
二人は笑いながら言う。
「こいつだってそうだけど、俺も強がってるだけだぜ」
想真がガーベラを指差しながら言う。
「うるさいわね想真。まぁ、否定はなしないわ。実際いつも隠れて泣いてるわよ。先のことなんてわかんないし」
笑いが止まる。
「でもな、絶望としている中だからかわかんないけど、希望ってもんがなんとなく見えやすくなっている気がするんだよ。変な話だけどな。」
「そう、根拠はないけど、絶望の中にいると希望がわいてくるのよね。こうなんて言うのかわからないけど、絶望であればあるほど、希望っていうものが大きく感じるのよ」
二人の言うことは分かるようでわからない。でも、二人の中では通じ合っているようだ。
―――たぶん、一緒に乗り越えてきた二人だからわかるんだと思う。
「まぁ、なんていうか、結局のところこんな世界でも生きなきゃいけないってことだよ」
―――ん?
想真が無理やりまとめたが、
「?」
コスモスは納得いってないようだ。
「想真。コスモスが困っているわよ」
ガーベラが想真の肩をポンとたたく。
「あーもう。俺こいゆうの苦手なんだよ。ガーベラ頼んだ!」
今度は逆に想真がポンとガーベラの肩をたたく。
「ちょっと、丸投げ!?さっきかっこいいこと言ってたくせに。自分で収集つけなさいよ」
想真の手をどけるガーベラ。
「ちっ。困ったな」
頭をかく想真。
「困っているのはコスモスよ」
「うるせーな。今考えてんだよ」
「考えることなの?」
「お前みたいにうまく説明できないんだよ。考えずにいうとまた収集つかなくなる」
「なにそれ?いつも勢いでぺらぺらしゃべってるのに」
「それとこれとは話は別だ」
「あんたが考え始めたら日が暮れちゃうわ」
笑うガーベラ。コスモスもちょっと頬をゆるませてる。
「くそっ、言いたい放題言いやがって」
「本当のことよ」
「もーいい。コスモス。この話はまた今度な。そうしよう」
「なにそれ!?そんなのでいいわけないでしょ」
「いいんだよ。ほら、行こうぜ」
「だめよ想真。後味悪い」
「しつけーな。だいたい―――」
「!!!」
二人とも急に話を止め、東のほうへ顔を向ける。
「どうしたの?」
コスモスが聞くが、さっきまでの笑顔は消え、ずっと遠くを見つめている。
「おい、聞こえたか?」
想真がガーベラに聞く。
「・・・かすかに」
すると、二人は顔を見合わせ、
「逃げるぞ!」
想真はコスモスの手をつかんで走り始めた。
「なんだい、急に!?」
「何かヤバいのが来ている!」
「何かって何!?」
「わかんねぇけど、こっちに来てる!」
言っていることが無茶苦茶だが、想真の顔は真剣だ。
「見て!」
ガーベラが後ろを振り返って指さす。
――――ォォン。
遠くで音を立てて、瓦礫が高く舞い上がっている。
「ウソだろ!?」
空には灰色の鉄の塊。飛行機だ。しかも、何かを落としている。
――――ォォォン!
落としたところから爆音と瓦礫が高く舞い上がる。
「ば、爆弾!?」
ガーベラの顔から血の気が引いていった。
「おいおい、なんでこんな廃墟に爆撃しているんだよ!?」
想真も先ほどまでの何かの危機を理解したが、まさか爆撃だとは思ってはいなかったようだ。
「それよりも・・・すぐ来ちゃう!」
想真はあたりを見渡すがつぶれた建物とその破片と瓦礫だらけ。とてもしのげる場所などなさそう。
「くそっ、とりあえず動くぞ!」
想真があてもなく走り出す。
「このままじゃ死ぬのを待つだけだ!」
ガーベラも想真とは違う方向へ走り出す。それを見たコスモスもやっと状況を理解したのか、よろよろと動き出す。
――――ドォォォォン!
徐々に爆音が大きく聞こえ、地面が揺れるのがわかるようになってきた。
もうあそこかよ、来るのが速い!
飛行機、いや戦闘機は横に何十機も並んでいる。ここに来るまであと10分もないであろう。
くそっ、意味わかんねぇよ!
なぜ廃墟を攻撃するのか全く理解できない。しかし、そんなことを考えている暇はない。
あちこちと走り回るが、しのげる場所は見当たらない。戦闘機はもう豆粒から小指くらいの大きさになっていた。
「想真、そっちはどう!?」
ガーベラが叫ぶ。
「なんもねぇ!」
――――ドォォォォン!!
