第74話勇気とチャンス


 翌日、レセリカは人知れず張り切っていた。

 せっかく昨日、勇気を出してセオフィラスに頼んだのだから、今日も勇気を出してクラスメイトをランチに誘おうと。そして、初めての友達を作ろうと。


 ただ、緊張からか顔が強張っており、いつもにも増して近寄りがたいオーラを放っているのだが本人に自覚はない。


 そのためか、なんとか声をかけようとしても怖がって同じクラスの令嬢たちからさり気なく距離を取られてしまう。貴族でさえこれなのだ、一般生徒は最初からレセリカの方を見ようともしない。


 おかげで、今日は挨拶すらまともに出来ていない。結局、レセリカは誰にも声をかけられないままお昼の時間を迎えてしまっていた。


(頑張ろうって決めていたのに。私ったらどうしてこうなのかしら)


 レセリカは未だかつてないほど落ち込んでいた。いつもならこのままカフェテラスへと足を運ぶのに、席に座ったまま動くことも出来ない。

 ダリアが心配そうにこちらを見ていることには気付いていたが、今はそっとしておいてほしいと願うほどだ。


 このまま、ランチタイム終了までぼんやりし続けているわけにもいかないことはわかっている。もう少し教室内の人がいなくなったところで、ダリアに頼んで昼食を用意してもらおうと思っていた、その時だった。


「あ、あの。レセリカ様? 今日はカフェテラスへは行かないのですか?」

「! キャロル……」


 いつもとは違う行動に心配の目を向けていたのはダリアだけではなかった。キャロルもまた様子のおかしいレセリカを心配しており、思い切って声をかけたようだった。


 落ち込んでいたレセリカにとって、話しかけてくれたキャロルは救世主のように思えた。


(せっかく話しかけてくれたのだもの。今日のラストチャンスだわ。が、頑張らないと)


 一度折れかけていた心を立て直し、レセリカはパッと顔を上げて口を開く。いつも本音を告げる時は変わらず緊張してばかりだが、今日の緊張は過去一番かもしれないとレセリカは思う。


 恐らく、緊張だけではない。恐怖心もあるからだろう。断られたらどうしようという恐怖が、今日一日レセリカの表情を強張らせていたのだ。


「……ええ。その、今日は殿下と約束しているわけではなくて」

「そうなのですか? 私はてっきり、レセリカ様は殿下としかランチをしないのかと思っていました!」


 キャロルの言動には裏表がない。今の言葉にも悪意が全くないのはすぐにわかった。

 だが、周囲で様子を見ていた生徒たちはハラハラと心配そうだ。下手をすれば嫌味とも取れるからである。


「やっぱりそう思われていたのね。そうじゃないかと思って……今日は、その、他の方と食事をと考えていたのだけれど」


 相変わらずレセリカの顔は強張ったままだ。美少女である分、真剣なその表情は周囲を怖がらせてしまう。

 ただ、話の内容からどうも様子がおかしいとようやく他の生徒たちも気付き始めたようだ。遠巻きながらレセリカのことを見守る者がチラホラ見られた。


「では、どなたかとお約束があるのですね?」

「いっ、いえ、そうではなくて……」


 そんな周囲の空気に、気付いていないのか知っていてい気にしていないのか。キャロルは疑問に思ったことを臆せず訊ねている。クラスメイトたちの中でキャロルは勇者となった。


 一方レセリカは、心臓が飛び出してしまいそうなほど緊張がピークに達していた。手を膝の上で握りしめ、目をギュッと瞑る。

 とても情けないことだが、伝えないと伝わらない。言ったことで呆れられたり、馬鹿にされるかもしれない。


(それでも、伝えたい。私は、変わりたい……!)


 このチャンスを逃したら、この先も逃し続けるかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。


「ほ、本当は、誰かをお誘いしたかったのですけれど……ゆ、勇気が出なくて。結局、誰にも声をかけられずに昼食の時間になってしまったの……!」


 肩に力が入り、顔を真っ赤にしたレセリカの告白は教室内に静かに響き、その場にいた生徒全員がその言葉を耳にした。


 誰も理解が追い付かなかっただろう。数秒ほど教室内に沈黙が流れた。ここ最近、レセリカが本音を言うといつも起こる現象だ。

 とはいえ、毎回起きるこの沈黙の時間は果てしなく長く感じる。


 そして今回はそれに耐えきれず、レセリカは続けて言葉を口にした。


「な、情けないでしょう? とても、恥ずかしい話なのだけれど……でも、私はお友達が、作りたかったの……」


 ほんのりと目じりに涙を溜めて頬を上気させた美少女の姿は、その場にいた者たちの心を射抜く。

 何ごとにも動じず、いつでも完璧に物事をこなす冷徹令嬢の素の姿が知れ渡った瞬間であった。


「か、可愛すぎませんか……?」


 つられるように顔を赤くして一歩後退ったキャロルの言葉は、その場にいる生徒たちの総意であった。


 チャンスと感じたのはどうやらキャロルも同じだったようだ。すぐに気を取り直したキャロルはズイッとレセリカに近付いて興奮気味に話しかける。


「あのっ! つまり今日はまだどなたとも約束をしていないということですよね? では、では、よかったら私と一緒に……」


 食事を、と言いかけたその時、教室の廊下から可愛らしくもよく通る声がキャロルの言葉を遮った。


「キャロル? 何をしていらっしゃるの?」


 振り返った先には、アリシアとケイティを引き連れたラティーシャの姿。


「カフェテラスに参りましょう? 今度一緒に食事を、と約束をしていたでしょう? お誘いに来たのですけれど」


 顔の近くに緩く握った手を当てて、小首を傾げながら微笑むラティーシャはとても可愛らしい。

 だが、その言葉の裏にはもちろん行くわよね? という意味が込められているように感じた。

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