第61話対人スキルと馬
二日目のオリエンテーションも問題なく終え、ついに丸一日使った三日目のオリエンテーションの日となった。
この日から一年生はランチ時にカフェテラスを自由に使えるようになるので、楽しみにしている一年生は多い。
その理由としては、とにかく美味しいと評判だからに尽きる。だが当然、一般食堂に比べて金額は高い。
それによりこれまで通り一般食堂や購買で軽食を用意する一般科の生徒は多いのだが、ここでしか食べられないこともあって意外と利用率は高かった。
何かいいことがあった時、少し贅沢をする時、もしくは友達同士での小さな賭けとしてカフェテラスでのランチを使用こともあるという。
一方、貴族たちはそれぞれの従者が用意した食事を摂る者とで利用率は半々だ。
ちなみに、セオフィラス殿下の分は事前に毒見がされている。彼の過去を思えばそれも当然であった。
そしてセオフィラス入学後のカフェテラス利用率はグッと上がる。もちろん一目でいいから見目麗しい王太子を見たいがためだ。
そのため三日目のこの日、一年生たちはどこかソワソワと浮き足立っているのだった。
「レセリカ様、本日もよろしくお願いしますね」
「ええ、こちらこそ」
昨日と同じように教室へと迎えに来たフィンレイに挨拶を返す。そしてもう一人に目を向け、レセリカは自分から声をかけた。
「アディントン伯爵子息も。最終日、よろしくお願いします」
「はい。不慣れな案内で申し訳ありませんが」
「いえ、そんなことはありません。とても助かっていますから」
レセリカと彼の会話はいつも緊張感が走っている。互いに相手を警戒しているのがわかるのだ。
もちろん、そのことにはフィンレイも気付いているだろう。だが、貴族同士でこのような空気になるのはよくあることだ。
気にしすぎず、それでいてレセリカを守れるように、というのがフィンレイの役目だ。セオフィラスに嫌というほど言われている。嫌というほど。
「では、行きましょうか。今日は天気もいいですし、予定通り外を回っていきましょう」
挨拶がすんだところで、フィンレイがのんびりと告げる。このチームの進行はフィンレイに任されていた。頼らせてもらうと言いはしたものの、少々心苦しさは残るレセリカであった。
校舎から中庭に出て、運動場を横目に歩きながらフィンレイが次々に説明をしてくれた。
一際大きな建物がホールとなっていて、街の劇場とも引けを取らない造りになっており、隣接する同じくらい大きな建物は室内競技場となっていた。普段は様々な運動が出来るような施設になっているという。
「競技場では剣術や武術の試合なども行われているな。私も以前、出場したことがある」
「ああ、そうでしたね。確か去年は剣術で低学年の部の上位にいらしたかと」
どうやらリファレットは学園での大会に出場していたようだ。士官を目指しているのだから当然といえば当然である。
そこで上位にいたというのはさすがといえよう。
「ふん、お前んとこのもう一人に敗れて二位止まりだったと正直に言えば良いものを」
「まぁそう言わないでください。ジェイルは剣の腕だけが取り柄みたいなところがありますから。唯一の取り柄なんですよ」
つまり、剣術の大会ではジェイルがリファレットに勝利して優勝をしたということ。さすがはセオフィラスの護衛である。
ただ、リファレットの準優勝も十分すごいとレセリカは思うのだが、本人は少々悔しそうだ。
「そういうお前も、武術の大会で準優勝だったではないか」
「恐れ入ります。殿下には、次は優勝しろと厳しいお言葉をいただきましたけどね」
「くくっ、まぁお前たちの立場を思えば優勝くらいしておかないとならないのだろうな」
そしてフィンレイもさすがの成績を収めていたようだ。そのことに驚き、感心したレセリカだったが……今はそれよりもちょっとした劣等感に苛まれていた。
いつの間にかフィンレイとリファレットが親しくなっていることだ。
フィンレイの対人スキルの高さは素晴らしい。自分にはないものだ。
とはいえ、たとえ自分も積極的に話せていたところで、身分や男女の違いからこうはいかないだろうことはわかっている。
(そもそも私が彼を怖がっているのだから、無理な話よね……)
信用してもらうためには、自分も相手を信用する。ただ、どうしても恐れは抜けず、レセリカはその難しさに直面していた。
(今日はランチも一緒に過ごすのだから、少しは歩み寄る努力をしないといけないわよね)
だからといって共通の話題など思いつくわけもない。それどころかそのことで頭がいっぱいで、午前中に案内してもらった場所を落ち着いて見て回ることが出来ないでいた。
学園内の外にある施設を中心に見て回った三人。午前中の最後に来たのは、柵の張り巡らされた広い芝生の広場だった。
近くには馬小屋が見えるので、さすがに何のための場所かはすぐにわかる。
「この学園では、乗馬訓練も出来るのですね?」
「はい、そうです。貴族家の男子は全員乗れるように幼い頃から訓練していますが……ああ、レセリカ様には弟君がいらっしゃいましたね」
フィンレイの説明を聞きながら、レセリカはこの場所に目を輝かせていた。表情の変化に乏しいため、そのことに気付く者はあまりいないのだが。
レセリカは真っ直ぐ馬の下へ向かう。もはや馬しか見ていない様子のレセリカに、フィンレイとリファレットは思わず目を見合わせた。
「おや、お嬢様。ここは貴女のような方が来る場所ではありませんよ。まだ掃除前ですし、制服が汚れちまう」
馬の世話をしていた年配の男性がレセリカに気付いて慌てて声をかける。そこでふと、そういえば今の自分は制服だったということに気付き、レセリカは足を止めた。
自分の服装と馬を交互に見て、酷く残念そうにするレセリカに男性は笑った。
「馬が好きかい、お嬢様」
「は、はい。ごめんなさい。今度は汚れてもいい格好で来ます」
「ああ、そうしてくださいや。馬は逃げませんからね。それに、美人なお嬢様が来てくれたなら馬も喜ぶだろうよ」
まさか学園で馬と触れ合えるとは思ってもいなかったレセリカは、オリエンテーションで初めて微笑みを見せた。
ふいうちで見せられたその笑顔はやはり破壊力抜群で、その場にいた男性陣が全員レセリカに見惚れてしまうのは仕方のないことであった。
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