第118話書類と推理


 現在、レセリカは自室にてヒューイから渡された書類に目を通していた。読み進めれば進めるほど、レセリカの眉根が寄せられていく。


「欲しい情報だったか?」


 少々心配そうにヒューイが訊ねるのには理由があった。重要書類を手に入れたはいいものの、ヒューイ的にはいまいち情報不足な気がしたからだ。


「……ええ。でも、こんな簡単な契約で元素の一族を教員として認めるなんて。やっぱり、学園側は権力には逆らえなかったのね」


 書類は、水の一族シィ・アクエルを学園の教員にというシンディーの推薦書と契約書の二枚。

 契約内容は事細かに決められていたが、簡単にまとめると学園で揉めごとを起こさない、生徒や教員に危害を加えない、学園に関わる者の情報を外部へ漏らさないといったものだ。

 破った場合は即座にクビ、というわけである。


 つまり、学園側は余計なことさえしないというのなら水の一族の雇用を認める、と言っているのである。


 一方でシィ側の要求はあまりにも少ない。というより、学園という特殊な場で経験を積みたい、としか書かれていなかった。

 あまりにも無難で簡潔な志望理由に、シィが教員になりたくてなっているわけではない、という意思が伝わってくる。彼にとって理由はなく、ただ単に「依頼だから」としか思えないのかもしれない。


「元素の一族であることを抜きにしても、教員経験がない人物を学園の、しかも担任を任されるのはどう考えてもおかしくないですか?」

「シンディーからの圧力がそれほど強かったんだろ。ほら見ろよ、この推薦書。いかにアクエルが素晴らしい人材かってことがいーっぱい書いてあんぜ」


 ダリアの疑問に、ヒューイが嫌そうに推薦書を指差した。

 実際、ヒューイの言うように推薦書にはシィの実績や有能さがビッシリと書かれており、ぜひ三学年の担任にという要望も記されている。


「金でも積まれたのかねー、学園は」

「それもあると思うけれど……たぶん、一番はここよ」


 レセリカは推薦書の一番下、推薦者の欄を指し示す。そこには、シンディーだけでなく王弟ヴァイスのサインも書かれていたのだ。


 シンディーだけでは弱いこの書類の効力も、王弟ヴァイスのサインまで書かれているとあっては話も変わってくる。その上、多額の資金援助もされては学園も断れなかったのだろう。


 夫妻の不仲が有名であったため、王弟の介入はないだろうという予想はどうやら外れていたようだ。レセリカはギュッと胃が痛むのを感じた。


「結局、学園で手に入れられる以上の理由は見つけらんなかったな。やっぱ、アクエルが受けてる依頼内容がわかんねーとダメかー。しばらくは学園でアイツを見張ってみる」

「危険なんじゃ……」

「あー、火のヤツより百倍マシ。見つかる可能性も格段に低いし」


 実際、火の一族以外で空腹ではないヒューイを見付けるのは無理に等しい。あの時、クライブに見つかったのは本当に運が悪かったのだ。そうそうあることではない。


「言い方が気になりますね……」

「あー……まぁな。シンディーのとこで、火のヤツに見つかったんだ」


 ダリアに指摘され、ヒューイは渋々ながら報告を口にする。最初から伝えるつもりではいたのだが、切り出しにくかったのだ。

 当然、顔色を変えて驚くレセリカに、ヒューイは慌ててその時のことをきちんと説明した。


「クライブ、ですか……」

「ダリアはやっぱり、知っているの?」

「ええ、まぁ……そうですね。元同じ一族ですので、嫌でも顔は合わせましたね」


 話を聞いた後、ダリアは嫌そうに腕をさすった。ダリアにとってもあまり好ましく思えない相手なのだとそれだけでわかる。


「ヤツはまぁ、馬鹿ですよ。自由過ぎるんです。たとえ依頼であってもやりたいこと以外は絶対にやらないような問題児って感じですね」


 ダリアの目から見たクライブの評価はなかなか酷いものであるらしい。しかし、その評価にヒューイは首を傾げた。


「やりたいこと以外……? アイツ、今やってる仕事はつまんないって愚痴ってたぜ」

「まさか。ヤツに限ってそんな仕事しませんよ。気まぐれに引き受けたとしても、すぐに放り投げるでしょうね。その仕事だって途中で放り投げるのも時間の問題じゃないですか?」


 クライブという人物は気分野で、仕事を途中で適当に終わらせたり、予定より早く依頼を遂行してしまったりと一族の中でも少々手を焼く人物だったという。

 それでも仕事は素早く確実で、実力もあることから大目に見られていたとのこと。


「……火の一族って、お前も含めて問題あるヤツしかいねーんじゃねぇの?」

「心外ですね。あの一族の頭がおかしいのは事実ですが、私は普通だったからこそ合わなかっただけです」

「普通、ね」


 さらに何かを言いかけたヒューイだったが、途中で諦めたように口を閉じる。ダリアの冷たい眼差しが刺さった。


「あー、あと。これは結構重要な情報だと思うんだけど」


 話題を変えるためにも、ヒューイはさらに報告を続けていく。あまり思い出したくない内容だったからか、嫌そうに顔を歪めている。


「シンディーが不倫してるのはピンクの令嬢から聞いたんだったよな? その相手がわかったぜ」


 予想外の情報に、レセリカはほんのりと頬を染めた。相変わらずこういった話題には耐性がないようだ。

 しかし、その相手というのはかなり重要な情報だ。レセリカは小さく頷いて続きを促した。


「……ドルマン・アディントンだ」

「っ!」


 明かされた名前に、レセリカは息を呑む。まさかここでアディントン伯爵の名前が出てくるとは。


 そこから推測される様々なことが脳内で繋がっていき、レセリカの顔色が悪くなっていく。


 そんな主を心配して、ヒューイはレセリカに近付いた。心配なのもそうだったがもう一つ、ダリアに聞かれぬよう小声で確認をしたかったのだ。


「……疑問だったんだよ。レセリカの前の人生でアイツはなんでオレを奴隷にしたがったんだ? って。話を聞く限り、情報の改ざん要員だろ? その情報ってのはなんだった?」


 ヒューイの質問は、すでに答えが出ているかのような口ぶりだった。それは、レセリカがたった今考えていたことでもある。


「……セオフィラス様の暗殺の罪を、私に着せるためだわ」

「だな。でも、アディントンには王太子暗殺をするメリットなんてなかった。あったのかもしんねーけど、危険を冒してまでやるメリットはなかったはず。それが……」


 ────愛人であるシンディーの頼みだったなら?


 そう考えれば辻褄が合う。暗殺を企てたのはシンディーで、実行は恐らく二人。シィが毒を用意し、クライブが盛ったのだ。それから情報操作をアディントンがやったと考えられないだろうか。


 こうして役割を分担させることで、自分たちに疑いが向かないようにしたのだ。

 毒を使うなら水の一族だが、彼らは王族を殺さない。火の一族はわざわざ毒を使わない。その先入観を利用して。


「レセリカ様、ご気分が優れませんか?」

「い、いいえ。大丈夫よ。でも、そうね……気分がスッキリするお茶と焼き菓子を用意してもらえる?」

「かしこまりました」


 ダリアに声をかけられて、レセリカは咄嗟に誤魔化した。これ以上は、内緒話にも限界がある。


 ダリアはすでに事情を知っているのだが、それを悟られないよう、そしてレセリカがじっくり相談が出来るようにといつもより時間をかけてお茶の準備をしに行くのだった。

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