第175話ピクニックと告白


 良く晴れた週末。シィ・アクエルとの交渉は来週に迫っていた。


 レセリカは次の週末から、休日を挟んで一日だけ学園を休むことになっている。


 移動の時間を考えればどうにか休まなくても済む距離ではあるのだが、過保護なダリアやオージアス、そしてロミオによって無理は絶対に厳禁とされたのである。


 おかげで、かなり余裕のある旅程を組まれていた。


 その間、しばらくレセリカに会えないのは寂しいと言うセオフィラスのために、今週末は二人で出かける約束をしている。

 馬を借りて学園外の森まで行き、そこで昼食を摂る。いわゆるピクニックのようなものである。


 そうはいっても重要人物の二人である。完全に二人きりというわけにはいかない。

 護衛としてジェイルとフィンレイ、そしてダリアがついていくことにはなっていた。もちろん、姿は見せないがヒューイも一緒だ。


 だが彼らはとても優秀なので、セオフィラスとレセリカの二人の時間を邪魔しないよう空気に徹するつもりである。


 そして現在。護衛たちは、馬に乗って優雅に移動する彼ら二人を、いざという時は助けに行けて、ギリギリ声が届かない位置をキープしながら見守っていた。


 おかげで二人は心置きなく会話を楽しんでいる。


「それにしても、レセリカがここまで馬に乗れるだなんて、会った時は思いもよらなかったな」


 道中、あまり速度を出さずに馬を歩かせているため、セオフィラスとレセリカは馬上で会話をしている。

 今日のレセリカはいつものドレスではなく、騎乗するのに動きやすい服装だ。


「私も、まさかセオとこうして馬で出かけることになるなんて、思ってもいませんでした」


 レセリカとしては、二人で出かけるのだからお洒落をした方が良いのではと思っていた。

 だが、馬に乗るのにお洒落に気を遣ってなどいられない。髪も結い上げいるし、騎乗用のパンツスタイルだ。


 決してこの格好がみっともないだとか、そういうわけではないのだが……なんとなく気恥ずかしいレセリカである。


 ちなみに、セオフィラスとしては普段と違う雰囲気のレセリカが見られて大変ご機嫌なのは言うまでもない。


 何ごともなく森に到着した二人は、近くの木に馬を繋いで昼食の準備に取り掛かった。

 用意をしてくれたのはダリアだ。ただし、食事に関しては別で用意されている。


 これに関しては、相手がレセリカだろうと関係のない問題なのだ。まだ婚約者という間柄である以上、必要な対応となる。レセリカも当然のように心得ていた。


 周囲には彼ら意外に誰もいない静かな森で、簡易テーブルとイスがセッティングされていく。

 二人としては地面に敷物を敷くだけでも良かったのだが、ここは学園近くの森。いつどこで誰に見られているかわからないということで、護衛たちにストップをかけられたのだ。


 学生の間くらいは大目に見てもらいたいという気持ちではあるが、心労を増やすのも居た堪れない。

 荷物が増えるという問題も、護衛たちが持つと言い張るため、大人しく言うことを聞く二人である。


「この前、私は自分の命を優先するって言ったね?」


 食事、といっても食べる物は軽食だ。そう時間をかけずに食べ終えた二人はしばしその場で会話を楽しむ。


 その間、護衛たちは少しだけ離れた位置で警戒にあたるので、会話は二人にしか聞こえていない。


 その時に切り出された話題に、レセリカはきょとんと目を丸くした。そんなレセリカを見て小さく微笑んだセオフィラスはさらに言葉を続ける。


「あれは間違いではないのだけれど。本当はね……立場なんて考えずに、本音だけを言うなら。私は自分の命を犠牲にしてでも、レセリカの身を優先させたいって思っているよ」

「え、そ、それは……」

「でも、それが許される立場じゃない。それはわかっているんだ。ねぇ、レセリカ」


 戸惑うレセリカに、セオフィラスは少しだけ近付く。ドキリと胸が鳴り、レセリカは彼の顔をなぜだか直視出来なかった。


「どうして、こんなことを言うのかって思っているでしょう」

「え、と。……はい」


 わずかに細められた空色の瞳が、愛おしげにレセリカを見つめる。風でアッシュゴールドの髪が揺れ、思わずそちらに視線が向いた。


 その瞬間を逃すまいと、セオフィラスがさらにレセリカの顔を覗き込む。

 特に触れられているわけでもないのに、セオフィラスの温かさを感じる気がしたレセリカは、彼から目を離せなくなってしまった。


「私は、君に恋をしているんだけれど。気付いている?」

「え……」


 そして告げられた思わぬ言葉が、じわじわとレセリカの体温を上げていく。その意味がわからないほど、レセリカはもう幼い子どもではない。


「いいんだ、気付いていないってわかっていたから。でも、今伝えた。知らないフリはもう出来ないからね?」


 少しだけ意地悪く笑うセオフィラスに、レセリカはどうにか小さく頷いた。


 これは、喜ばしいことだ。いずれ結婚する相手が、自分を好いていてくれるのだから。


(それなら、私は? 私は、どう思っているのかしら)


 何か、言葉を返さなければならない。だが、考えがまとまらない。

 ドキドキとうるさい心臓を抑え、やや混乱気味のレセリカはとにかく返事をすることを優先させた。


「わ、私は、セオと同じように思っているんです。自分の命よりも、セオに生きてもらいたいって。ずっと……」


 一度死んで、七歳の頃に戻ったあの時からずっと、レセリカはセオフィラスの暗殺を阻止するためだけに奮闘してきた。


 最初は自分が処刑から免れるためだった。言いたいことも言えるように、嫌だった自分を変えたくて、必死なだけだった。


 けれど、いつしか目的は彼を守りたい、というものに変わっていた。それはつまり。


「あの、それは……私も、セオにずっと恋をしているということでしょうか?」


 だが、レセリカが自ら答えを出すにはまだ少しだけ早かったようである。

 頬を染め、紫色の瞳を潤ませてそんなことを言われたセオフィラスはたまったものではない。


「そ、れは。それを、私に聞くのはズルいよ、レセリカ……」

「ご、ごめんなさい……?」


 耳まで顔を赤くしたセオフィラスは、ついに耐え切れなくなって口元を手で覆ってしまうのだった。

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