第97話不安と感謝
シィがレセリカの担任になったことで、ダリアはいつも以上に警戒心を強めたようだった。というのも、もう一人の従者であるヒューイが今は調査で忙しく、あまりレセリカの側にはいられないからだ。
どうやら従者二人の間では密な打ち合わせが行われたようで、しばらくレセリカの護衛はダリア一人に任せられることとなったらしい。
そうはいっても、相手は水の一族。元火の一族であるダリアが対峙するにはかなり相性が悪く、不安が残る。そのため、ヒューイは一刻も早く調査を終わらせる必要があった。
もちろん、そんなやり取りがあったことなど、レセリカは知らない。優しい主人にあまり心配をさせたくないという部分において、不仲な二人の意見が一致したためである。
しかし、シィが担任となったとはいえあまり関わる機会は多くない。シィの受け持つ薬学の授業をレセリカは選択していなかったからだ。
そのため、顔を見るのは朝と午後、それから時々行われる総合ディスカッションの授業時間のみ。あとは学年末に行われるという個人面談を乗り切るだけである。
そんなに単純な問題であるわけでもないのだが。
「心配は尽きないな……。レセリカ、護衛は増やしたんだよね? それにしては姿を見ないけれど」
レセリカの心配をしているのは従者たちだけではない。セオフィラスもまた、レセリカを心配する人物の一人であった。
王太子の婚約者という立場上、狙われてもおかしくないことは重々承知している。だからこそ気が気ではない様子で、新年度が始まってからというものこれまで以上に気にかけてくれているのだ。
自分の目の届かないところで水の一族と関わることになるのがとにかく心配なのだという。
「もちろん増やしています。ただ、目立たないように隠れて護衛をしてくれる者なので……」
「……なるほど。私には気配も察知出来ないみたいだ。とても腕のいい護衛なんだね」
「はい、信用出来る護衛です。いつも側にいるダリアも護衛を兼任していますし……大丈夫ですよ」
「ああ、彼女もかなり腕が立つようだ。所作だけでわかるよ。それならまぁ、安心かな」
セオフィラスは心配そうにレセリカに向けていた視線をダリアに移す。極力気配と表情を消して立つダリアを見て、セオフィラスは顎に手を当てた。
「一体、何者なのだろうね。ただの侍女ではそうもいかない。よほど優秀な家の出なのだろうけれど……武官の家系かな? それにしては噂を聞かないし、顔も見たことがない。彼女ほどの腕前の女性なら知っていてもおかしくないはずなんだけど」
その発言にドキリとする。セオフィラスは佇まいだけでダリアの実力を見抜き、自らの記憶と照合してしまったのだ。
実際、ダリアの優秀さを知れば貴族家の出だと考えるのが普通である。幼い頃から英才教育を受けているからこそ、能力が高いのだろうと判断するためだ。
ごく稀に、一般家庭から天才と呼べる者が現れることもあるが、その数はかなり少ないのだから。
「ダリアは、貴族家の出身ではないのです」
少ないとはいえ、いるにはいる。そのため、レセリカはダリアを一般家庭の出身であるということにしていた。
ただ、聡明なセオフィラスのことだ。それだけで納得するとも思えない。後に調査をされる可能性もあるだろうとレセリカは考えていた。
「ああ、やはりそうだったんだ。それなら、きっとかなりの努力をしてきたのだろうな。ベッドフォード家は優秀な人材を見付けたね」
しかしセオフィラスはそれ以上、踏み込む気はないようだった。ベッドフォード家の判断を信用してくれたのだ。
そのことに深く感謝しつつ、いつかはきちんと話さなければならないとも思う。ダリアのことも、ヒューイのことも。
ただ、今はまだその時ではない。レセリカは目を伏せた。
「……はい。出会いに感謝しています」
その発言に、背後に立つダリアは密かに心を打たれていた。レセリカはまた知らないうちにダリアからのより強い忠誠心を得たのであった。
「セオフィラス様、色々と心配してくださってありがとうございます」
再び目線を上げたレセリカは、改めてお礼を言う。
水の一族の者が担任になってしまったことはもうどうしようもない。近くにはダリアもいるし、必要最低限だけ関わればきっと大丈夫だ。そう自分に言い聞かせてはいたが、レセリカにも不安はある。
そんな時に、自分のことのように気にかけてくれたセオフィラスの存在もとても心強いと実感したのだ。
自分が守りたい相手ではあるものの、やはり心配してくれるのは嬉しいと感じる。
「それは当たり前でしょう。レセリカに何かあったら、私は正気を保てそうにないから」
「そ、そんな大げさな……」
自然と口から出てきた感謝の言葉だったのだが、セオフィラスが大真面目な顔でそんなことを言うのでレセリカの方が戸惑ってしまう。
彼は引き続き真剣な顔でレセリカを見つめて言った。
「大げさなんかじゃないよ。どうしてかな、とにかくレセリカのことになると心を乱されるんだよね」
そう言いながら、自信の胸に手を当てるセオフィラスは何かを考えるように一度目を伏せた。そしてそのままポツリと呟く。
「たぶん、それほどレセリカのことを大切に思っているってことなんだ」
うん、そうだ、と確認するようにセオフィラスは何度か頷いてレセリカに微笑みを向けた。
レセリカは、自身の鼓動が速くなっていることに気付く。同時に、セオフィラスから目が離せなくなっていることにも。
「忘れないで。君が思っているよりもずっと、私が君のことを考えているってこと」
真っ直ぐな眼差しを受けて、レセリカは息を呑む。一度目の人生も含めて経験したことのない感情が沸き起こり、レセリカはただ顔を赤くしながら小さく頷くことで精一杯であった。
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