第62話偏見と目撃
レセリカはついはしゃいでしまったことに反省しながら二人の下へと戻っていく。時間も頃合いということで、三人はカフェテラスへと向かうことにした。
道中、申し訳なさと恥ずかしさで俯きがちなレセリカをフォローするため、フィンレイが何か話を振ろうと口を開こうとした時だ。
オリエンテーション中で初めて、リファレットからレセリカへと質問を投げかけた。
「馬が……好きなのですか」
ただ、目は合わせようとしない。気まずげに視線は遠くに向けたままである。
リファレットの口調と質問の内容から、自分に向けられているのだと察したレセリカは顔を上げて戸惑い気味に返事を口にした。
「え、ええ。実は弟と一緒に乗馬の訓練をしていて」
まさか、リファレットから質問をされるとは思ってもみなかったため、思わず隣を歩いていたフィンレイと目を合わせてしまう。彼もまた驚いているようで、意外そうに顎に手を当てていた。
「貴女が、馬に?」
一方で、レセリカの答えを聞いたリファレットもまた驚いたように目を丸くしていた。一瞬、うっかりレセリカと目を合わせてしまうほどだ。すぐに慌てて逸らされてしまったが。
「またどうして訓練をしようと?」
「それは……」
その割に、意外とリファレットは掘り下げて聞いてくる。しかもその声色はまるで信じられないと言わんばかりだ。
正直なところ、訓練を始めたキッカケは事実「信じられない」と思われるだろう理由だ。崇高な理由などではなく、子どもじみた少し恥ずかしい動機であった。
このまま見栄を張って、正しい姿勢を保つためだ、などと言って誤魔化すことも出来るのだが……。
(……今度の人生では、嘘なんてつきたくないもの)
本当の気持ちを嘘偽りなく伝えたい。人生をやり直したレセリカが心に決めたことなのだ。外聞を気にせず、心の声を伝えたい。
ちなみに、多少の恥ずかしい噂が立ったところで今更レセリカの完璧な令嬢像が揺らぐことなどないのだが、本人は知る由もない。
レセリカは、覚悟を決めて口を開いた。
「弟が、あまりにも楽しそうでしたので。え、っと。う、羨ましくて……」
思い切って伝えてみたはいいものの、やはり恥ずかしいからか言葉が尻すぼみになっていく。と同時にレセリカは耳まで顔を赤くした。
乗馬訓練は前の人生では経験していなかったことだ。
以前は完璧にやらなければならないというプレッシャーや、必要のないことは時間を無駄にしてしまうという焦りもあって、見向きもしなかったとも言える。
しかしやり直し後のレセリカには周囲を見回す余裕があり、やりたいと思ったことを口に出す勇気を得て、それを聞き届けてくれる環境というものが揃っていた。
当然、父オージアスも急に馬に乗りたいと申し出たレセリカに面食らったが、今のように頬を染めて恥ずかしそうにおねだりする娘の頼みを断るなど、彼に出来るわけがない。
しかもあっさり訓練の許可をしただけでなく、誕生日にはレセリカのためにと美しい白馬まで買ってきたのだから甘やかしぶりを察していただきたい。
というわけで、レセリカはまだ乗馬歴一年という経験年数ではあるものの、持ち前のバランス感覚の良さと努力により、ちょっとした障害くらいなら飛び越えられるほどには乗りこなせるようになっていた。
二人はまさかそこまでの腕とは思ってもいまい。
「ず、随分とお転婆……いえ、活発なのですね。とてもお淑やかなご令嬢のすることとは思えな……」
「おや、リファレット殿。確かにまだ数は少ないでしょうが、ご令嬢が馬に乗るなど珍しくはないですよ。剣を振るう方もいらっしゃるくらいです」
恥ずかしがったレセリカに見惚れたことを誤魔化すように、リファレットは口元を引き攣らせて差別的なことを口にした。
そこにすかさずフォローを入れたフィンレイはさすがと言えよう。同じくらい驚いただろうに、それを表に出さずのほほんと微笑んでいる
「新緑の宴で殿下と披露したダンスは素晴らしいものでした。ダンスで体幹が鍛えられているでしょうから、乗馬の上達も早そうです。怪我は心配ですけれどね」
フィンレイにニコニコと笑みを向けられたリファレットはそれ以上何も言えなくなってしまった。
彼もまた、セオフィラスと同様に笑顔の使い方が実に上手い。
(やっぱり、令嬢への偏見があるのね。由緒あるアディントン家だから余計に、かしら)
だが、レセリカは特に気を悪くすることはない。
むしろ、ここへきてようやく彼からどんな印象を持たれているのかが見えてきて好都合だとさえ思った。
「……申し訳ありません。自分は少々、頭が固かったようです」
しかし、どうやら彼は意外にも柔軟なところがあるようだ。フィンレイの言葉を受け入れ、反省し、謝罪をしてきたのだから。頭が固いだなんてとんでもない。これにはレセリカも驚いた。
「ですが、バクスターの言う通り……怪我にはご注意を」
「……ええ。ご心配、ありがとうございます」
自分もまた、リファレットを偏見の目で見ていたかもしれない。こういうタイプは思い込みが激しく、こうあるべきという主張をあまり曲げることはしないだろう、と。
(この方も、不器用な人なのかもしれないわ。私も反省すべきね)
ならば、より歩み寄る姿勢が必要だろう。レセリカは腹を括った。
うまくいけば馬の話で少し距離を縮められるかもしれないと考えたレセリカは、ランチの間にうまく乗るコツなどを聞いてみようと試みたのだ。
その作戦は大成功で、教えを請われたリファレットは心なしか上機嫌になりながらあれこれとアドバイスをしてくれた。きっと、頼られるのが好きなのだろう。
「……実を言うと、貴女のことを警戒していたのです。ですが、話してみて貴女がとても素晴らしい方なのだということがハッキリとわかりました。これまでの非礼をお許しください」
そしてオリエンテーション三日目、最後のランチタイムで思っていた以上にリファレットの理解を得られてしまったのである。
「非礼だなんてとんでもありません。色々と教えていただき感謝いたします。アディントン伯爵子息」
「いえ……。どうぞ、リファレットとお呼びください。その、レセリカ様」
まさか、ここまで気を許してもらえるとは思ってもみなかったレセリカは目を見開く。
一体、何が彼をこんなにも素直にさせたのだろうか。そんなに馬が好きだったのだろうか。レセリカは内心でひたすら首を傾げていた。
これが演技という線も完全に消え去ったわけではない。だが、レセリカは信じてみたいと思うのだ。
それに、真面目そうな彼の言葉が嘘だとはあまり思えなかった。
なにはともあれ、当初の目標だったリファレットとの信頼関係を少しは築けたかもしれない。
少なくとも、会話は出来たのだから、上出来と言えよう。わずかな変化であっても、一歩一歩の積み重ねだ。
レセリカがそう胸を撫で下ろした、その時だ。
「リファレット? 君は私の婚約者を口説くつもりなのかな?」
「で、殿下っ!? まさか! そんなつもりなど……!」
「まぁ、リファレット様。そうでしたの……?」
「らっ、ラティーシャ嬢まで……!?」
見る人によっては誤解を招きかねない場面を、最も厄介な者たちに見られてしまったようだ。
にこやかに黒い笑顔を浮かべるセオフィラスと、どこか嬉しそうに大袈裟な反応を見せるその後ろで、護衛のジェイルが頭を抱えていた。
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