学園の始まり

第48話出立と期待


 その日、ベッドフォード家は朝から騒がしかった。


 なにせ、長女レセリカが王立イグリハイム学園に向かう日なのだ。

 入学式は三日後だが、移動に半日以上はかかる上に、先に学内や寮の部屋を確認しなければならない。


 すでに荷物の手配は済ませてあり、あとは身一つで向かうのみ。だというのに騒がしいのは、姉を愛する弟が原因であった。


「姉上ぇ!! 週末や長期休みには戻ってきてくださいねっ! 僕も! すぐに! 学園に行きますからぁっ!」


 実際はすぐに行くことは出来ない。ロミオの入学は来年なのだから。しかしその点については触れず、レセリカは数回頷いて見せた。


「ちゃんと長期休暇には帰るわ。もう、永遠の別れじゃないのだから」

「僕にとってはそのくらいなのですよっ! うぅっ、姉上! 制服もすっごくお似合いですぅ……」

「ありがとう、ロミオ」


 寂しがりながら褒め言葉も忘れない。ロミオの情緒は大忙しであった。


 ロミオが寂しがるのも無理はない。学園のルールにより、きちんとした理由がある上で申請し、許可がないと長期休暇以外で実家に帰ることは禁止されているのだから。

 次に会えるのは年末。約四カ月も会えないなど初めてのことなのだから。


 後ろ髪をひかれながらレセリカは馬車に乗り込んだ。学園には侍女を一人連れて行けるので、ダリアも一緒である。


 そう、連れて行けるのは一人なのだ。しかしレセリカには専属の従者がもう一人いる。


 風の一族、ヒューイ・ウィンジェイドだ。しかし彼はベッドフォード家の正式な従者でないため、学園に提出する書類に記載するわけにはいかなかった。そもそもヒューイは男子であるので、女子寮に連れて行けない。


「あーオレはさ、こっそり控えてるから気にすんな!」


 だというのに当の本人は気にした様子はなく、軽い調子でレセリカにそう言った。一体どこでどのように過ごすつもりなのか。まさか女子寮に潜むのかとも過ったが、それは先に本人が否定してくれた。


「別に女子寮に行ったからってどうってことはないけど、常識として男が潜むのは良くないってことくらいわかるし。まー、レセリカが呼び出したら部屋にはすぐ行けるけどな」


 呼び出すなら誰もいないかどうか確認する必要がありそうだ。それにしても女子寮には行かないというのに呼んだらすぐ部屋に現れるとはどういうことなのか。不思議で仕方ないレセリカである。


「レセリカ様、寮室内で呼ぶのはお控えくださいね! と言いますか、入ってきたら私が追い払いますので!」

「な、なんでだよ!? 呼ばれたら行くに決まってんだろ!」

「レセリカ様が許しても私が侵入者を許しません! もう社交デビューを済ませたご令嬢の部屋に男性が入るなど、言語道断!!」


 鼻息荒く言うのはダリアだ。顔を合わせればこうして言い合いを繰り広げる二人を見て、知らない間に随分と仲良くなっているようだとレセリカは微笑ましく思う。

 家族に彼を紹介したものの、ヒューイはレセリカの前にしか現れない。だが、ダリアがいる時はその限りではなかった。二人とも自分専属だからかもしれないと勝手に納得しているレセリカである。


 実際はヒューイがいくら隠れてレセリカに会おうとしても、必ずダリアがどこからともなく現れるからなのだが。ヒューイの人に姿を見られにくい特殊能力も、ダリアには無意味であるらしい。


「レセリカ様、ご安心ください。貴女のことは私が必ずお守りしますからね! お世話だって全て完璧にこなしてみせます。ウィンジェイドなど、呼ぶ暇さえ与えませんからっ!」

「はぁぁ!? お前が勝手に決めんなよ! オレはレセリカの言うことだけを聞くからな!」

「大体ですね? レセリカ様を気安く呼び捨てにするなど……っ! 無礼者!」

「あーあー、うるせー!」


 こんな様子を見ても、レセリカは表情を一切変えることなく仲がいいな、と思いながら優雅にお茶を飲むなどしていたのだが、二人はそう思われていることなどつゆほども知らない。


 そんなことを思い出しながら、レセリカは外の景色を眺めつつ馬車に揺られるのであった。




 学園はかなり広い造りとなっていた。校舎だけで七棟あり、それ以外に運動場が五カ所、劇場ホールが大小で一つずつ、他にも様々な建物があるためもはや小さな町より広い。


 前の人生で通っていた聖ベルティエ学院の五倍くらいはありそうだ。その規模の違いに呆気に取られ、レセリカは暫く立ち止まってしまった。


「地図を見た時点でわかってはいたけれど、実際に見るとすごいわね……」

「油断していると迷ってしまうかもしれませんね。ですが、道案内はお任せください! このダリア、全て記憶しておりますので!」

「ええ、頼もしいわ。お願いね」


 実を言うとレセリカも地図を完璧に覚えていたのだが、張り切るダリアに全てを任せることにした。どうも、ヒューイが来てからというもの妙にやる気に溢れているようなのだ。


 お互いの存在が影響し合って切磋琢磨しているのかもしれない。もちろん、本当は単純に互いが気に食わないだけなのだが、素直なレセリカはそう受け取っていた。

 と同時に、自分もこの学園でそういった学友が見つかるかもしれない、と淡い期待を抱くのであった。

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