第135話不本意な護衛
新学期が始まる五日前。セオフィラス用の執務室に護衛の一人、ジェイルが慌ただしく駆け込んできた。
「大変だ! セオフィラス!!」
「ジェイル……お前は腕が立つのにそういうところがいつまでたっても直らないね」
ジェイルはいつもそうだった。士官科の先輩や王城で働く他の部屋であったらきちんとした手順を踏んでお上品に入室するというのに、セオフィラスの執務室だけはノックもなしで飛び込んでくる。
気配を読むことに長けているからか、部屋にセオフィラスとフィンレイ以外の者がいた時もお上品モードだ。
気を許してくれていると思えば悪くはない気持ちではあるが、もう少しだけでもどうにかならないものかとセオフィラスは額に手を当てた。
「いや、今更だろ! 偉い人の前ではちゃんとしてるし!」
「忘れてるのかもしれませんが、セオフィラスは王太子ですよー、ジェイル」
一緒に書類の整理を手伝っていたフィンレイがのんびりとした口調で突っ込むのもいつものことだ。もはやマンネリ化しつつあるので二人とも半分以上は諦めているのだが。
「ってか、マジでそれどころじゃねぇんだって。いいから聞いてくれ!」
「はぁ、わかった。人払いは?」
「してある!」
そういうところだけは手際がいい。実際、ジェイルは色んなことが大雑把で適当になりがちだが、判断力と行動力はずば抜けている男だ。
色々と説教をしたいところではあるが、いつも以上に慌てている様子であるし、よほどのことがあったのだろう。
セオフィラスは持っていた書類とペンを置いて話を聞く姿勢をとった。
「……新学期、レセリカ嬢は一般科に進むだろ? 同じく三年に上がるフレデリック殿下も、一般科に進むそうだ」
「!?」
ジェイルからもたらされた情報は、確かに深刻なものであった。
レセリカを一般科という目の届きにくい場所で過ごさせるのも心配だというのに、最も危険視している人物が同じ進路を選んでいたとは。
「そうきましたか、という感じですね。レセリカ嬢と同学年というのが痛いです」
いやむしろ、わざとだろう。レセリカが一般科へ進むと知ったからこそ、わざとフレデリックもその進路へと決めたのだ。
身分に固執する彼が、一般科に興味を持つなんてことは考えられないのだから。
(情報の出所は、シィ・アクエルだろうな。シィの依頼主の目的はフレデリックの王位継承、か?)
そうとしか考えられなかった。なぜなら、レセリカの進路については彼女に親しい一部の者しか知らないはずで、その誰もが勝手に人に漏らすとは考えにくいからだ。
そう、担任であったシィ以外は。
(うっかり口走ったのを聞かれた可能性もあるが……)
あの風の少年が言ったように、シィ・アクエルが受けている依頼にレセリカとフレデリックの名前が上がった以上、こちらの線を疑うのが自然である。
セオフィラスは難しい顔でしばし黙り込んでいた。
「どうすんだよ、セオフィラス。一般科だからあの野郎、新学期からはレセリカ嬢にガンガン絡みに行くぞ?」
「……すでに手は打ってあるよ」
それを想像しただけでセオフィラスは怒り狂いそうだった。事前に父パーシヴァルに相談しておいて良かったと心底思う。
「マジか。お前、知ってたのか?」
「いや、フレデリックのことは初耳だよ。胃の痛い話ではあるし、今にもぶん殴りに行きたいくらいには腹も立ってる」
「ガチじゃん……」
よく見ると、セオフィラスは自分の右手を左手で押さえており、それが怒りに震えているのがわかった。ニコリといつも通りに微笑む顔が恐ろしい。
ジェイルもフィンレイも、思わず半歩後ろに下がった。
「レセリカが、あの護衛侍女を連れ歩くことも出来ない環境下で一般科の生徒として過ごすんだよ? 対策をしないわけがないでしょう」
「まぁ、あの容姿で一般科ですからねー。その通りではあるんですけど、セオフィラスが言うと束縛の激しい男のように聞こえるのが不思議ぃ……」
笑顔のまま告げるセオフィラスの言葉に、フィンレイが引き攣った笑みで答えた。
「え、えーっと、それで? 手を打ったっていうのはどういうことなんだ?」
不穏な気配が漂い始めたところで、ジェイルが慌てて話題を戻す。セオフィラスはチラッと横目でジェイルを見ると、小さくため息を吐いて不機嫌そうに告げた。
「リファレット・アディントンがレセリカの護衛任務につくことになっている」
「は? なんでリファレット!? あいつ、俺と同じで次が最高学年じゃん。なんで士官科最後の一年で、二学年も下の一般科で護衛なんてさせんの!?」
「最後の一年だからだよ」
セオフィラスは腕を組み、さらに不機嫌な様子で説明を続けた。
「彼はジェイルとほぼ互角の成績だろう? 卒業後には問題なく騎士になれるはずだが、配属先は選べない。君と違ってね」
ジェイルの将来は決まっている。言わずもがな、セオフィラス付きの護衛騎士になるのだから。
しかし、同じくらい優秀な成績を修めているリファレットはそうもいかない。
成績優秀者はスカウトされることが多い。ゆえに、たとえそこが希望する騎士団でなくとも、誘われればその騎士団に入るしかないのだ。
正確にいうなら、上官からの願いを断りにくいということである。
逆にスカウトされなかった生徒たちは、希望する騎士団の入団試験を受けられる。だが、採用されるとは限らない。
頑張れば希望した騎士団には入れるものの、下級からスタートしなければならない。最初から確実に上級の騎士になれるという点で、成績優秀者は皆が目指すところではあった。
「あー、そっか。この一年レセリカ嬢の護衛をすることで、希望する騎士団にスカウトするって条件つけたのか」
「なるほど。既に本職の護衛だと学園内、しかも一般科の生徒に付けることは難しくても、生徒で特別試験だと言えば体裁も保てるってわけですね。生徒であれば僕たちみたいな特例が許されるってことですか」
既に、セオフィラスにはジェイルとフィンレイという護衛を兼ねた生徒が在籍している。彼の婚約者であるレセリカにも当然、適応されるというわけだ。
「レセリカの側に、私以外の男が常に一緒にいるっていうのが気に食わないけどね。まぁ、リファレットはフロックハート伯爵令嬢しか見えていないだろうから、その辺は信用している。堅物で真面目だしね」
「あー、婚約を発表してたっけ。はぁ、いいなぁ。性格はちょっとアレだけど、可愛いラティーシャ嬢と結婚できるなんてさー。美女と野獣じゃん……」
俺も可愛い婚約者がほしー! と叫びながらソファーにダイブしたジェイルを見て、セオフィラスとフィンレイは呆れたように目を合わせるのだった。
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