揺れが大きくなる。瓦礫がパラパラと音を立てている。
くそっ、と石を蹴る。と、その時、
「これ見て!」
コスモスが声を上げた。
「地下につながっているんじゃないかな?」
コスモスのほうを見ると、地面を指さしている。
想真とガーベラは急いでコスモスのもとへ行く。地面に金属の両開きのドアがある。
「開いてくれよ!」
想真が取っ手をつかんで、思いっきり体を反らす。
「おもっ!」
ギギギギギ・・・鈍い音をたてながらドアが開いた。中には階段が見える。
「よし、急げ!」
吸い込まれるかのように中に入り、扉を閉める。一瞬で真っ暗になる。
「ゆっくりでいい。転ぶなよ」
恐る恐る階段を降りていく。
だが、爆撃の音がどんどん近くなってくる。揺れも強くなり、そのたび上から砂が落ちてくる。
「わっ!」
コスモスがバランスを崩し、階段から転げ落ちる。
「コスモス!」
ガーベラは暗闇の中手を伸ばすが、それにより同じく階段から転げ落ちてしまう。
「みんな!?」
想真は足早に階段を下り、追いかける。
「いったぁ」ガーベラの声。「コスモスは大丈夫?」
「・・・なんとか、ってこれ」
コスモスの周りが明るくなる。
「まぶしっ、懐中電灯じゃない」
ぐるっとあたりを照らしてみる。
「防空壕とまではいかないけど、個人で作った地下避難所みたいね」
周りには棚があり、食料や水、ロープや救急箱、寝袋などもある。
「すごい。こんなにいろいろあるなんて」
「けど、誰もいないんだね」
「どこかに避難したのかしら?」
想真は棚からラジオを見つけ、周波数を合わせている。
「あとはここがどれだけ耐えられるかだね・・・」
「祈るしかないわね」
・・・ザザッ、け、ほう。
「おっ、きたか?」
雑音だらけのラジオから声が聞こえてきた。
・・・けい、ほう。ひな、してください。
「?」
・・・警報。ひなん、してください。てきこく、きしゅうです。
「てきこく、きしゅう?」
3人とも見つめ合う。
「敵国って、どこ?」
「なんで、戦争になってんだ?」
疑問しかない。
――――ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
揺れが激しくなる。
「もう上まで来ているのか!?」
揺れにおびえるものの、もう逃げ道はない。
・・・特にC地区周辺は敵兵の上陸がありえます。迅速な避難をお願いします。
ラジオからはっきりと聞こえた。
「C地区ってここじゃない!?」
3人とも耳を疑った。それからじっとラジオに耳を澄ませた。
大体の内容はこうだった。先日の大地震で混乱しているところ、A国が油田を狙いに来たとのこと。特にこのC地区は主要な油田があるため、狙われているらしい。ただ、相手国からは何も声明がなく攻撃してきているため、はっきりとした理由はわかっていない。
「ふざけやがって!」
想真は握りこぶしを地面にたたきつける。
「本当かはまだわからないけど、その可能性は高いわね。ずっとA国は石油を欲しがっていたものね」
ガーベラは棚にあった救急箱を開け、コスモスの足首に湿布を貼っている。
「戦争・・・」
コスモスがつぶやく。
――――ゴゴゴゴゴゴ。
先ほどからずっと揺れていて、上から砂が落ちてくる。
「耐えられなかったら、生き埋めだな」
想真がつぶやく。
「それもそうだし、当分外に出られないわね。爆撃が終わったら、上は戦場になるみたいだし」
ガーベラが頭を抱えた。
しばらく沈黙が続く。ラジオの音だけが聞こえる。ほとんどが早く避難しろとの情報だけだ。
懐中電灯の光もだんだんと弱くなってきた気がする。
「ただ、一つ言えるのは」想真が沈黙を破った。「コスモスのおかげで生き延びることができた」
想真のの心の中から怒りの炎とは違う、小さな光が射した。
「この場所を見つけられなかったら、もう死んでいた」
「そうね。確実に死んでいたわ」
ガーベラも頷いた。
「コスモス、ありがとう。幸いこんなに物資もある。まだ希望はある」
想真はコスモスのほうへ向き、頭を下げる。
「そんな、ぼくはただ・・・」
「そうね。まだ捨てたもんじゃないわね。なんとか三人で切り抜けましょ」
ガーベラもコスモスのほうへ顔を向け、柔らかい口調で言った。
「・・・ありがとう。でもお礼はこの場を切り抜けてからにしよう」
コスモスも今までの不安そうな口調が消えた。
「って、そうなこと言ったはいいが、とりあえず腹減ったな」
「そうね、何か食べましょ」
部屋の中はずっと揺れと爆撃音が続いている。
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