第119話利用価値と命令


 ダリアが退室した後、レセリカは声を潜めながら考えを口にした。


「シィ先生は今、暗殺の任務を受けているのかしら。そのための下準備をしている……?」


 そうなると、下準備とは何が必要になるのだろうか。レセリカは脳をフル回転させて考えた。その間、ヒューイが自分の知る情報を教えてくれる。


「アクエルが暗殺に使うのは間違いなく毒だ。しかも時間の経過で身体から綺麗に消える厄介な毒で、アクエルにしか用意出来ないヤツな。それ以外に水の一族が地の一族である王族を殺す方法がねぇし、そもそも直接盛ることも出来ねぇ」


 水は地には手を下せない。これは魂レベルで刻み込まれている絶対的なルールのようなものだ。

 火が隠れている風を絶対に見付けるように。風が地の情報を洗いざらい見付けられるように。


「毒も自分では盛れない……そうなると」


 もしも、自分がその立場だったら。人を殺してしまう毒を盛るなど考えるだけで恐ろしいが、レセリカは自分だったらどうするかと想像してみた。


「標的の親しい者、近付いてもおかしくない者に託す、かしらね」

「ん? 火の一族のアイツに依頼してんじゃねぇの? 依頼内容で愚痴ってたし、毒を盛るだけなんかつまんねぇって思ってるのかもしれないじゃん」


 ヒューイの返しにレセリカは小さく首を横に振った。


「彼は乗り気ではないし、気まぐれなのでしょう? こんな大事な任務を途中で投げ出す可能性のある人物に依頼するかしら」

「……確かに。それはそう」


 先日会ったクライブを思い出しつつ、ダリアの証言もあわせて考えてみると確かに危険な橋は渡らない気がする。ヒューイは納得したように何度も頷いた。


 王太子暗殺の企てなどそう何度も出来るとも限らないのだ。より確実な手を打つのではとレセリカは考える。


「でもさ、親しい奴がわざわざ毒を盛るかよ?」

「……それが毒と、知らなければ? そもそも、自分が毒を持っていることにさえ気付かなかったとしたら?」


 セオフィラスは過去の事件以降、食べ物に関しては必要以上に注意を払っている。学園での昼食時だって、護衛の二人やレセリカ以外は近付かせないという徹底ぶりなのだ。


 そのため、食事に毒を混ぜるというのはかなり難しい。そもそも、これを殿下に食べさせてくれ、なんて言われれば護衛もレセリカも絶対に怪しむ。


 だが、毒というものは何も口から摂取するだけではないのだ。触れるだけで危険だったり、少しずつ摂取するものだったりと種類がある。

 少し独学で学んだレセリカにだってそのくらいわかるのだ。プロフェッショナルである水の一族ならもっと効果的で不自然にならない毒を使うことだって考えられる。


 どんな手を使うのかはわからないが、セオフィラスに自然と近付ける者がいれば利用しようとするのではないか。そうなると。


「シィ先生は、誰を利用するつもりかしら」


 毒を盛らせる駒に、誰を選ぶかが問題だ。

 今、シィと関係がありそうなのはフレデリックくらいしか思いつかないのだが、フレデリックを次期国王にさせようというのがシンディーの計画である。本人に手は出させないだろう。それにセオフィラスとは不仲だ。そう簡単に近付けはしない。


 他にシィが接触している中で、最もセオフィラスに近い人物といえば……。


「……私?」


 レセリカは思慮深く、賢い。だが訓練された護衛の二人と違って、絶対に騙されないとは言い切れなかった。


 婚約者の立場からセオフィラスに贈り物をすることもあるだろう。自分で準備をしたつもりでも、使用した素材が毒である可能性もあるし、セオフィラスの物と比べてレセリカの物なら細工をするのも比較的たやすいはずだ。


 自分がそうと気付かない内に、セオフィラスに毒を贈ることになるかもしれないのだ。


(……ひょっとして。前の人生でも知らず内に利用されていた……?)


