第103話相談と許可


 次の日、レセリカは朝からダリアに使いを出してセオフィラスと話せる場を作ってもらった。今日はランチを一緒にする日ではなかったからだ。

 そもそも、ランチタイムで気軽に出せる話題でもない。改まって話すにはこうするしかなかったのだ。


 急な誘いにもかかわらず、セオフィラスの返答は早かった。もちろん、了承とのことだ。

 しかも放課後、空き教室を借りておくという手配までしてくれている。かなり仕事が早い。


「お忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」

「他人行儀だなぁ。レセリカから大切な話があるというんだ。当たり前のことだよ」


 セオフィラスはいつも通りの微笑みを浮かべてはいたが、その眼差しには心配の色が見える。担任がシィであることがわかってから気にしてくれているのだろう。


「二人には教室の外で待っていてもらうかい?」


 そして、いつになくレセリカが緊張感を漂わせていることを察して配慮してくれたようだ。だが、レセリカはゆるりと首を横に振る。


「いえ、お二人にも聞いていただきたいです」


 話の内容的に、護衛である二人にも聞いていたもらった方がいいだろうとの判断だ。

 ジェイルとフィンレイは互いに一度だけ目配せをし合い、再びレセリカとセオフィラスに視線を向け直した。


「わかった。ジェイル、フィンレイ。二人はドアの近くで聞いていてくれ」


 セオフィラスが指示をすると、二人はそれぞれ前後のドアの前まで移動した。誰かが近付いてきたらすぐに知らせられるようにだろう。レセリカは心の中で深く感謝した。


 そうして場が整ったのを見計らい、レセリカは静かに昨日の出来事を話し始めた。


「実は昨日……」


 レセリカは、まずクラスメイトからシィの伝言を受けたことから話し始めた。

 シィの名が出た時点ですでに眉根を寄せていたセオフィラスだったが、話が進むにつれてそのシワが深くなっていく。


 それを見ていると少々話しにくかったが、どうにかこうにかレセリカは全てを話し終えた。


「なるほどね。フレデリックが……」


 セオフィラスはそれだけを言うと腕を組んで何やら考え始めた。

 その間、黙っていた方が良かったのかもしれないのだが、レセリカは助言を求めるためもう少しだけ付け加えることにした。


「私は、お恥ずかしながらフレデリック殿下のことをあまり知りません。ですから、どのような対応が正解なのかわからなくて……」

「対応がわからない? レセリカが?」


 正直にそう告げると、セオフィラスが驚いたようにパッと顔を上げる。心底意外だという様子だ。

 だが、すぐに何かに思い当たったかのように心配そうな顔に戻る。


「ねぇ、レセリカ。もしかして、何か嫌な思いでもしたんじゃない? 君が対応に悩むなんて余程のことだと思うのだけれど」

「そ、れは……」


 レセリカの有能さは、セオフィラスも良く知っている。貴族のことなら一通り情報を持っているだろうし、ましてや王族ならよりしっかりと覚えていることだろう。相手に合わせた対応が瞬時に出来るのだ。


 レセリカは表情こそあまり変わらないが、対応を間違えることはまずない。それを知っているからこそ、悩んでいることに違和感を覚えたのだろう。察しの良い王太子である。


 ただ、レセリカは答えを言い淀む。無理もない。昨日起きた出来事を自分の口から説明するというのはレセリカには難しかった。


 セオフィラスに喧嘩を売るような真似をしたフレデリックの言動。それをいかに伝えるべきか。


 珍しく何も言えないでいるレセリカを見て、セオフィラスは嫌な予感が膨らんだのかもしれない。いつもは穏やかな表情が、どんどん険しくなっていく。


 そんな時、レセリカの後ろに控えていたダリアが一歩だけ前に出て口を開いた。


「……お話の途中、失礼いたします。どうか発言をお許しください。この先は、レセリカ様がお話になるのは少々酷ですので」

「だ、ダリア……!」

「構わない。教えてくれ」


 慌てるレセリカを余所に、セオフィラスが身を乗り出して許可を出す。それを受けてダリアは一つ咳払いし、早口で報告を始めた。


「では。……フレデリック様は、セオフィラス殿下をやめて自分の婚約者にならないかとおっしゃいました。それだけでなく、レセリカ様の絹糸のように美しい髪に口づけを落とされたのです。レセリカ様は拒否することも出来ず、硬直しておられました。恐ろしかったでしょうに、最後まで気丈に振舞われて……お姿が見えなくなった後は一人で立っていられないほどでした」

「…………」


 脚色が入っている気がする、とレセリカは思った。

 ただ、嘘は言っていない。フレデリックの言動もレセリカの反応も紛れもない事実だ。

 ただ、どうも大げさに言い過ぎなのではと居た堪れない気持ちになる。


 一方、話を聞かされたセオフィラスの目は据わっていた。心なしか護衛の二人もピリピリとした空気を纏っている気がする。レセリカはますます何も言い出せなくなった。


 そんな緊迫した空気感の中、だんだんレセリカが不安になってきた頃、ようやくセオフィラスがふわりと微笑んだ。

 今はその笑顔も怖く思えてしまうが、レセリカは考えないようにした。


「レセリカ。不快な思いをさせたね。同じ王族として恥ずかしいよ。まずは代わりに謝罪させてほしい」

「いえ、そんな! 頭を下げるなんて、お、おやめくださいっ!」


 突然、目の前で頭を下げられてレセリカはかなり慌てた。普段、ここまでわかりやすく焦ることのないレセリカなので、この光景はとても珍しい。

 だが、セオフィラスはそのまま数秒ほど頭を下げたままの姿勢を保った。それは彼なりの、心からの謝意なのだ。


 そして、再び顔を上げたセオフィラスは真摯な眼差しでレセリカを見つめた。放たれる言葉は重みをもっており、レセリカも自然と背筋が伸びる。


「今後は、嫌だと思った時はハッキリと断っていい。私の名を出すんだ。それと、ダリアといったね? レセリカが嫌な思いをする前に君が拒絶してくれて構わない。私が許可する」


 自分を頼ってくれ、ということだ。その言葉は許可ではあったが、懇願の色も感じ取れた。

 次に同じようなことがあった場合、すぐに駆けつけられない分どうかそれで回避してほしい、またすぐに知らせてほしいということなのだろう。


「畏まりました。感謝いたします。これでレセリカ様をお守り出来ます」


 ダリアが深々と頭を下げるのを横目で見ながら、レセリカも確かに勇気付けられるのを感じた。

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