第130話心強い協力者


「どう? もう緊張は解けたかしら。ああ、大丈夫よ。ここにいる侍女たちはもちろん、信頼している者たちは私のこの性格を知っているから」


 すっかり肩の力を抜いて素の顔を見せてくれているドロシアは、ニコニコとそれは嬉しそうに両手で頬杖をついている。マナーなどどこかに放り投げたようだ。


 そのままドロシアは、これまでの鬱憤を晴らすかのようにひたすら喋り続けた。レセリカはただ圧倒されてしまい、話を聞きつつ相槌を打つことしか出来なかったが、ドロシアはそれで満足な様子である。


「貴女が未来の娘だったら、こんな風に話すことも出来ないのかしらって思ってたのよー。だからフロックハート家のご令嬢なんてどうかって勧めたこともあったのよ? でも安心したわ。貴女、相変わらずお淑やかなご令嬢だけれどなんだかとても話しやすいから」


 フロックハート家のご令嬢とやり合ったんだって? と話を聞かれ、しどろもどろになりながら今では良き友人だと話すとドロシアは目をまん丸にして驚く。本当に反応が学生のように若々しい。


 そうしている間に、レセリカも肩の力を抜いて素直にお喋りを楽しむようになっていた。


「それが貴女の魅力なのかもしれないわね。なんだか助けたくなるのよ。応援したくなる。確かに表情も態度もほとんど変わらないけれど」


 その点に関しては、自分でも何とかしたいと思っている。ただ、どのタイミングで笑顔を作ればいいのかいまいちわからないのだ。


「ああ、いいの。無理をする必要はないのよ。貴女の一生懸命さは伝わっているから。貴女はとても魅力的な女の子よ」


 表情や態度についてはいつも気にしていることだった。だが、ドロシアはそんなレセリカを理解しようとしてくれている。最大限、こちらに歩み寄ってくれているのだ。

 それがわかって、レセリカの胸がじんとなる。幼くして母を亡くしているレセリカにとって、ドロシアの母のような優しさは沁みるのだ。


 何か相談はない? との質問に、この人なら相談出来るのではないかとレセリカは意を決した。

 さすがに未来で起きるかもしれないセオフィラス暗殺のことや、やり直し人生に関わることについては明かせないが、問題は山積みなのだから。


 彼女が少しでも相談に乗ってくれたなら、これ以上ないほど心強い。


「じ、実は……既にお耳に入っているかもしれないのですけれど」


 レセリカは慎重に話す内容を考えながらドロシアに打ち明けた。

 まず、学園で担任となっていた水の一族シィ・アクエルのこと。面談での内容。そして、やけにフレデリックが自分と接しようとしてくることなどだ。


「水の一族、シィ・アクエルね。ええ、聞いているわ。とても驚いたもの。私、一応反対意見を出したのよ?」


 ドロシアの話に、レセリカは目を丸くする。まさか裏で反対してくれていたなんて。

 けれど、考えてみれば当然のことだ。王位継承権第一位の王太子であり大事な息子でもあるセオフィラスが通う学園内に、元素の一族は存在してほしくないだろう。

 ……ダリアとヒューイのことは、今は置いておく。


「それでもアクエルの雇用は変わらなかった。私たちには知り得ない元素の一族の伝かと思っていたけれど……そう。シンディーの命だったのね」


 ドロシアは、水の一族が己の目的のために学園側に無理を通したのでは、と考えていたようだ。だが王族であるシンディーの命令であったと知って、納得したように頷きながら嫌そうに顔を歪めている。

 それからすぐに軽く頭を横に振り、話を進めた。


「それとフレデリックは……少し、かわいそうな子だと思っているわ」


 相変わらず難しい表情のままではあるが、その瞳には確かに哀れみが感じられた。


 レセリカは、正直なところフレデリックという人物がどんな人なのかをわかっていない。初対面があんな感じであったし、人と接する姿を見てもあまりいい印象を抱けなかった。何を思って人を不快にさせる言動を選ぶのか、全く理解出来ないのだ。


「確かに性格がいいとは言えないのだけれど、母親がシンディーだもの。野心が植え付けられているのよ。幼い頃から言い聞かせられて育っていれば、それが全てになってしまっても仕方がないことよ」

「幼い頃から……」


 その気持ちは痛いほどわかった。レセリカだって、前の人生では全て言う通りに完璧に動くことこそが正しいと思い込んでいたのだから。


 子は親を選べないとは言うが……何かが少しでも違ったら。例えばフレデリックに寄り添う人物がいたら、今とは変わっていたのだろうか。


「決めたわ。ヴァイス様に連絡をとってみましょう」

「ヴァイス様、というとフレデリック殿下のお父上ですよね? 確か、世界中を一人で旅して回っているとか」

「ええ。でも居場所は把握しているの。それが条件で旅することを許されているから」


 パーシヴァル陛下の弟、ヴァイス・バラージュ。

 息子であるフレデリックが産まれてすぐに継承権を譲り、自身は自由に生きているという噂だけは知っている。


(シンディー様は……不貞、をしている、とのことだったけれど。そんなにもご夫婦仲が悪いのかしら)


 王弟ヴァイスもまた、フレデリック以上に謎の多い人物である。ここは素直にドロシアに頼るべきだとレセリカは思った。


「こちらのことは任せてちょうだい。学園だから大きな事件は起きないでしょうけれど……くれぐれもフレデリックと二人きりにはならないでね? シンディーにどんな入れ知恵をされているかわかったものじゃないわ」


 わかりやすく棘のある言い方だ。ドロシアがシンディーのことを良く思っていないのがよくわかる。


 レセリカが不安そうにしていると思ったのだろう、ドロシアはフッと短くため息を吐くと、肩をすくめて口を開いた。


「……シンディーにはね、良くない噂が色々とあるの。一つや二つじゃないわ。隣国から嫁いできた、ってことについてはあまり触れたくはないけれど……あの国も色々あるから。以前から一度しっかり調査をする必要があると思っていたのよ。貴女はそのキッカケをくれた。これで堂々と調べられるわ。だから、ありがとう」


 良くない噂とは、不貞のことだろうか。他にもあるような口振りではあるが。

 ヒューイからの情報で既に相手も知ってはいるが、情報の出所を伝えるわけにもいかない。だが、調査が入るというのなら明かされるのも時間の問題だろう。


(それに、さすがに私の口からは言いにくいわ……)


 知っての通り、レセリカは初心であった。


「さ、難しい話はおしまい。相談はいつでも受け付けるけれど、今からは貴女のことを聞かせてもらいたいわ。お茶会は楽しい話で終わらせたいじゃない」

「ドロシア様……はい。そうですね。私の話が楽しいかはわかりませんが」

「楽しいに決まっているでしょう! 娘になる貴女の話なのだから。そうね、手始めに私のことをお母様と呼ぶのはどう?」


 突然の提案に、レセリカの頬がほんのりと赤く染まる。実のところ、少し呼んでみたいと思っていたのだ。


「お、お母様……」

「……やだ、何かしら。娘はいるけれど、新鮮な気持ちね。キュンとしたわ」


 こうして義母となるドロシアもまた、レセリカの心強い味方となったのである。

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