第110話赤裸々トーク
レセリカが一人静かに顔を赤く染めていることに気付かず、女子たちの話は続く。
特に、ラティーシャからもたらされる大人の女性の話は刺激的で、レセリカとキャロルを除く少女四人はドキドキしながらも興味津々だ。
「お相手の貴族家当主がどなたなのかはわかりませんけれど、あまり褒められたことではありませんわよね? でも夫人たちが言うには、特別珍しいことではないようですの。信じられませんわ!」
つまり、不貞を働く者は少なくないということだ。その事実は乙女たちに衝撃を与えた。
愕然として言葉を失うポーラを余所に、アリシアは諦めたようにため息を吐いて口を開く。
「確かに貴族社会は政略結婚ばかりですけれど。大人になったら、誰しも一途さを失ってしまうのかしらね?」
「生涯たった一人を愛するなんて、夢を見過ぎなのよー。あれって、物語の中だけの幻想なのでしょ? 殿方は特に、複数の女性と関係を持つのが普通なのですって。お母様が愚痴を溢しているのを聞いたことがあるわー」
一方、ケイティはすでに悟ったような冷めた目で淡々と告げた。彼女の家庭環境が窺い知れる。
「そっ、そそそそそんなことはないと思いますぅ! う、うちの両親は今でもラブラブですしっ!!」
対して慌てたように否定を口にするのはポーラだ。貴族家とは違う気さくな関係を築く仲の良さそうな家族ある。
「あら、表向きの顔かもしれないじゃない? 絶対に不貞を働いていないなんて言えなくないかしら?」
「やめなさい、ケイティ。世の中にはそういう稀な人たちもいるものなのよ。純愛が続くところもあるってことなのでしょう。羨ましい話だわ」
つい、嫌味のような口調になってしまったケイティをアリシアが窘める。幼い頃からの付き合いのためケイティの気持ちもわかるのだろう、複雑な表情を浮かべていた。
「……そう、ね。ごめんなさい。ちょっと羨ましくて意地悪を言ってしまったわ」
「い、いえ……」
さすがに言い過ぎたという自覚があったのか、素直に謝罪の言葉を口にするケイティ。ポーラもまた、彼女の事情をうっすらと察したのかそれ以上は何も言わなかった。
気まずい空気が流れる中、空気を読んでいるのか読んでいないのかわからないキャロルの、あっけらかんとした声が響く。
「皆さん、恋や結婚に夢を見ているんですねぇ。私は興味がないのでどうでもいいです」
投げやりになっている、というわけでもないらしい。恐らく、今の発言はキャロルの本心なのだろう。
少なくとも、今のキャロルはそういったものに興味がまったくないということがよく伝わった。
「キャロルが一番さっぱりしているわね……」
呆れたように口元を引きつらせながら言うアリシアに、そうですか? とキャロルが首を傾げる。
「ポーラはともかく、私たちってどうせ政略結婚じゃないですか。今あれこれ考えるだけ時間の無駄と言うか……。レセリカ様も似たような考えでしたよね? 側妃がいても構わないとおっしゃってました、し……あ、れ? レセリカ様?」
ここでようやく、みんなの視線がレセリカに集まった。顔を赤くして俯き、身体を縮こませる様子に、全員が目を丸くして彼女を見た。
「ご、ごめんなさい。その、私にはちょっと、刺激が強かった、みたい……」
予想外のような予想通りのような。レセリカの初々しい反応に一気に場の雰囲気が和んだ。レセリカには生涯、純愛を貫いてほしいと誰もが思った瞬間である。
「と、とにかく! ご本人の意思はわかりませんが、シンディー様が息子を王位に就かせたいと望んでいるのは確実なのよ。しかもどうも自信満々のご様子だとか。つまり、その不倫相手と協力関係にあるんじゃないか、っていうのが夫人たちの見解なのですわ!」
こほん、と一つ咳ばらいをし、神妙な面持ちでラティーシャが話題を戻す。
伯爵家の、しかもフロックハート伯爵夫人が開催するお茶会の場で話されたのだから信憑性も高い。もちろんまだ推測の段階だが、彼女たちが言うのならその可能性が限りなく高いということだ。
「つまり、フレデリック殿下がレセリカ様に近付いているのは、根回しの可能性も高そうですよね。まったくもってけしからんですよっ!」
頬を膨らませて憤るキャロルに、力強く頷くポーラ。二人の友達が怒っているというのに、レセリカにはそれが嬉しく感じる。
不謹慎だろうか? とも思うのだが、自分のためにそう言ってくれるのが本当にありがたいのだ。
「もしくは、将来の婚約者だって思って馴れ馴れしくしているのかも。いやね、もう我が物顔だなんて。実力もない癖に偉ぶるような方は例え王族でも顔が良くてもごめんですねー」
「ふふっ、ちょ、ケイティったら。もう少し言葉を選んだ方がいいわ」
歯に衣着せないケイティの物言いだが、窘めるアリシアも耐え切れずに笑ってしまっている。
「私たちが出来る対応と言えば、出来るだけ複数人でレセリカ様のお側にいることくらいですわ。セオフィラス殿下と一緒の時でさえ話しかけてきたくらいですから、それもあまり効果はないかもしれませんけれど……」
真剣な様子で腕を組み、顎に手を当てるラティーシャに、レセリカは感謝の言葉を口にする。
「ありがとう。それだけでとても心強いわ」
「え、あっ!? か、勘違いしないでくださいませ!? 貴女なんかのためではなく、セオフィラス殿下のためですわ! 国の将来を心配しているだけでっ!」
「ええ。だからお礼を言いたいの。私もセオフィラス様をお守りしたいと思っているから……同じように考えてくれるのが嬉しいの」
「~~~っ! ズルい、ですわっ」
ふんわりと柔らかなレセリカの微笑みに、燃え上がりかけたラティーシャの嫉妬の炎はあっという間に鎮火していくのであった。
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