第59話告白と隠しごと


 学園生活の初日が終わった。オリエンテーション以降は普通の授業が行われ、すでについていくので精一杯の生徒もいるようだった。

 それらは主に一般の生徒たちであり、レセリカたち貴族にとっては復習のようなものなのだが。


 生まれによって勉強の進み具合が違うため、この学園では二年生から成績順にクラス分けがされる。

 一年生の間は基礎学習をしっかりとやりつつ、一般生徒と貴族との交流期間にもなっているのだ。あまり機能していない上、どちらにとってもいらぬ期間だというのが本音である。


 しかし、レセリカは違う。ぜひこの一、二年の間に色んな人と交流を持ってみたいと思っていた。

 勉強は調べればどうにでもなるが、人との交流や一般生徒の常識などは実際に交流をしてみないことにはわからないのだから。


 と同時に、自分が積極的に話しかけにいくのはあまりよくないということも自覚している。

 公爵家という学園でもトップの地位にいる自分が気軽に話しかけるということは、話しかけられた相手に注目が集まるということ。細心の注意を払わないとその生徒に迷惑がかかる恐れがあるからだ。


(焦らずにいかないと。まだ始まったばかりなんだもの)


 とにもかくにも、勉学において心配が何一つないレセリカにはまだ余裕がある。身分にかかわらず広く交流を深めることが目標だ。

 レセリカの殿下暗殺阻止計画は、友達作りから始まる。


「……ウィンジェイドの。用があるなら出ていらっしゃい。私が共にいる時限定なら、レセリカ様の私室に現れることを許しましょう」


 私室に戻り、課題を早々に終えたレセリカがお茶を飲んでいると、小さく溜め息を吐いたダリアが低めの声でそう言った。

 その瞬間、フワリと室内に風が吹く。もはや慣れたものなので、レセリカもダリアも現象に驚くことなく現れた少年に目を向けた。


「だから! なんでお前が偉そうに言うんだよ! オレはお前が許可しなくても出て行くつもりだったし!!」

「そうですか? その割に、私が声をかけるまでずっと潜んでいたではありませんか。さっさと出て来ればいいものを」

「う、うるせー!!」


 この二人は顔を合わせるといつもこの調子だ。一気に室内が賑やかになるので、レセリカはこの時間を楽しいと感じていた。

 当人同士は出来れば互いに顔を合わせたくないと思っているのだが。


「そう怒らないでください。私は貴方がちゃんと配慮していることを知って見直したんですよ? ……一応」

「えっ」


 仲が悪いようでいて、ダリアも褒めるべきところはちゃんと褒める。

 それ以上に苦言が多いのだが、こうしてたまに飛び出す褒め言葉にヒューイはいつも調子を崩されていた。意外と扱いやすい少年である。


 そんな二人を眺めていたレセリカは、今更ながらなぜダリアがすぐヒューイの存在に気付くのかを改めて考えていた。

 ダリアはいつだって、ヒューイが現れる前にはその存在を察知している素振りを見せる。レセリカどころか訓練された兵士にさえ気付かれないのに、なぜダリアだけ、と。


「……やっぱり、同じ元素の一族だから気配がわかるのかしら?」

「え……」

「お?」


 考えが口に出ていたようだ。レセリカの呟きを聞いて最も驚いた様子のダリアは真っ先にヒューイに顔を向けた。あまり人にはお見せしてはならない顔になっている。


「い、いやいやいや! オレはなんも言ってねーぞ!?」


 ダリアの憤怒の表情と殺気を一身に受けたヒューイは慌ててブンブン顔と手を横に振っている。


「……あ」


 慌てるヒューイと彼を睨みつけるダリアを見て、初めてレセリカは自分が口を滑らせたことに気付く。慌てて口元に手を当てたが時すでに遅し。

 もはや隠していても意味はないだろうと考えたレセリカは、気付いていたことを話してしまおうと覚悟を決めた。


 出来れば、ダリアの方から打ち明けてくれるのを待ちたかったが、このまま黙っていたらヒューイが責められてしまう。それはかわいそうだと思ったのだ。


