第89話報告と進路


 ラティーシャと一応の和解を済ませてからというもの、レセリカの周りには人が自然と集まるようになっていた。


 とはいっても、特別親しくしている者は相変わらずキャロルやポーラだ。ただ、以前よりもずっと気さくに話しかけてくれる人が増えたのである。


 その二人に加え、今ではラティーシャとアリシア、ケイティの三人とも一緒にいる時間が増えている。

 絶対に諦めない宣言をした上、レセリカに対して遠慮がなくなったラティーシャだったが、むしろその距離感がレセリカには嬉しくもあった。


「私としては少し、いやだいぶ複雑な気持ちなんだけれどね」


 今日のランチはセオフィラスとともにカフェテラスで摂っている。レセリカの向かい側ではセオフィラスが眉根を寄せていた。


「やはり、そうですか? でも……」

「ああ、わかっているよ。レセリカと彼女が仲良くするのと私の個人的な感情は別だってわかっているから」


 レセリカはこれまでのことを最初から最後まできちんと説明した。ラティーシャのセオフィラスに対する想いまでしっかりと。

 さすがに少し恥ずかしく、伝えるのには勇気がいったし、彼女の想いを自分が勝手に伝えるのはどうかとも思った。だが、言い淀むレセリカの言葉をあっさりとジェイルが引き継いでしまったのだ。

 ラティーシャ嬢は本気でセオフィラスに恋してるってわけか、と明るくあっさりと。


「けど、少しくらいやきもちを妬いてくれてもいいと思うのだけど? レセリカ、君は私の婚約者としてもう少しくらいワガママを言ってもいいんだよ?」


 いつもにこやかなセオフィラスが、不満を隠そうともせずやや恨みがましくレセリカを見ている。その姿は普段の大人びた様子とは違って、年相応な子どものようだ。むしろワガママを言ってくれと願っているのだろう。


 だが、そんな遠回しな願いを察せるレセリカではなかった。


「すでに色々とワガママを言わせてもらっています。ランチをご一緒する時間や、放課後の乗馬訓練の時間も私の都合で減らしていただきましたし……」


 本当は、ラティーシャの気持ちをあまり邪険にはしないであげてほしい、というのがレセリカの本音だ。


(ダリアやヒューイに、それは絶対に言ってはいけないと何度も釘を刺されたものね……確かに、さすがにお節介になってしまうわ)


 理由は見当違いであるが、その判断は大正解である。従者たちのファインプレイであった。


 レセリカの言葉を聞いて、セオフィラスはもちろん、彼の側に立つジェイルやフィンレイも思わず苦笑を浮かべてしまう。


「それはワガママとは言わないんだけどな。ま、君はそういう人だよね」


 セオフィラスは諦めたように、それでいて優しげに微笑んだ。彼女のそういった部分が好ましいのだから。

 だがそうは言いつつも、心の中に渦巻くモヤモヤがなんなのかとセオフィラスは眉根を寄せる。自分の中にある不愉快な感情を持て余しているようだ。


「……来年は、さらに共に過ごす時間が減りそうだからかも」

「え?」


 セオフィラスは、自分の中で結論を出したようにポツリと呟く。その一言にレセリカは不思議そうに首を傾げた。


「四年からは進路が分かれるからね」


 王立イグリハイム学園では、四学年から進路が六つに分かれることとなっている。将来、就く仕事によってより専門的な知識や技術を身に着けるのが目的だ。


「ああ、そうでしたね。セオフィラス様はやはり貴族科へ?」


 貴族家の多くはレセリカの言った貴族科に進む。上の立場に就く者として経営学を中心に学ぶコースとなる。

 また、横の繋がりを作るのにも適した進路のため、特に学びたいことがなければ貴族科に進むのが無難なのだ。


 しかし、護衛のジェイルは士官科に進んでいるし、フィンレイも同じ進路を選ぶだろう。弟のロミオは文官科へ進む道もある。

 王城に勤めたい女子生徒は貴族科か秘書科へ、キャロルのように家で商売をしているものは商業科へ、そして多くの一般生徒は一般科へと進む。


「いや、私は士官科に行くつもりだよ。貴族として、王族として学ぶことはすでに叩き込まれているから」

「えっ、文官科でもなく、士官科ですか?」

「うん」


 レセリカは驚いて目を丸くした。セオフィラスはむしろ守られる側の人間だ。それなのに、守る側の訓練をすると言っているのだから。

 しかもこの学園の士官科はかなり厳しいと聞く。学生だからと、また貴族だからと手を抜くことはせず、卒業後はそのまま騎士や軍人になるものがほとんどなのだ。


「いつ命を狙われるかもわからない立場だし、自衛手段は多い方がいい。それに、私は自分の手でレセリカを守りたいからね」

「っ!」


 その言葉に、レセリカは二つの意味で動揺した。

 一つは、改めて命を狙われる立場なのだと実感したこと。もう一つは、自分を守るためだったということだ。


「ってか、セオフィラスはこれ以上強くなると俺の立場がなくなるんですけどー」

「今年の剣術の大会では優勝していましたよね」

「ジェイルもリファレットも高学年の部だったからね。来年はまたこの二人に負けるんじゃないかな」


 つまり、セオフィラスは常日頃から本格的に訓練をしているジェイルたちに匹敵する剣の腕前だということだ。

 次期国王として公務に付き添っていたり、簡単な仕事を少しずつ任されているセオフィラスに、彼らほど訓練をする時間はないはずなのに、だ。

 だからこそ、ジェイルは口を尖らせているのである。


「そんなに完璧王子を目指さなくてもいいのにさー」

「完璧なんかじゃないよ。私はあらゆることをそれなりに出来るだけ。だから努力をするんじゃないか」


 実際、セオフィラスは努力の人だ。確かに元々、器用な人物ではある。勉強の仕方も上手く、運動センスもあったからこそ努力した分めきめきと上達していく。さらに、いつまでもそれで良しとせず、上を目指そうという勤勉さもある。


 おそらく、あと数年で彼は他者を寄せ付けないほど各分野においてずば抜けて優秀な成績を収めることだろう。今もすでに、その片鱗を見せているのだから。


 そんな王太子に仕えることを決めているジェイルやフィンレイも、うかうかしてなどいられないというわけだ。

 護衛としても、仕事仲間としても、彼の隣に立つにふさわしくあろうと人一倍の努力を積み重ねるのだ。


(私も、セオフィラス様の隣に立っても恥ずかしくない女性にならなければいけないわね)


 第一に暗殺の阻止ではあるのだが、同時にレセリカも努力を続けなければと改めて思うのだ。

 そんな時、セオフィラスから思いもよらぬ提案をされる。


「レセリカもさ、貴族科に進む必要はないんじゃないかな。今から学びたいことを考えてみるといいよ。学園にいる間にしか学べないこともあるかもしれない」


 目から鱗だった。当然、自分は貴族科に進むと思っていたからだ。

 だが、言われてみれば前の人生で得た、聖ベルティエ学院での知識と経験は貴族科で学ぶこととほぼ同じ。今さら貴族科にいったところで新しく学べることはあまりなさそうである。


(そうなると秘書科かしら。将来、セオフィラス様をお支えするのに役立つかもしれないし……)


 レセリカの進路を決めるまであと一年ある。もう少しゆっくり考えてみようとレセリカは心の中にメモをした。

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