第134話報告と相談
静かな城内をセオフィラスが護衛もつけずに歩く。父親である国王と二人だけで話したいと約束を取り付けているためだ。
ただならぬ息子の様子を見て、国王パーシヴァルは食事の後に王宮にある自室へ来るようにと指示を出した。完全なるプライベートな空間であれば、何者かに聞かれることもない。
「父上、セオフィラスです」
「ああ、入れ」
パーシヴァルの自室に入ると、セオフィラスは短い挨拶だけをしてすぐに本題に入った。
「まだ父上にお伝えしていないことがあるのです。人に聞かれてはならない内容でしたのですぐに報告が出来ませんでした」
「ほう。それはドロシアがいる場でも出来ぬ話か」
「はい。出来るだけ知る者は少ない方が良いかと」
王妃たるドロシアにさえ聞かせられないとハッキリ告げたセオフィラスに、パーシヴァルは片眉を上げながら続きを促した。
「休暇に入る前のある夜、私の寮室に侵入者がやって来ました」
「なっ!?」
「そんなことが出来る者の心当たりがありませんか? 今の私の様子からも判断出来るかと」
イグリハイム学園は警備の厳重な学園だ。過去、一度たりとも侵入者を許したことがない。そんな学園の、しかも王太子である息子の寮室は特に侵入出来る余地などないというのに、これはかなりの重大事件であった。
しかし当の本人であるセオフィラスは、平然とした態度でそんな芸当が出来る人物に心当たりがあるだろう、と言う。
パーシヴァルは暫し黙考した。それから一つの答えを導き出し、疑わしげに口にする。
「元素の一族、おそらくは風、か? いや、でもまさか……」
「さすがは父上ですね。信じられないかもしれませんが、その通りです」
あっさりと肯定され、パーシヴァルは頭痛を紛らわすため眉間を手で解す。息子が出来るだけ誰にも言わない方がいいと言った理由がよくわかったのだ。
それほど、風の一族というのは貴族や王族にとって脅威的な存在なのである。
かの一族にかかれば、機密情報も筒抜けになってしまう。国が転覆してもおかしくはないほどの影響力を持つのだから。
セオフィラスは話を続けた。風の少年と交わしたあの夜の会話を全てそのまま伝えていく。
「水の一族、シィ・アクエルか……あやつが毒を……!」
話の中で、過去に愛する娘フローラを死に至らしめた元凶を知ったパーシヴァルは静かに怒りに震える。あの事件に未だ心を痛めているのはセオフィラスだけではないのだ。当然、パーシヴァルやドロシアも犯人を許してはいない。
今や迷宮入りとなっていた犯人探しの糸口が見つかったのだ。冷静を保てるわけがなかった。
「証拠はありません。が、風の少年が嘘を言うこともないでしょう。とはいえ、証拠がないと裁くことが出来ないのも事実です」
そう、罪人を裁くには証拠が必要だ。そこから自白をさせるのだ。その証拠を手に入れるのが難しい。あれから年月も過ぎているため、今やそれも絶望的な状況であった。
「風なら、その証拠も集めることが出来ると言ったのか」
「はい。ですが、彼は父上の頼みであっても聞くことはないでしょうね」
惜しい、実に惜しい話であった。本音を言えば、風の一族の力は喉から手が出るほど欲しい。だが侵してはならない一線というものがあるのだ。
「それはわかっている。王が風の力に頼るわけにはいかないからな。そもそも裁かねばならぬのは依頼した人物だ。アクエルではない」
さらに言うならば、元素の一族は原則として王でも裁くことが出来ない者たちだ。例外として地の一族だけを裁けるのは、むしろ王族が地の一族の直系だからに他ならない。
「ですが彼は、私が風の少年のことを知り、それが当たっていれば証拠を持ってくると言いました。これは依頼ではなく取引きです」
そこへ、わずかな希望をセオフィラスが告げた。風の一族のことを知るなどほぼ不可能と言えるのだが、可能性がまったくないよりマシである。
「彼は、シィ・アクエルの依頼主にも心当たりがあるような口振りでした。ですが、さすがにその名までは教えてもらえず……」
「元素の一族にとって、主人や依頼主の情報は最も秘匿されるべきことだからな。もし味方になったとしても、おいそれと他者には話せないのだろう。……風に関しては、主人が命じれば話すだろうがな」
パーシヴァルにそう説明され、セオフィラスは少々自信がなくなってきた。
「だとすると彼が、主人に言われたのではなく自ら取引きをと言い出したのは……私をからかったのでしょうか」
「どうだかな。お前の目に其奴がどう映ったか。それによって判断するが良い」
彼は、からかったのだろうか。いや、無邪気で人懐こい雰囲気はあったが、冗談で言っていいことと悪いことくらいの判別は出来る人物だった気がする。短時間のやり取りしかしていないが、直感がそう告げているのだ。
いずれにせよ、風の少年を知る努力はしたいとセオフィラスは結論を出した。からかわれただけなら、自分が悔しい思いをするだけなのだから。
「話はわかった。こちらでも早急にあの事件について今一度調べ直すよう極秘裏に手配しよう。だが、学園の方が心配だな。まさか学園内で事件が起こるとは思えないが……」
「レセリカのことは私が守ります」
「……お前は自分の身の心配をしろ、と言いたいところだが。レセリカは一般科に進むのだったな。これは頭が痛い」
一般科に進むということは、授業中にダリアが控えることも出来ないということだ。何せ、一般科が使う侍女の控室などないのだから。
校外学習でも他の生徒と同じように誰かが付き従うことはない。それがレセリカが一般科へ進むことの条件でもあった。
もちろん侍女も陰ながら見守りはするだろうが、常に側にいられないのはやはり危険だ。
「レセリカには、普段から隠れて身を守ってくれる護衛がもう一人ついているとのことでしたが……心配は尽きません。何か良い案はありませんか?」
「お前、もしかしなくともそれが本題だな?」
「何より優先させるべき問題でしょう。何かおかしいことでも?」
「……そうだな。私の息子だったな、お前は」
パーシヴァルもまた、国王という立場でなければ国のことを放り投げてでもドロシアを優先させたいと常日頃から思っているのだから。血は争えない。
「腕の立つ学生を一般科に向かわせよう」
「既に進路は決まっているのに、そんなことが可能なのですか」
レセリカのことは最優先で守りたいが、そのために一人の生徒の将来に影響を与えるのは心苦しい。おそらく、レセリカ本人も心を痛めるだろう。
そんなセオフィラスの心配に、パーシヴァルは不敵に笑う。
「問題ない。適任が一人いるからな」
その笑みが悪人のそれなのだが、決まるまで話すつもりはないらしい。パーシヴァルは話は終わりだとセオフィラスの退室を促してくる。
まだ納得のいかないセオフィラスではあったが、今は父の判断を信じる外ないのであった。
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