「ダリア、私は気付いているわ。そうね、ちょうどヒューイを従者にすると決めた辺りから」

「れ、レセリカ様……!」


 レセリカの言葉にはダリアだけではなくヒューイも驚いたように目を丸くした。

 あの時のオージアスとダリアの様子や、ヒューイの反応などから自分でその結論に辿り着いたことを話すと、さらに驚いた様子を見せる。


「でも、これは私のただの推測。出来ればちゃんと聞いておきたいの。本当は、話してもらえるのを待とうと思っていたのだけれど……」


 ダリアもヒューイも、レセリカが優秀であることは十分理解していたつもりであった。ただ、その観察眼が思っていた以上のものであっただけである。


 思わず顔を見合わせてしまったダリアとヒューイはすぐに肩の力を抜いた。


「……わかりました。レセリカ様には本当に驚かされます」


 ダリアは諦めたように口を開く。そして今から自分の話をする許可をと問うと、レセリカが頷いた後に再び話し始めた。


「私は、レッドグレーブの血をひいています。ですが、訳あって一族から飛び出して追放された身。ですので、今の私はレッドグレーブとは縁を切っています。レセリカ様とベッドフォード家にのみ仕える、ただの侍女です」


 ダリアの言葉はどこか必死で、とても辛そうにレセリカには見えた。

 とにかく今はベッドフォード家にのみ忠誠を誓っているのだと、それを信じてほしいと言っているかのように聞こえるのだ。


「それ、で。なぜ私が追放されたかと申しますと……」

「待って、ダリア」


 だから、レセリカはダリアの話をそこで止めた。止めずにはいられなかったのだ。


「それは、話す必要があること? 全てを知る必要が、今の私にあるかしら?」


 無理に聞くのは違うと思った。自分だって、話せずにいる大事な隠しごとを抱えている。

 それはもちろん、一度処刑されて人生をやり直していることだ。


「いつか聞きたいとは思っているわ。でも、それはダリアが話したいと決めた時だと思っているの。ねぇダリア。貴女はまだ話したいとは思っていないのでしょう?」


 レセリカ自身、その秘密をまだ誰かに話せるとは思えなかった。打ち明けようと思うだけで身も心も拒否反応を示す。

 そのくらい衝撃的な出来事で、受け入れてしまうことがいまだに恐ろしいと感じているのだ。


 今のダリアからも、それと同じような雰囲気をレセリカは感じたのである。


 問われたダリアは息を呑む。おそらくは図星だったのだろう。それと同時に、察してくれたレセリカにこれ以上ない程の畏敬の念を抱いた。


「隠しごとがあっても構わないわ。ダリアはベッドフォードに不利なことはしないものね?」

「も、もちろんです! レセリカ様っ……!」


 気付けばレセリカの前に跪き、頭を垂れていたダリア。レセリカはその隣にそっと膝をついてダリアの肩に手を乗せた。


「どんなダリアでも私は大好きよ。だから、変わらず側にいてもらえたら嬉しいわ」

「ああ、レセリカ様……! 私は生涯、レセリカ様のために尽くします!」


 ダリアの宣誓を聞き届け、レセリカは小さく微笑んだ。それから少し申し訳なさそうにソワソワとし始める。

 それを不思議に思ったダリアが首を傾げるので、レセリカは思い切って告げた。


「だから、ね? 私にも隠しごとをさせてくれないかしら。いつかは話したいと思っているのだけれど」


 チラッとヒューイに視線を向け、すぐにダリアへと視線を戻す。


 レセリカは両手を合わせ、心底申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「ご、ごめんなさい。その、少しの間だけ……ヒューイと二人にしてくれる?」

「れ、レセリカ様ぁ……」


 この一年で、レセリカは強かに成長していたのであった。

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