 会うことはなかったが、手紙や生誕記念の贈り物のやり取りくらいはしていたのだ。その中に毒が仕込まれていたのなら。


(私は、無罪ではなかったのかもしれない……)


 本人にそのつもりはなくとも。利用されてしまった落ち度はレセリカの方にあるといえなくもないのだ。


 最悪の推測をして青褪めるレセリカの横で、ヒューイがギリッと歯を噛み締める。


「絶対、許さねぇ……」


 恐らく、レセリカと同じ推測をしたのだろう。ヒューイの周囲に風が吹く。

 レセリカを利用した暗殺計画は、主の心を最大級に傷付けることだとわかっているからだ。セオフィラスと良好な関係を築いている今世は余計に。


「ま、待って。まだ可能性があるというだけよ」


 だが、まさか本当にセオフィラスを手にかけてしまう可能性が浮上するとは。恐ろしさで手が震えてくる。

 そう、可能性があるということが恐ろしいのだ。絶対に自分はやってない、暗殺には関係ないと、言い切ることが出来なくなったのだから。


「他に、シィ先生が誰に接触しているのかがわかればまた変わってくるかもしれないけれど……」

「やっぱ、アイツを見張るのが次の任務って感じだな」


 確かに、それが一番確実だろう。シィの動きがわかれば、後手に回ることも阻止出来るかもしれない。

 だがそれは、ヒューイを危険に晒すことでもある。レセリカはなかなか首を縦に振れなかった。


「情報はあんま得られないと思う。水のヤツは警戒心が強いからさ、守りが厳重なんだよな」

「ヒューイ……でも、私」

「なぁ、レセリカ」


 怯えたように名を呼ぶレセリカの言葉を遮って、ヒューイは小さくため息を吐きながら言葉を続ける。


「お前の一番の目的はなんだ? オレを守ることじゃないよな?」

「っ!」


 黄緑の瞳が真っ直ぐレセリカを見つめてくる。それは、すでに覚悟の決まった目だった。


「わかってるよ。レセリカがオレの身を案じてくれてること。ありがたいと思うし、オレの主、最高だなって誇らしくもある。けどさ」


 ヒューイはレセリカの前に跪き、自身の心臓付近の服をギュッと握りしめた。悔しそうに、懇願するように。


「目的を忘れんな。そのために、多少のリスクを負うことを恐れちゃダメだ。お前がどーんと胸張って命令してくれねぇと、オレは力を発揮出来ねぇんだよ……!」


 主のために自分の力を使う。それは風の一族の誇りだ。もちろん、大切にしてもらえることに喜びは感じるが、それだけでは満たされない。


(……ああ、そうね。彼らは、私たちとは違う。私は、自分の価値観をヒューイに押し付けていたんだわ)


 レセリカの、主の優しさを無碍には出来ない。だからこそ、ヒューイはこれまで困ったように笑って受け入れることしか出来なかったのだ。


 自分は、望みのためにヒューイを頼っておきながら中途半端な仕事をさせようとしていたようだ。レセリカはこの時、初めて思い知った。


「レセリカの目的は?」

「……セオフィラス様を、お守りすることよ」


 きっと、友達だからちゃんと言ってくれたのだ。レセリカを主としてしか見ていなかったら、きっと今後も自分の誇りを押し殺して言うことだけを聞いていたかもしれない。


 レセリカはヒューイの主として、友達として腹を括った。


「ヒューイ。貴方にシィ先生の見張りを命じるわ」

「……よしきた!」


 もう迷いはない。もちろん、心配は尽きないが、それ以上にヒューイのことを信じようと決めたのだ。

 現に、ハッキリと命令を下されたヒューイはとても嬉しそうに拳を握って笑っている。


「これで、アイツはオレの前で隠しごとなんか出来ないぜ? なんたって、このオレが本気で張り込むからな!」


 少しだけ悪い笑みを見せるヒューイだったが、レセリカはこれまでで一番ヒューイを頼もしく思ったのだった。

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