第104話まとめと決断


 週末、レセリカは一度これまでのことを整理しようと一人自室に籠っていた。しばらくはダリアにも入らないようにと言いつけてある。


 前の人生にことについても、もう一度じっくり思案したいからだ。うっかり独り言を漏らしてしまうかもしれないし、それを聞かれるわけにはいかない。


「まず、今の問題点を書きだしてみましょう」


 小さな声で独り言を呟く。黙っていてもいいのだが、声に出した方が色々とまとまるような気がするのだ。


 レセリカは早速ノートに問題を箇条書きにしていった。


 シィ・アクエルという水の一族が担任教師として学園にいること。その目的はまだハッキリとはわからないが、どうやらフレデリックと関係がありそうだということ。


 シィを教員にと推薦したのはフレデリックの母であるシンディーであること。そのシンディーは、息子フレデリックを王位に就けたがっているかもしれないこと。


 フレデリックが妙にレセリカに絡んでくること。


「あとは……これは、少し別件になるけれど」


 ラティーシャが、この先もリファレットとの婚約を内緒にしておくつもりなのかということ。


 個人的に心配なことでもあるのだ。ラティーシャの気持ちは知っているが、現実問題として学園在学中に婚約者が決まっていないと噂されるのは、ラティーシャはもちろんリファレットも困るのではないか、と。


「機会があれば聞いてみたいけれど、なぜそれを知っているのかと問い詰められたら困るものね」


 なんせ、ヒューイが掴んでくれた情報だ。正直に告げるわけにはいかないが、出所が不明だと不安にさせてしまう。最悪、疑念を抱かれかねない。

 せっかく友達になった……とレセリカは思っているのに、これがキッカケで仲違いはしたくない。


 ひとまず、レセリカの中でこの問題については保留となった。


「そうなると、最も気になるのはフレデリック殿下のことね」


 父親である王弟ヴァイスが関わっているという線は薄い気がする。が、一度話を聞くか調べる必要はありそうだ。

 ただ、立場的にレセリカが直接話をするのは難しい相手ではある。


 恐らくセオフィラスの方が調べるだろうとは思う。聡明な彼のことだ、なんの手も打たないなんてことはないだろうという読みだ。

 だがヴァイスは気ままに旅をしている身。学園に通うセオフィラスでは調べるのも難しいかもしれなかった。


 何はともあれ、レセリカが最も知りたいのはフレデリックが本当に王位を狙っているのかどうか、という点である。


 なぜならそれが事実であれば、セオフィラスの暗殺に最も関わりのありそうな事案なのだから。


 彼が暗殺される未来を阻止する。これこそがレセリカの今世の目標となっているのだ。その芽を潰すために正しい情報は必須だ。


「王位継承争いだなんて……現国王陛下の時もその前も平和だっただけに、とても気が重くなる話だわ」


 だが、隣国や周辺諸国ではよく聞く話ではある。自国だけがそういった問題に無縁などと楽観視は出来ない。


 いくら王族がそういった争いごとに縁のない、平和的思考の持ち主であっても、外部からの干渉を全て防ぐことは出来ないのだから。

 特に、フレデリックの母親は隣国の生まれだ。それだけで決め付けたくはないが、不安になるのは仕方のないことである。


「決め付けてしまわないためにも、慎重に、正確な情報を集めたいところだけれど。子どもの身では難しいわ」


 かといってヒューイに頼むのも気が進まない。恐らく彼ならそういった情報も掴んで来るだろうが、どう考えても危険だ。予想が正しかったとしたら余計に。

 それに、個人的な感情として貴族との関わりを嫌う彼にあまり無理はさせたくなかった。

 

 とはいえ、何もしないわけではない。この学園で出来ることはするつもりだ。


「シィ先生が受けている依頼の内容を予想だけでも出来ればいいわね。そのためには……接触する必要がある」


 これは避けては通れないことだ。危険である可能性は高いとわかってはいるが、彼と話すことで思惑が見えてくるかもしれないのだから。


 まずはシィとフレデリックの関係を聞いてみたい。正直に答えてくれるとも限らないが。

 それから、なぜあんな伝言を残したのか。あの場所で見せたかったものとはなんだったのか、その理由も含めて聞いてみなければ。


「はぐらかされる気しかしないけれど……何もしないよりはマシよね」


 ヒューイやダリア、そしてセオフィラスは嫌な顔をするだろう。出来るだけ関わらないようにと念を押されたばかりなのだから。

 もちろん頼れる人には頼りたいと思ってはいるが、そうして人に動いてもらっているのに自分だけ何もしないというわけにはいかない。いや、ジッとなどしていられなかった。


 レセリカはまだ子どもだ。相手が子どもだからと甘く見ている部分があるかもしれない。無知なフリをして聞くならむしろ今がチャンスだった。


 とはいえ、レセリカは子どもとは思えぬほど冷静で聡明だと噂されているわけだが。


「推測だけでは、思い込みになってしまうものね」


 聞いても無駄だと諦めるのは簡単だが、聞いてみないと何も進まない。僅かなキッカケすらも掴めないままなのだ。

 もう二度と、何もわからないままことが過ぎるのを待つのは嫌だった。


 特に今回は、仲良くなれたセオフィラスの死を何としてでも回避したい。


「セオフィラス様……」


 ペンを置き、ギュッと胸の前で手を握りしめて呟く。あんなに素敵な人が死んでしまうなんて、想像するだけで胸が苦しい。

 いつでも明るく飄々とした姿を見せてくれるヒューイだって、奴隷になってしまう姿など絶対に見たくない。


 自分の知らないところで、前の人生でのキャロルやポーラ、その他の友達も苦しんでいたかもしれない。王太子の死があったのなら、間違いなく国が荒れるのだから。


 出来れば思い出したくない記憶を、何度でもレセリカは思い返す。この恐怖を忘れてしまわないように。そうして、自分の目的を見失わないように。


「……お茶を淹れてもらおうかしら」


 ノートを閉じ、引き出しにしまったレセリカはダリアを呼ぶ。

 温かなお茶を飲みながら先ほどの自分の考えをダリアに告げると、予想通り彼女の眉間には深いシワが刻まれた。


 それでもレセリカの意思は変わらない。シィに一度、話を聞かなければ、と。

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