第91話事の重大さと暗殺犯


 その日、レセリカはずっと考えていた。元素の一族について、そして未来で起こるだろうセオフィラスの暗殺についてだ。


 確か、風の一族は地の一族に関する情報なら全て調べることが出来るとダリアが言っていた。つまり、ヒューイなら暗殺を企む貴族のことを調べられるかもしれない。


 だからこそ、貴族は風の一族を恐れている。特に悪いことはしておらずとも、他家に隠しておきたいことくらいどの家にもある。

 経営方法や、仕事上のやり取りなど、他所に知られると困ることはたくさんあるのだから。


 風の一族が貴族を嫌って避けているのは、ある意味で双方にとって好都合な状況でもあるというわけだ。互いに干渉しないことで平和が保たれるともいう。


 もし、そんな風の一族が貴族の誰かの味方につけば、やましいことをしている者たちは必死になって彼らを探すだろう。

 そして、消そうと考えるかもしれない。


(ヒューイが私を主と決めたことは、絶対に誰にも知られてはいけないわね)


 元素の一族のことを色々と知った今、事の重大さが理解出来る。

 もちろん、レセリカは不用意に貴族のことを調べようとは思わない。そもそも、レセリカがそういったタイプの貴族だったら、恐らくヒューイは主に選ばないだろうが。


(お父様は本当によく許してくださったわね……)


 風の一族を味方につけた、というのはかなりのアドバンテージになるが、同時に狙われやすくもなる。それを、自分以上に聡明で冷静な父が気付かないわけがないのだ。

 改めてオージアスが、レセリカやヒューイを信じてくれたことをありがたいと感じる。同時に、決して信頼を裏切るようなことはしないように、気を引き締めねばならない。


 おそらく、ヒューイもしっかり理解しているのだろう。レセリカの前で以外、姿を見せようとはしないことからもよくわかる。

 ただ、それは元々そういう性質だというのもあるだろうが。


(……でも、暗殺を食い止めるためには調べてもらうこともあるわよね)


 セオフィラスは王太子なのだ。どこで、誰が彼の命を狙っていてもおかしくはない。

 他の王位継承者に継がせたいと願う者、この国の敵対国……。予想は出来ても誰が本当に狙っているのかさえ、今は掴めていない状態である。


 何より最も重要な問題として、セオフィラスの暗殺はまだ起きていない事件なのだ。レセリカが学園を卒業する頃に起きる、未来の事件なのである。

 さすがにまだ起きてもいない事件を調べることは出来まい。


 今の自分に出来ることはないのだろうか。諦めかけたレセリカだったが、ふとあることを思い出す。


(フローラ様が亡くなられたあの事件のことは、調べられるのかしら……)


 ドクン、と心臓の音が大きく聞こえる。もし、わかれば……? 知ったところでもうどうにもならないが、犯人がわかれば何か進展するかもしれない。

 なぜなら、あの事件はそもそも誰を狙ったものなのか、はたまた無差別だったのか、目的が不明のままなのだから。


 もちろん、当時の犯人と未来の犯人が同じとは限らない。それでも、暗殺について何かがわかるかもしれないのだ。

 それに、フローラ王女が亡くなることになった原因がわかれば、もしかしたらセオフィラスの心が少しは救われるかもしれない。……逆に、心を乱す結果になる可能性もあるのだが。


 手が微かに震えている。しかし、レセリカはその手をギュッと握り込んでヒューイに聞いてみようと決意した。




 夜、自室にてレセリカは予定通りヒューイを呼び出した。もちろんダリアも一緒だ。

 レセリカは早速、本題を口にした。


「ヒューイ。幼い頃、フローラ王女が毒を口にして亡くなった事件は知っている?」

「あ? ああ、そりゃ……もちろん」


 ヒューイはいつにも増して真剣な様子のレセリカに戸惑いながら姿勢を正す。

 何を話されるのかはわからないが、レセリカの緊張が伝わり、落ち着かない様子でソワソワしていた。


 出来れば、彼に貴族のことなど調べさせたくないという思いがレセリカを尻込みさせる。だが、言い淀んでいても仕方がない。優先順位を間違えてはならないのだから。

 レセリカは覚悟を決めて口を開く。


「あの事件で、誰が毒を仕込んだのかを調べることは出来るのかしら」

「おう、出来るぜ」

「で、出来るの!?」


 勇気を振り絞った質問だったのに、あまりにもヒューイの返事があっさりとしたものだったのでレセリカは拍子抜けしてしまった。そんなに簡単に出来ると言い切れるのにも驚く。


「正確には、予想はついてる。人物の特定までは調べないと無理だけど」


 そして続く言葉にはさらに驚かされた。まさか、調べる前にある程度の予想がついているとは。

 レセリカは珍しく焦ったようにヒューイに一歩近付いた。教えて、と真っ直ぐ彼を見つめながら。


 ヒューイは一瞬、目を丸くした後にやや気まずそうに眉根を寄せた。


「そりゃあ教えることに問題はねーけど……あんまり上品な話じゃないからなぁ」

「……仄暗い内容ってこと? 気にしなくていいわ。大丈夫だから、聞かせてもらえる?」


 ヒューイなりにレセリカに気遣ってくれたのだろう。その気持ちは素直にありがたい。

 だが、血生臭く、気分の良くない内容になることくらいレセリカにもわかっている。何せ、自分は一度処刑された経験があるのだから。今更、暗殺手段の話くらいはどうってことない。


 もちろん、傷付かないわけではない。ただ、知っているのだ。最悪を知っているからこそ、絶対に阻止しなければということ、そのために避けては通れない話題なのだということを。

 レセリカはちゃんと、覚悟を決めているのだ。


 ヒューイは相変わらず心配そうに眉根を寄せていたが、視線を向けたダリアも小さく頷いている。

 なるほど、どうやらダリアも察しはついているようだ。ただそれを主人であっても口外出来なかっただけで。


 それを確認したヒューイは諦めたように小さく息を吐くと、渋々口を開いた。


「……毒を使った暗殺は、水の一族のやり方なんだよ。王女サマが食ったのは本来、城のパーティーかなんかで出された菓子なんだろ? 城で出されたモンに何かを仕込む。それが出来るのは十中八九、水の一族だろうよ」

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